
「私書箱」とは? ある詐欺事件の記憶から考えるリスク
先日、とあるニュースを見て「私書箱(ししょばこ)」という言葉を目にしました。久しぶりに聞いた言葉でしたが、開業して間もない頃、給料未払いや倒産回避の支援をしていた時期に関わったある詐欺事件を思い出しました。
今から15~16年前、まだSNSもそれほど普及していなかった時代。私のもとに「パチンコ必勝法詐欺」に引っかかってしまったという相談が舞い込みました。依頼者は、「詐欺に遭ったが、やめたくてもやめられない」「どこに連絡すればいいのか分からない」といった不安を抱えていました。私は、まず会社の住所や実態を調べることにしました。しかし、その過程で「私書箱」という存在に直面することになります。
詐欺会社の正体を探る:住所を追って辿り着いた「私書箱」
依頼者が契約していた会社の住所を調べると、ホームページには立派なオフィスのような情報が掲載されているものの、実際には登記されている会社名も見当たりませんでした。さらに関係会社を調査すると、登記された本店住所がすでに廃墟になっているケースもあり、まるで「存在しない会社」が連鎖的につながっているようでした。
念のため登記簿を取得し、本店所在地を確認。その場所を直接訪問できないかと、司法書士を目指していた同期に頼んで現地調査をしてもらいました。ほどなくして電話がかかってきたのですが、その声は明らかに慌てていました。
「やばい、やばい、やばい! あそこ、本当にやばい場所ですよ!」
現地の様子を聞くと、住所は確かに会社の登記簿上の本店所在地でしたが、建物は廃墟と化し、長年放置されたような雰囲気だったそうです。どうやら、この住所自体が「詐欺の隠れ蓑」として長期間使用されていたようでした。
この時点で、「住所があっても会社は実在しない」可能性が高まりました。そこで、次に考えたのが「郵便物の行き先」です。
「私書箱」の存在:池袋のビルでの対峙
詐欺会社の郵送先として記載されていたのは「私書箱」の住所でした。「私書箱」とは、一種の私設私書箱で、企業の登記住所や郵便受取専用の住所として利用されることがあります。この住所に本当に会社があるのか、それとも単なる郵便受け取りのための場所なのかを確かめるため、私は依頼者と共に現地へ向かいました。
場所は池袋駅の西口近く。交番から徒歩1~2分の距離にあるビルの5階、最上階にその「私書箱」がありました。細い階段を上がっていくと、至る所に監視カメラが設置されており、扉は分厚い鉄製。ドアの横には「詐欺の調査目的で来た場合は即座に警察を呼ぶ」と書かれた張り紙があり、異様な雰囲気が漂っていました。
依頼者は階段を上がる途中で「やっぱりやめましょう」と怯えた様子を見せました。私自身も少し警戒しつつ、念のため近くの交番で事情を説明。すると警察官から「そこはあまり行かないほうがいい」「もし何かあったらすぐに連絡を」と注意を受けました。
さらに、念のため大学の後輩にアルバイト代を払って「何かあったら警察を呼んでくれ」と頼みました。しかし、後輩も3階まで上がると「ここで待ってます…」と怖気づき、結局は一緒に来た意味がなくなりました。
「紙書箱」の中:狭すぎる空間と異様な空気
意を決して最上階へ向かい、インターホンを押しました。すると、室内から男性の声が聞こえます。
「…誰?」
「行政書士ですが、ここが会社の住所になっていますよね? 郵便物を送ったのですが、受け取っていますか?」
普通なら、会社の受付やオフィスがあるはずの場所。しかし、扉が開いた瞬間、目の前に広がったのは 「一畳もない小さな部屋」 でした。大人2人が立つのがやっとの狭さ。その向こうにはカウンターがあり、さらに奥には明らかに反社会的勢力と関係がありそうな人々が座っていました。
部屋には数台の監視カメラが設置され、異様な雰囲気。依頼者は入った瞬間に「帰りましょう」と震えながら私に囁きました。
この空間は、ただの郵便受取所ではなく、おそらく 「詐欺の拠点」 となっていたのでしょう。
私はできるだけ冷静を装い、「ここに送られている郵便物の件で確認したい」と伝えました。すると、カウンターの向こうの人物が不審そうにこちらを見つめながら、
「何のことですか?」
と、まるで関係がないかのように装ってきました。
事件の結末:摘発される「私書箱」
その後、依頼者と共にすぐに警察へ被害届を提出。しばらくすると、その私書箱の場所は捜査対象となり、やはり数ヶ月後には大規模な摘発が行われました。ニュースによると、被害総額は 50億円超。逮捕者も出たようです。
「私書箱」という言葉を久しぶりに聞いて、この出来事を思い出しました。当時はまだSNSが発達しておらず、今ほど詐欺の手口が共有されることも少なかった時代。それでも、やはり詐欺グループは常に「存在しない会社」「転送される住所」「監視が徹底された拠点」などを活用しながら、巧妙に逃げ続けていたのだと感じます。
「私書箱」とは何か、そしてこれからのリスク管理
この経験を通じて、私は「私書箱」がいかに詐欺グループに利用されやすいかを知りました。一方で、実際にビジネス用途で利用している企業もあるため、「私書箱=詐欺」と決めつけることはできません。しかし、取引相手の住所をよく確認し、信頼できる登記情報をチェックすることは、詐欺被害を防ぐための基本です。
現在も当時とは全く違った形で同様のことが行われています。
存在しない建物や住所が使われることもありますし、他人の住所が使われていることもあります。
私たちは経営コンサルティングや法務サポートを通じて、企業の信頼性調査やリスク管理の支援も行っています。詐欺に遭わないための事前対策についても、気になる方はぜひご相談ください。