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なぜ人は「紙の本」を欲しくなるのか?

昔のことはすぐに忘れてしまう性格だが、たった1つだけ、今になって後悔していることがある。

紙の書籍を裁断して、電子書籍にしてしまったことだ。自らの手で電子化するところから、当時は「自炊」と呼ばれた。

電子ファイルで1,000以上を自炊し、AmazonのKindleで購入した電子書籍・マンガを合わせれば、デジタルの本が今は3,000冊ほどあるだろうか。

PC、スマートフォン、電子書籍専用端末、どこにいても / いつでも好きな本が読める。こんなに便利なことはない。

ところが、歳月を重ねるにつれて……

いつの間にか、0冊だった「紙の本」が数百冊に増えた。

今でも、本は電子書籍で購入する。しかし、気に入って大好きになった本は、書店に行くと紙の本をどうしても手元に置いておきたくなってしまうのだ。

紙の本をつくる編集者だったから、職業病みたいなものなのだろうか。

同じ本に2回お金を払うのは、素晴らしい本を書いてくれた著者へのお布施だと割り切れても、狭い家では置き場所に困る

スペース・イズ・マネー、広い家に住むための賃料はもっと高い。

さらに紙の本には、電子書籍のようにどこでも何冊でも持ち運べるような利便性もない。

なぜ僕は「紙の本」を欲しくなったのか?

あなたは、どうすれば東京に戻りたくなる?

『WIRED』最新号が今日(2024年9月26日)、書店で発売になった。

雑誌『WIRED』日本版──特集「The Regenerative City 都市の未来は何を再生するのか」

「東京を離れることや二拠点生活を決意した人物に、東京がどんな都市になれば再び戻ってきたいかを尋ねる」という質問に、22人が答えるコーナーがあり、僕もコメントを寄せた。(※noteの最後に掲載)

「東京がどんな都市になれば再び戻ってきたいか?」

この質問をもらったときに、思い出したのが「紙の本」のことだった。

なぜ人は「紙の本」を欲しくなるのか?

「手元に置いて、いつでも読みたいから」だと僕は思っていたが、じつは比べてみると全然ちがった。すぐ近くに愛着ある大好きな本が「ある」こと、そのこと自体がとても大切だったのだ。

数百冊ある紙の本がそこにある。すぐそばに本棚が存在することで、僕は心地よく、その状態にとても満足している

「Amazonの電子書籍にだって、所有感はあるだろう」

きっとこう思う人はいるだろうし、僕もそう思っていた一人だ。

しかし、誰もが知るとおり、Kindleコンテンツは単にライセンスを購入するに過ぎない。

Kindleコンテンツは、コンテンツプロバイダーからお客様にライセンスが提供されるものであり、販売されるものではありません。

AMAZON KINDLEストア利用規約

たとえ他の電子書店が撤退した(事例は多くある)としても、「Amazonならば潰れないし、大丈夫だろう」と誰もが思っている。だから売り上げは伸び続ける。

そして、僕が電子書籍を購入するようになってから、10年以上が経ち……

Kindle電子書籍は、紙の書籍のような安心感、絶対的な所有感のようなものを、少なくても僕にはもたらしてくれなかった。

それは前回に書いた資本主義への漠然とした不安のようなものだ。アクティビスト(物言う株主)の要望で、DIC川村記念美術館は休館する。

もしAmazonが販売手数料を上げて全力で株主に還元し、著者や出版社のクリエティビティを脅かすような未来が、絶対に来ないとも限らない……。

それは「確からしさ」の問題なのかもしれない。

紙の本がここに「ある」。もちろん過去に読んだのだから、今は読まなくたっていい。でも、いつか読み返すかもしれない。そうした期待が100%、今ここに「ある」ことが幸せなのだ。

所有がもたらす「オーナーシップ(ownership)」、人間のリアリティ・現実感、当事者意識のようなもの。これが質問への回答になる。

「東京がどんな都市になれば再び戻ってきたいか?」

僕は東京に生まれ、東京で育ち、東京に暮らした。しかし、今は別の場所に住んでいる。足りなかったのは、この「オーナーシップ(ownership)」ではないか?

雑誌『WIRED』日本版──特集「The Regenerative City 都市の未来は何を再生するのか」より「理想郷に続く『帰り道』」の一部抜粋

もちろん「東京」は持ち歩けない。でも、今なら「デジタル住民である証」を表象したNFT(非代替性トークン)がある。

国内の地方自治体が最も力を入れて取り組むWeb3が、このNFTを媒介とした新たなコミュニティ、ローカルDAO(分散型自律組織)だ。

これからの未来、おそらく「公共性」をもつエンティティ(実体)は、もっとトークン化することで分散所有できるようになるだろう。

流通させるのに必要不可欠なのはブロックチェーンであり、Amazonのような巨大なプラットフォームではない。

紙の本のように100%……とまではいかないが、分散化されたパブリック・ブロックチェーンを行き交うトークンは、デジタル上の存在にもかかわらず、かなりの「確からしさ」を持っている。

『WIRED』最新号の特集テーマの「リジェネラティヴ(Regenerative)」は、「自然環境が本来もつ生成力を取り戻すことで、再生につなげていく考え方」を意味するそうだ。

人間も自然の一部だと捉えるなら、「オーナーシップ(ownership)」がもたらす当事者意識のようなものを今、取り戻すことが必要なのではないだろうか。


追記:編集ご担当者より記事のウェブ版が公開されたとのことでした(↓)