イヤイヤ期真っ最中の3歳娘と向き合うということ
もうすぐ3歳になる娘は、まさに「イヤイヤ期真っ盛り」だと感じる。
最近では何をしていても、
「イヤ!」
「ヤダ!」
「しない!」
と、あれヤダこれヤダのオンパレード。
こちらの提案はすべて「ない」をつけて返さなければ、気が済まない。
そんな感じだ。
1歳半頃から始まった娘のイヤイヤ。
少し前までは、「イヤイヤ期、落ち着いてきたのかも?」なんて思っていた。
始まったころの娘のイライラは、
「自分の感情を表現できない」
「相手の言っていることが理解できない」
などが原因だったように思う。
何かを指さしたり、コチラを見ては、
あ!あ!
あ!!!!
あーーー
ああああああ
あーーーーーーーー!!!!!
と、何かを伝えたい、でも伝わらないことにキレる娘。
何か言いたいのはわかる。
でも、それをわかってあげられない……
それが辛かった。
「早く自分の気持ちを言葉にできるといいな」
なんて、思っていた。
娘が2歳になると、言葉が急激に増えた。
と同時に、イヤイヤが減った。
「あれ、最近娘にイライラすることが減ったな…?」
と、ある日ふと気付いた。
「やっぱり、言葉で伝えられるようになるとイヤイヤは終わるんだ!」
「うちの子のイヤイヤ期は終わったんだ!」
そう思って嬉しくなった。
そして、それから数ヶ月が経ち。
3歳になった最近では、何をするにしても、
「イヤ!」
「やだ!」
「しない!!」
「やらない!!」
「ちがう!!!」
と、全てを否定する娘。
保育園にお迎えに行けば、
「お迎え来たよ〜、おうちかえろう?」
「かえらない!」
家に帰れば、
「おうち入ろう?」
「はいんない!!おそとであそぶ!!」
〜1時間後〜
「暗くなっちゃったよ〜、おうち入ろう?」
「くらくない!!はいんない!!」
家に入れば、
「ご飯食べよ〜?」
「たべない!!!」
ご飯を食べれば、
「なっとうたべたい!!」
「はい、納豆だよ〜」
「なっとうじゃない!ふりかけたべたい!」
「ふりかけもあるよ〜」
「ふりかけじゃないいいいいいい!なっとううう!!!」
(何故…)
ご飯が終われば、
「お風呂に入ろう?」
「はいんない!!」
お風呂に入れば、
「お風呂出よう?」
「おふろでない!!!」
「風邪ひいちゃうよ?」
「かぜひかない!!」
お風呂から出れば、
「そろそろ寝よ〜」
「ねない!!!!」
「もう眠いよね?」
「ねむくない!!!!!」
毎日、こんな感じだ。
「お前の全てを否定してやる」
という、強い決意すら感じる。
イヤイヤ期、終わってなくない?
むしろ前より、パワーアップしてない?
と、気づいた。
うちの子のイヤイヤ期は、まだ終わってはいなかったのだ。
それどころか、まだほんの始まりに過ぎなかったことを思い知らされた。
自分の気持ちをうまく伝えられなかった
「第一次イヤイヤ」から、
明確な「イヤ」を表現する
「第二次イヤイヤ」へ。
知らなかった。
まさか、イヤイヤ期に第二形態があったなんて。
というか、第三、第四形態もあるのかもしれない。
いや、多分あるのだろう。
前とは違い、今は「なにがイヤなのか」を理解してあげることができる。
例えば、
「おうち入らない!」
「ご飯食べない!」
「お風呂入らない!」
のは、
「まだ遊びたい」
からだ。
しかし、理由がわかったからといってうまく解決できるとは限らない。
すべて娘の希望通りにすることはできない。
そうすると何時間でも遊んでしまうし、生活が成り立たなくなる。
それに、私が叶えられるものと叶えられないものがある。
娘のイヤイヤの理由として、
「お空のお月様かけちゃったぁ!!」
「お星様見えなくなっちゃったああああ」
「お外暗くなっちゃったぁぁあ」
「おひさまみたいいいいい」
なんてものもあるからだ。
広い宇宙の小さな塵のような私の力では、どうにもならないことを平気で要求してくるのだ。
子供を産む前は知らなかった。
イヤイヤって、こんなことにまで及ぶなんて。
「もう帰るよ〜」
「お風呂行くよ〜」
「お布団入るよ〜」
と、強制的にしようものなら、
「いやあああああああしないいいいいい」
「ヤダァァァァァ!!!!」
「まだあしょぶうううううう!!!!!」
と、大癇癪がおきてしまう。
こうなってしまうと、最初はちゃんと理由があったイヤイヤでも、泣いてる本人もなんで泣いているのかがわからなくなる。
そうなったらもう、何を言っても、とにかく
「イヤ!!!!」
になってしまう。
「言い聞かせる」とか、「ゆっくり説明してあげる」いうレベルじゃない。
少しでも口を開けば間髪入れずに、
「イヤ!!!!!」
「ヤダ!!!!!」
私だって、できる範囲で娘の望みを叶えてあげたい。
お月様は出せなくても、もう少しくらい公園で遊んだり、欲しいものをひとつ買ってあげるくらいの柔軟さを持って接してあげたい。
でも、一度癇癪を起こすと、最初の希望を叶えてあげてももうおさまらない。
「とにかく親の言うことをきくのはイヤイヤイヤ!!!」となってしまう。
耳に届いているかわからなくても、なんとか根気強く説明してみる。
「夜になると、お外は暗くなるんだよ」
「お月様は今、雲に隠れちゃったんだよ」
「お外が暗くなるから、お家に帰ってねんねするんだよ」
「暗い中で遊んでると、よく見えないからあぶないんだよ」
でもなかなか納得してくれなくて、
「もう、どうすればいいの!」
って、叫びたくなってしまうこともしょっちゅう…。
それでも、なんとか根気強く付き合ってあげたいと思うのは、
娘のイヤイヤを見ていると、子供の頃の気持ちを思い出すからだ。
もう何歳のことかも覚えてない。
イヤイヤ期ですらなかったのかもしれない。
けれど、
「こうしたい」
「ああしたい」
という、すごく強い欲求。
それができなくて、止められて、でも諦められなくて、怒られて、イライラされて。
「じゃあもう、勝手にしなさい!」
なんて言われて。
親に嫌われたくない。
言う通りにしたい。
頭ではわかってる。
でも、自分のしたいことも諦めたくない。
今すぐにやりたい。我慢できない。
そんな、悲しくてモヤモヤして、引き裂かれそうな気持ち。
悲しい。悔しい。切ない。
とにかく不快で、すごく苦しかったことを覚えている。
娘だって、頭ではわかっているんじゃないか。
親の言うことを聞いて、やめなければならないことくらい。
けれど、気持ちがついていかない。
苦しくて、受け入れることができない。
ぼんやりとした、でも苦しかった気持ち。
それを今、目の前の娘の感じてるんじゃないか…と思うと、
「まあ……気持ちはわかるよ」
と、共感してしまうのだ。
頭ごなしに「ダメ!」」「いい加減にしなさい!」と言われる苦しさ。
でも、気持ちはわかってあげれても、うまく接してあげることができない。
つい、イライラして、言いたくなってしまう。
「じゃあもうママ、一人で帰るよ!」
「もう勝手にしなさい!」
あの頃の自分が言われたくなかった一言を。
気持ちはわかるからこそ、言いたくないのに。
娘がちゃんと納得して、気持ちを切り替えられようにしてあげたい。
「また明日遊ぼうね」
「今後は皆で来ようね」
「来週お天気がいいから、また来ようね」
そう言いつつも、
この説明でいいのか?
3歳児にうまく伝わってるのか?
と、いつも不安である。
嘘をついてしまわないかも不安だ。
「また明日、来ようね」
なんて言ってしまって、私は本当に守れるのか?と。
言い聞かせも、とても頭を使う。
でも、努力のかいあって、
「わかった」
と、娘が納得してくれるときもある。
そんなときはとても嬉しい。
娘が納得するまで付き合ってあげられたとき、
幼い日の私の悲しみも、一緒に浄化される気がする。
イヤイヤ期の娘と根気強く向き合うことは、過去の自分を救うことにもなる。
だから、というわけじゃないけれど。
ちゃんと向き合ってあげたいと思う。
たった三年しかまだ生きてない娘。
そんな娘が「わかった」ということを聞くとき、
一体この小さな頭の中で、
どれほど葛藤し、
不快感と戦い、
己の欲求に打ち勝ったのだろうか。と、
とても愛おしくなる。
娘の心の戦いを、まるごと抱きしめてやりたくなる。
まだまだイヤイヤ期は続くだろう。
それでも、この小さな娘の闘いに、これからもできるだけ寄り添っていってあげたいと思う。
でも、めっっっちゃ、つかれる!!!!!!!
終
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