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「母」という生き物~エピソード③~
母はよく食べ物をシェアしたがる。
レストランなどで「同じ物を」と注文すると、世界の終焉のような顔で、あからさまにガッカリするのだ。以前に、家族で近所のイタリアンに行った時のことを思い出す。
「Aピザセット」と父。
「Bピザセット」と姉。
「Aパスタセット」と母。
家族でレストランに行って注文が重なることはまずない。例えば、ここで私が「Aピザセット」を注文すると、「同じにすることないでしょ」と母が口をはさんでくるからだ。
「しょうがねぇだろ、ピザはAとBしかねぇんだから」
「だったらBパスタにすれば全メニュー食べられるじゃない」
「わかったよ。じゃあBパスタで」
という具合にシェアを前提に話が進む。
結果的に提供された中では、姉が注文したBピザセットが人気で、家族みんなにつままれてすぐに姿を消した。こういう時、食べ物をシェアしない派の父は他人の食べ物に手を付けないが、他の人にあげる時もシッカリ嫌な顔をする。
父の嫌そうな顔をよそに、父のピザ、姉のピザ、私のパスタを侵略した母の皿は、自軍のパスタをたくさん余らせた。
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「あんた、まだお腹空いているでしょ?」
母はこともなげに、余らせたAパスタを私の前に差し出した。
いつからか、余った食べ物は全て私にまわってくるようになり、余らせるのももったいないので、結局は全部たいらげるようにしている。思えば10年近く余った料理をたいらげ続けた結果、私は飲み会の席などでも「気持ちいいくらいたくさん食べるよね」と言われることが増えた。
そして、シェアにより多くの皿をつついてきた母はというと、よく友達から「グルメよね」と評されるようになったそうだ。
グルメな人となった母は、ファミリーレストランでも焼肉屋でもレストランでも美味しそうに舌鼓みを打つが、変わらずシェアしたがる。さっき交換したモモ肉とムネ肉に大きな違いはなかったとしても「もしかしたら10年後に、何か意味を持つかもしれないな」と、ほおばった。