2回目の初めまして
トモヤは店の前で腕を組んで待っていた。ほどなくして梶康太(かじこうた)、通称カジカジは笑顔で現れる。トタン屋根のほったて小屋でやっている小さな居酒屋。
…このご時世に、生ビール、ホッピー、焼き鳥6種の計8個しかメニューがないって、信じられる?大将さんの「金のない学生さんにたらふく食ってもらいたくてよ」って理想は賛成だけど。
外装はお世辞にもキレいではないが、連れだって店に入ると驚く程に賑わっている。トモヤは生ビールがテーブルに運ばれてくるやいなや本題を切り出した。
「なぁ。カジカジお前ホントは日本人なんだって?」
トモヤに直球で質問を投げつけられたカジカジは、いささか虚をつかれたように怪訝な顔をする。しかし、次の瞬間には、わずかにこわばっていた表情は消え去り、いつものように微笑みを浮かべている。それから事もなげに言った。
「あ!ばれた?」
「ばれた?…ってお前」
絶句するトモヤをよそにカジカジはあっけらかんと続けた。
「いやー!卒業までイケる思ったんやけど、駄目やったわ」
カジカジは、全く悪びれる様子のなく子供のように笑う。
…うっかり、「なんだそうだったのか★」と納得してしちまうところだよ。
トモヤは慌てて左右に首を大きく振る。
「いや、ちょっと待て。外国人が日本人のフリするならまだしも、何で日本人が他所の国の人間を語ってんだ?」
「そんな早口で聞かんでも…」
動揺した様子のトモヤとは対照的に、カジカジは落ち着き払っている。ゆっくりビールを口に運びながら質問に答えた。
「ほら誰やってあの有名人、えっと、チェ…ゲ…?」
「は?……チェ・ゲバラ?」
「あ!そうそう!そのチェ・ゲラッチョ」
トモヤは、はやる気持ちを抑えきれない様子で答えを急かす。
「……がどうしたんだよ」
カジカジはビールを持つ手を止めて話をつけた。
「哲学の講義受けてる時にな、この人恰好いいなぁって。あ!俺この人の子孫っていう設定いただきやな…てゆうか俺と顔似てるし…とか思うてな」
「…は?」
「思いついたから翌日から学校で使いだしたんや」
「俺はチェ・ゲバラの子孫だぞってか?3ヵ月くらい前だぞ。講義でチェ・ゲバラ出てきたの」
トモヤはテーブルの上につっぷすように崩れ落ちた。 カジカジは顔色1つ変えずにニシシと笑っている。
…ニシシじゃねーよ。
トモヤはカジカジに詰め寄る。
「だからって、それからずっと嘘つくことねぇだろ?っていうか彫りが深すぎて全く疑わなかったけどな。知り合った人皆に言いまくっちゃったよ、『チェ・ゲバラの子孫と友達だ』って」
カジカジは運ばれてきたハツを丁寧に串から外していくと、大量の七味をかけながらニヤニヤ笑った。それから小分けになったハツをヒョイっと口の中に放り込むと、自分の二の腕をドンドンっと叩く。
「そこはまぁ、俺のこれやな」
「腕じゃねーよ。やたら彫りの深いその顔のせいだろーが」
カジカジは不満そうに口をとがらすと、続けた。
「…だってさぁ。思ったよりもこの話しが学校で盛り上がっちゃったせいで、やっぱり人違いでした!『僕の親族はチェゲラーさんの間違いです』とかって言われへんやろ。」
「いや、それは…」
「言える?逆の立場やったら」
…う。多分言えない。まず嘘とかつかないけど。
「そんなことよりな、俺すごいこと知ってんねん」
「…そんなことじゃねぇだろ」
「まぁ、絡むなって。聞いてや」
カジカジはトモヤに顔を近づけて、さも大切な話しをするかのように小声になった。
「今お前が口に入れた食ってる焼き鳥なんだと思う?」
「は?モモだろ?」
カジカジは予想通りだと言わんばかりにニンマリと笑うと、クイッとメニュー表を指さした。
「実はその串にはモモ肉とムネ肉が交互についとんよ」
「え。何で?」
「ムネのメニューないからモモに混ぜたんちゃう?」
トモヤは手書きを思わせるメニュー表に目をやった。モモ、ハツ、ササミ、皮、つくね、レバーと書いてある。確かにムネはない。
「ま、ムネ肉もモモだと思って喰えばモモになる。色々思い込んでたっちゅうことや」
「上手にまとめようとするんじゃねぇって。国籍は嘘でした。名前は梶康太であってんだろうな」
カジカジは尻の下敷きになっていた財布を引っ張り出すとその中から免許証取り出す。
「 ほら」
そう言うと。その免許証をトモヤの目の前に突き出した。
トモヤは目の前のそれとカジカジの顔を交互に見比べる。
免許証には確かに同じ顔の証明写真と名前が記録されている。
氏名;梶 康太 (カジコウタ) 7月19日 住所 東京都…
カジカジは、その様子を満足そうに眺めてニカッと笑うと、免許証財布にしまった。
「な?本名やったやろ?」
トモヤは黙っている。
…名前は本名だったけど、とんでもない表記を見つけちまった。…生年月日が…
「カジカジお前!俺より3つも年上じゃねーか!よく初めて会った時、同じ歳や…とか言ったな!!」
カジカジはしばらく目を丸くすると、両手を叩きながら豪快に声を出して笑った。