20 ツイスター空間と複素構造

先回までに、ツイスター空間論についていくらか述べてきた。ただ筆者の理解不足のため、ツイスター空間と複素構造の関係性については、明らかになっている文面ではなかったように思われる。今回は、そういう反省も込めて、筆者の勉強のために、最も基本的なツイスター空間と複素構造について振り返りながら、クラスCのツイスター空間を定義する物理空間のトポロジーについて述べてみよう。

考えている物理空間の次元は実4次元とする。曲面の場合、その上の共形構造と複素構造を与えることは同値であることをご存じの読者も多いであろう。リーマン面の間に、等角写像があれば、それは双正則同値となる。等角写像をすこしゆがめて、擬等角写像というものを定義することにより、リーマン面の複素構造を変形し、つまるところ、リーマン面のモジュライ空間、いわゆるタイヒミュラー空間が構成される。タイヒミュラー空間のパラメータを決定することは、リーマン面の理論において、大きな研究課題である。
では、実4次元空間はどうであろうか。それは、線形空間においても、共形構造から複素構造は一意には定まらない。このことを少し、述べてみよう。

$${\mathbb{M} \cong \mathbb{R}^4}$$の複素化を$${\mathbb{C}\mathbb{M} \cong \mathbb{C}^4}$$とかく。$${\mathbb{C}\mathbb{M}}$$は、$${M(2, \mathbb{C})}$$と同一視することのより、2次元複素ベクトル空間$${V}$$、$${V^{'}}$$のテンソル積として、$${\mathbb{C}\mathbb{M} = V \otimes  V^{'}}$$と書くことができるのは見やすいであろう。$${V}$$、$${V^{'}}$$の元のことを、数学ではスピノールと呼ぶ。ここで$${\mathbb{M}}$$は、次の対合写像の固定点集合として特徴づけられることが知られている。$${X \in \mathbb{C}\mathbb{M}}$$として、

$$
\sigma : X \rightarrow \epsilon \overline{X} \epsilon^{-1},   \epsilon = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{pmatrix}.
$$

これは$${\mathbb{C}}$$上の線型空間$${\mathbb{C} \otimes_{\mathbb{R}} \mathbb{M}}$$において複素共役を取ることと同値である。この$${\sigma}$$は、もちろん、$${\sigma_{0} : V \rightarrow V}$$と$${\sigma_{1} : V^{'} \rightarrow V^{'}}$$なる反正則写像に分解できることは明らかであろう。
$${u \in V}$$から、複素二次元部分空間$${\mathcal{A}_{u} := u \otimes V^{'}}$$を定義する。$${\sigma(\mathcal{A}_u) = \mathcal{A}_{\sigma(u)}}$$となることは見やすい。したがって、

$$
\mathbb{C} \otimes_{\mathbb{R}} \mathbb{M} = \mathcal{A}_{u} \oplus \mathcal{A}_{\sigma(u)}
$$

と書くことができ、$${\mathbb{M}}$$上に複素構造が定まることがわかる。このように、$${V}$$の分だけ、正確には$${V}$$を射影化した$${\mathbb{P}(V)}$$の分だけ、$${\mathbb{M}}$$上には複素構造が定まり、4次元線型空間では、共形構造を定めても、一意には複素構造は定義されないのである。

ここからは線形空間ではなく、実4次元の多様体$${X}$$を考える。多様体は、局所的には、線形空間で近似できるので、上記の議論を局所的に展開することができる。大域的にはどうだろうか。局所的に定義されたスピノールが張り合わさって、大域的にスピノール束が定義されるには、$${X}$$のトポロジーに制限がかかる。大域的にスピノール束が定義できる$${X}$$をスピン多様体と言ったりするが、ここではスピン構造を追求しない。ではどういう自然なファイバー束を考えるのかというと、まず$${SU(2) \times SU(2) \rightarrow SO(4)}$$なる二重被覆がリー群レベルで成り立つことに注意する。つまり、局所的には、任意の$${X}$$に対して、スピノール束を定めるのである。二重の曖昧さを解消するために、その局所的に定義されたスピノール束を射影化し、それは、うまいこと$${X}$$全体で張り合わされ、射影スピノール束$${\mathbb{P}(V)}$$が定義できる。これが、タイトルにある、ツイスター空間と呼ばれるものである。

このように定義されたツイスター空間$${\mathbb{P}(V)}$$は、自然に概複素構造が入り、考えている物理空間が自己双対のとき、その時に限り可積分になる。これについて説明してみよう。

ツイスター空間は、ファイバー束であり、局所的には、スピノールを使って概複素構造が定義できることは明らかであろう。ただ、何でもかんでもスピノールを持ってきて、ツイスター空間に大域的に概複素構造を定めることはできない。では、どういったスピノールを考えればいいのであろうか。アティアたちは、ツイスタースピノールというものを定義して、ツイスター空間の複素構造をとらえた。

定義20-1(ツイスター作用素)

$$
\bar{D}: \Gamma(V^{'}) \xrightarrow{\nabla} \Gamma(V^{'} \otimes \Lambda^1) \xrightarrow{\sigma} \Gamma(V^{\perp}).
$$

$${\sigma}$$はしかるべき射影として定義する。このツイスター作用素の核がツイスタースピノールと呼ばれるものよりなる。ツイスタースピノールは、スピノールなので、局所的に概複素構造を定義する。ただツイスタースピノールはただのスピノールと違い、この概複素構造を大域的に定めるのである。しかも、$${X}$$が自己双対のとき、可積分になる。この事実をきちんと説明するには、アティアたちの論文、つまり計算式を書き写すことになるのだが、それをここに書いてもあまり読まれなさそうなので、直観的な説明をしよう。

まず、$${\text{ker} \sigma}$$は、$${\Lambda^{1}_\mathbb{C}}$$に$${V}$$として埋め込まれた$${\Lambda^{1,0}}$$を定義する。これが、ツイスタースピノールにより定まる、ツイスター空間の水平部分の複素構造である。垂直な部分空間に関しては、$${V^{'}}$$の元により複素構造が定まることは明らかであろう。$${V}$$、$${V^{'}}$$は上記したように、局所的にしか定義されないスピノール束であるが、その射影化は$${X}$$全体で矛盾なく張り合わさって、射影スピノール束を定義し、また、概複素構造も張り合わされて大域的に定義されるのである。
この概複素構造が、可積分になるためには、$${X}$$にさらなる制限がつく。それが上記した自己双対性である。共形的に平坦な多様体は自己双対なのであるが、それをちょっと弱めて、ある二次元方向に共形的に平坦な多様体を自己双対多様体というのである。コンパクトな場合の非自明な代表例としては、共形的に平坦な多様体は$${S^4}$$、共形的に半平坦な多様体としては、$${\mathbb{P}^2}$$がある。今では多くの自己双対4次元多様体が知られているが、それの紹介はまたの機会にする。

$${X}$$が自己双対のとき、その時に限り、ツイスター空間の複素構造は可積分になるのであるが、ここでは、それを認めることにして、アティアたちの定めた複素構造というものがどういうものであるか、定性的な性質を追求してみよう。

まず、ツイスター空間にはツイスター直線という有理曲線$${\mathbb{P}(V^{'})_x}$$が存在するのであるが、この有理曲線は、ツイスター空間の中を、複素4次元分のパラメータを使って動かすことができる。これは、自明なことではなく、小平スペンサーの変形理論の結果である。このパラメータ空間を$${X^c}$$と書いて、$${X}$$の複素化という。$${X^c}$$は複素4次元の複素多様体であり、特に、$${X}$$が自己双対の時、$${X^c}$$も自然な複素計量のもとに、自己双対となることが知られている。$${X^c}$$にも局所的なスピン構造が定義できて、射影スピノール束を考えることができる。これを$${\pi : \mathbb{P}(S) \rightarrow X^c}$$と書こう。これは、5次元の複素多様体となることが知られている。$${X^c}$$は自己双対な4次元複素多様体なので、複素の意味でのツイスター空間というものが考えられる。アティアたちのツイスター空間は、実正定値共形構造のツイスター空間であったが、実は歴史的には、複素多様体上のツイスター空間というものがペンローズによってまず考えられた。この複素の意味でのツイスター空間を定めるために、5次元複素多様体$${\mathbb{P}(S)}$$の葉層構造$${E}$$を以下のように定義する。つまり各点$${u \in \mathbb{P}(S)}$$は、$${T_{\pi(u)}X^c}$$上に$${\mathcal{A}_{u}}$$なる複素計量に関してナルな平面を定めるが、この、$${\mathbb{P}(S)}$$への持ち上げにより、自然に$${\mathbb{P}(S)}$$上に2次元分布が定まる。この分布により得られる葉層構造を$${E}$$と書くのである。この葉層構造の可積分条件として、考えている4次元多様体の自己双対性が要求されるのである。ペンローズは、局所的に考えた葉層構造$${E}$$により定まる3次元複素多様体をツイスター空間と呼んだ。ただここでは$${E}$$に注目しよう。上記で考えた、実自己双対多様体のツイスター空間は、葉層構造$${E}$$に横断的に交わって、実多様体として$${\mathbb{P}(S)}$$に埋め込まれている。この実多様体には、$${E}$$により定まる複素構造が定義でき、それがアティアたちの与えたツイスター空間の複素構造と一致するのである。

これが、実正定値共形構造をもつ多様体のツイスター空間に定まる複素構造の定性的な説明である。複素と実が絡み合っていて、数学的に実に見事な理論であると思うのは筆者だけであろうか。

ここで、考えているツイスター空間はクラスCであると仮定しよう。この時、$${X^c}$$はコンパクトとなることが一般的に知られている。さらにつよく、カンパナにより、次の定理が示された。結果だけ書く。

定理20-2
$${X}$$により定まる可積分ツイスター空間を$${Z}$$と書く。次は同値である。
(1)$${X^c}$$はコンパクト。
(2)$${Z}$$はクラスCである。
(3)$${Z}$$はMoishezonである。
さらにすべての場合において、$${\pi_1(X) = 1}$$である。

ツイスター空間$${Z}$$がクラスCのとき、このカンパナの定理により、考えている物理空間のトポロジーは大きく制限される。つまり$${Z}$$がクラスCであると$${X}$$は単連結となり、4次元位相幾何学の結果により(この辺、筆者はわかってないが)、それは、$${S^4}$$か射影平面の連結和に位相同型になることがわかるのである。またカンパナの定理により、ツイスター空間はクラスCとすると必ずMoishezonになることもわかった。これは強い結果である。

以上、ツイスター空間と複素構造の関係性について、述べてみた、が、なぜかまだ分かった気分になれないのは、ツイスター空間論の奥の深さだろうか。複素の意味でのツイスター空間とリーマン幾何学におけるツイスター空間の関係性についていくらか説明した。共形構造には、まだニュートラル計量が考えられるが、それはどのように上記のツイスター空間論にかかわってくるのだろうか。リーマン幾何学におけるツイスター空間は、すべて概複素構造をもつ。ただ、そのほとんどは可積分にならないのであるが、ツイスター空間論の土壌では、可積分にならないツイスター空間は、ほとんど考える意味はなさそうである。可積分性というのは、物理空間のどういった本質にかかわるのであろうか。引き続き、筆者も勉強していきたいと思う。

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