14 コンパクト複素多様体の構成

今回は、以前ブログで扱った「コンパクト複素多様体の起源」の続編である。コンパクト複素多様体というと、真っ先に浮かぶのは射影代数多様体である。射影代数多様体とは、アフィン代数多様体の定義方程式を斉次化して得られる、コンパクト複素多様体である。もっと言うと、$${\mathbb{C}^{n}}$$の中で定義された代数多様体というのは、しかるべき$${\mathbb{C}^{n}}$$のコンパクト化である、複素射影空間$${\mathbb{P}^{n}}$$でコンパクト複素多様体を定めるのである。複素幾何では、複素射影空間とはケーラー多様体となり、射影代数多様体ももちろんケーラーである。コンパクト複素多様体にはケーラー計量の入らないものもある。複素幾何学的には、非ケーラーコンパクト多様体と射影代数多様体は、かなり遠い存在に思えるが、実は、コンパクト複素多様体というのは、射影代数多様体の親戚くらいに思える存在なのである。今回は、そう思えるような記事にしたい。

 「コンパクト複素多様体の起源」では、Bogomolovの理論を紹介した。参考にしたBogomolovの論文は、論説文なので、あまり厳密ではないが、エッセンスはわかりやすい。まずは、すこし振り返ってみよう。

 $${X}$$と書いて、射影代数多様体とする。$${S}$$を$${X}$$の実部分多様体とする。また、$${F}$$と書いて、正則接束$${\Theta_X}$$の可積分連接部分層とする。この時、次の補題が成り立つ。

補題14-1
$${S}$$の各点$${x}$$で、$${S}$$が$${F}$$に横断的に交わるとき、つまり、

$$
\Theta_{X|x} \oplus \bar{\Theta_{X|x}} = F_{|x} \oplus \bar{F_{|x}} \oplus (\mathbb{C} \otimes_{\mathbb{R}} T_{S,x})
$$

となっているとき、$${S}$$上には$${(X,F)}$$により定まる自然な複素構造が存在する。

 

補題14-1の仮定が成り立つとき、必然的に$${S}$$は偶数次元であることに注意しよう。証明は難しくはなく、$${F}$$は仮定から解析的な葉層構造を定めるので、$${T_{X,x} / T_{F,x} (\cong T_{S,x})}$$上に自然な概複素構造が定まり、この概複素構造は、簡単な考察から、フロベニウスの定理により可積分となるのである。

 このように、コンパクト複素多様体に入る複素構造の起源が射影代数多様体にさかのぼるということを議論したのが、Bogolomovなのである。標語的に言えば、コンパクト複素多様体に入る複素構造は、射影代数多様体の代数的葉層構造により定まる複素構造により、近似することができるのである。この議論によれば、コンパクト複素多様体というのは、ケーラーだろうが非ケーラーだろうが、射影代数多様体に近いものと考えることができる。したがって、次の予想は、かなりあり得るのではないかと筆者は思っているが、読者はどうだろう。

予想14-2
任意のコンパクト複素多様体は、その補集合が真に次元の低いCW複体となるようなシュタイン開集合を含むであろう。

予想14-2は射影代数多様体の場合は明らかに成立する。代数幾何学と複素幾何学は異なる分野であるが、コンパクト複素多様体そのものの起源が代数幾何学にあるとするなら、予想14-2はかなり真実味があるのではないだろうか。

 次に、Bogolomovの理論を応用した結果を紹介してみよう。これが表題に挙げた、コンパクト複素多様体の構成である。

 前述したように、射影代数多様体は、アフィン代数多様体を、ある意味コンパクト化した多様体として定まる。アフィン代数多様体の超越版は、シュタイン多様体である。シュタイン多様体もアフィン代数多様体と同じく、$${\mathbb{C}^n}$$の閉部分多様体であり、定義方程式は、代数方程式より一般的な、解析関数である。このように書くと、やはり予想14-2には真実味があるように思える。つまり、任意のコンパクト複素多様体は、シュタイン多様体を、アフィン代数多様体に対応する、何らかの“斉次化”なる手法を使って生成されるのではないかということを主張したのが、予想14-2なのである。ただ見かけほど、この予想の証明は簡単ではないのであろう。今でも未解決だと思われる。

 Bogolomovの理論、あるいは予想の応用に関しては、コンパクト複素多様体を構成法を追うのが分かりやすい。ここでは、Meerssemanの論文を参考に、Bogolomovの理論を使って、証明の詳細は述べないが、コンパクト複素多様体を構成してみよう。

 以下の議論でカギとなるのは、次の事実である。

補題14-3
正則葉層構造に横断的に交わる$${\mathbb{C}^n}$$に滑らかに埋め込まれた多様体は、複素多様体である。

これは、補題14-1の特別な場合である。$${\mathbb{C}^n}$$における多様体を考えるので、具体例を実際に計算して作ることができる。補題14-3で構成される複素多様体は、アフィン代数多様体の超越版と、大まかには考えてもいいと思われる。補題14-3を使うにあたって、$${\mathbb{C}^n}$$における正則葉層構造を具体的に定義してみよう。以下、$${m,n}$$を自然数とし、$${n > 2m}$$と仮定する。

定義14-4
$${(\Lambda_1, \cdots, \Lambda_n)}$$を、$${\mathbb{C}^m}$$におけるベクトルの$${n}$$個の組とする。$${\mathcal{H}(\Lambda_1, \cdots, \Lambda_n)}$$を、$${\mathbb{C}^m}$$における$${(\Lambda_1, \cdots, \Lambda_n)}$$の凸包とする。このとき、次の条件をみたす$${(\Lambda_1, \cdots, \Lambda_n)}$$を許容構成と呼ぶことにする。
(1)ジーゲル条件: $${0 \in \mathcal{H}(\Lambda_1, \cdots, \Lambda_n)}$$
(2)弱双曲条件:順序付きの任意の$${n}$$以下の任意の$${2m}$$個の自然数に対して、$${0 \notin \mathcal{H}(\Lambda_{i_{1}}, \cdots, \Lambda_{i_{2m}})}$$.

 許容構成された$${\mathbb{C}^n}$$における$${n}$$個のベクトルに対して、次の可換な正則ベクトル場によって生成される、葉層構造を考えよう。

$$
\xi_j : (z_1, \cdots, z_n) \in \mathbb{C}^n \mapsto \sum_{i=1}^{n} \lambda_{i}^{j} z_i \frac{\partial}{\partial z_i}.
$$

この正則ベクトル場により定義された流れとして定まる葉層構造は、特に$${0}$$で特異点をもつ。$${0}$$の近傍付近における葉層構造のふるまいに関して、次の定義を置く。

定義14-5
上記により定まる葉層構造の葉を$${L}$$とかく。$${L}$$の閉包が$${0}$$を含む時、$${L}$$をポアンカレ葉と呼び、そうでないとき、ジーゲル葉と呼ぶ。

正則な葉層構造に対して、それと横断的に交わる複素多様体を構成するということは、葉層構造に対して、商空間を形成するということである。したがって、$${0}$$が閉包の共通点になるポアンカレ葉は、その商空間は非ハウスドルフになり、今の目的には合わない。したがって、以下ではジーゲル葉をもつ上記の葉層構造を考えることにする。

ジーゲル葉上で考えた関数$${||z||^2}$$は最小値をもち、その集合が次式の$${\mathcal{T}}$$である。

$$
\mathcal{T} = \biggr\{ z \in \mathbb{C}^n-\{0\} | \sum_{i = 1}^{n} \Lambda_i |z_i|^2 = 0 \biggl\}.
$$

$${\mathcal{T}}$$は与えられた葉層構造に横断的に交わっており、補題14-3により、複素構造をもつ。このようにして得られた複素多様体を$${M}$$と書くことにする。これが、度々言及しているように、アフィン代数多様体の超越版なのである。ここからコンパクト複素多様体を構成するには、次のように集合を設定すればいいだろう。

$$
\mathcal{N} = \biggl \{ [z] \in \mathbb{C}P^{n-1} | \sum_{i=1}^{n} \Lambda_i |z_i|^2 = 0 \biggr \}.
$$

この$${\mathcal{N}}$$はジーゲル葉により定義された葉層構造に横断的に交わる部分多様体であり、上記の議論により誘導される複素構造の入ったコンパクト複素多様体を$${N}$$と書く。こういった感じで任意のコンパクト複素多様体に複素構造が定まるとしたのが、Bogolomovの理論なのである。ちなみに、$${N}$$は一般に複素射影空間の正則な部分多様体ではないことに注意しよう。なので、一般に$${N}$$には代数構造は入らないのであるが、代数構造の超越版である、複素構造が定まるのである。

まだ具体例を述べてないのであるが、何となくイメージしやすいのではないだろうか。Bogomolovが予想14-2を主張した心もわかりやすいであろう。

構成された多様体$${N}$$に対して、もう少し述べてみる。上記で構成された$${\mathbb{C}^n}$$上のジーゲル葉のなす集合を$${S}$$と書く。これは、次のように書くことができる。

$$
S = \{z \in \mathbb{C}^{n} – \{0\} | 0 \in \mathcal{H}(\Lambda_j)_{j \in I_z}\}  \text{with}  j \in I_z \Leftrightarrow z_j \neq 0.
$$

$${S}$$は$${(\mathbb{C}^{*})^n}$$に含まれるのであるが、明確には、$${S = \mathbb{C}^{n} – E}$$と書くことができる。ここで$${E}$$は解析集合である。$${S}$$は$${\mathbb{C}^n}$$において稠密であることに注意しよう。この$${E}$$は解析集合ではあるが、今の場合、複雑な集合とはなっていないことは、$${S}$$の定式化を見ればわかるであろう。複素射影空間内では、ジーゲル葉として、$${V = S / \mathbb{C}^{*}}$$を考えればよい。この$${V}$$は仮定より、$${N}$$上のファイバー束となっている。$${S}$$は具体的に式で書くことができるので、コンパクト複素多様体$${N}$$を構成し、計算で調べることができるのである。

上記の構成の具体例として、もっとも簡単に構成できるのは、複素トーラスである。つまり、$${n=2m+1}$$として、許容構成$${(\Lambda_1, \cdots, \Lambda_{2m+1})}$$を考えると、上記の議論により構成されるコンパクト複素多様体$${N}$$は$${m}$$次元複素トーラスとなり、さらに、簡単な考察により、任意次元のすべての複素トーラスは、上記の構成法によって得られることが証明できる。

またここでは詳細な証明を書かないが(下でちょっとだけ述べる)、$${n>2m+1}$$とすると、任意の許容構成により生成されるコンパクト複素多様体は、シンプレクティック多様体とならないことが証明できる。つまり非ケーラー多様体であり、特に代数構造は入らない。さらに、クラスCでもない。この証明に関しては、原論文を見てほしいのであるが、具体的な計算で複素多様体を調べることができるのが面白い。したがって、非ケーラー計量、例えば、balanced計量が入るのかどうか、具体的に調べることも可能かもしれない。興味のある読者は調べてもらいたい。

$${S}$$上には、代数的トーラス$${(\mathbb{C}^{*})^n}$$が正則に作用し、その軌道は稠密である。さらに、詳細な議論は省くが、コンパクト複素多様体$${N}$$には、複素可換リー群$${G = (\mathbb{C}^{*})^{n-1} / \mathbb{C}^{m}}$$の作用が存在し、その軌道は稠密である。したがって、$${N}$$は$${G}$$のコンパクト化と見ることができる。そのことにより、$${n=2m+1}$$の時には、$${N}$$は$${m}$$次元の複素トーラスになり、任意の複素トーラスは上記の構成法により得ることができたのだろうと推察できる。

$${n>2m+1}$$の時、上記したように、$${N}$$は非ケーラー多様体になるのであるが、$${n=2m+1}$$となる場合は、複素トーラスとなるので、$${n>2m+1}$$の時も、複素トーラスとは無縁ではないと思える。実際、$${n>2m+1}$$の時、$${N \cong (S^1)^{k-1} \times M_0}$$と書くことができる。$${M_0}$$は$${2}$$連結な多様体である。したがって、$${N}$$の二次のドラムコホモロジー群は、

$$
H^2(N, \mathbb{R}) \cong H^2((S^1)^{k-1}, \mathbb{R}),
$$

となることがわかる。このことにより、$${N}$$上には、シンプレクティック形式が存在しないということが言えるのである。

許容構成と呼ばれるベクトルにより構成されたコンパクト複素多様体は、位相的には大きな縛りを受けるものと思われる。$${\mathcal{T}}$$は錘であることに注意しよう。$${M_1 = \mathcal{T} \cap S^{2n-1}}$$と置くと、$${M_1}$$はコンパクトな微分可能多様体となる。$${N = M_1 / S^1}$$なる関係がある。この時、次の予想が提出されている。

予想14-5
$${(\Lambda_1, \cdots, \Lambda_{n})}$$を許容構成とする。この時、$${M_1}$$は、$${P \times C}$$と微分同相である。ここで$${P}$$は奇数次元の球面の直積であり、$${C}$$は$${2}$$連結な球面の連結和である。

 以上、Meerssemanの論文の、ほんの序盤を紹介した。ただ、エッセンスは述べたつもりである。この論文の触りを読んでみて筆者が思ったのは、射影代数多様体以外のコンパクト複素多様体は、ほぼ非ケーラーになるのではないかということである。したがって、代数的ではないコンパクトケーラーの多くは、射影代数多様体を微小変形することでしか得られないのであろう。
本論文をすべてを精読すれば、予想14-5には手が届きそうな気がするが、どうだろう。筆者も引き続き、Meerssemanの論文を読み進め、何か知見があれば、本ブログに載せたいと思う。

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