転落後に勝ち取った手取り14万円の仕事 ~ 実録 『都会難民』第二話
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仕事を失ってからも、まだどこか真剣に人生プランを練り直すこともせずフラフラしていました。
当時はまだ自分は頭が良いと思い込んでいたので、なんとかなるだろう、くらいに思っていました。
東京での生活を始めて、まだ一年経っておらず、引っ越したばかり。
地方からわざわざ仕事のために上京したのに、その仕事がなくなってしまう..
悔やまれる状況でしたが、後悔はしていません。
が、その時の判断の連続が、今の自分を作っていると思うと、情けなくなってしまいます。
今の知識を持ったまま過去に戻るか、幽体離脱して過去の自分の側に行き、未来の自分の全てを耳打ちしてやりたいです。
でも、当時の私はきっと耳を貸していなかったでしょう。
しばらくフラフラしているうちに、誕生日を迎え歳を重ね、いよいよアラサーの域に突入しました。
仕事もなく、若い頃ほどのハツラツさもなくなり、見た目も劣化し、チヤホヤどころか相手にしてくれる人は数少ない幼馴染たちだけになりました。
持つべきものは友だなと強烈に実感します。
そんな折、あるボランティア活動に参加し、たまたま出会った女性と結婚します。
出会って、数ヶ月だったと思います。
妻には本当に感謝していますが、毎日喧嘩の連続です。
原因は些細なことがほとんどですが、それはお金がないことによるイライラから、寛容になることができず、小さなことで衝突してしまうせいだと自分なりに分析しました。
そんな妻とは今も続いています。いつかもっと楽をさせてやりたいとはずっと思っています。
無職に転落後も、あしげく通っていたお店がありました。
なんと、見かねた店長がそこの社長に私を雇うようにプッシュしてくれていたようです。
ある日、私が遊びに行くと、普段いるはずのない社長の姿が。
社長から直々に「一緒に働いてみないか?」と声をかけてもらいました。
それが、今の職場です。身バレの危険があるので、なんのお店かは教えられません。
ブラック企業ではありません。真っ当な会社だとは思いますし、企業理念も、社長も素晴らしく、働きがいのある職場です。
採用される前に、「うちは給料は高くはないよ。それでも働けるかい?」と確認されました。
四の五の言ってられる状況ではありませんでしたし、そもそも働く前からお客さんとして行っていたお店です。
願ったり叶ったりだと思い、「もちろんです!」と返事しました。
その時はそれが、悪夢の始まりとはつゆ知らず、、、、、、
みたいな話ではありません。
会社に対する文句があるわけではないのです。
もともと少ないと宣告されていた給料ですが、当初は手取り14万円でした。
それでもありがたいことでした。
しかし、手取り14万円で、8万5000円の家に住んでいれば、光熱費や、携帯代を払い、手元に3万円も残りません。
その中から、ランチ代、友達との飲み代、都会では何かと付きまとう交通費、、、
働いても働いても、お金は全く貯まりません。
結婚したのは、それから半年経った頃だったと思います。
その後、子供も生まれ、新宿での子育ては正気の沙汰ではないと考え、引っ越しました。
初期費用40万円を回収できたかは分かりませんが、ちょうど更新の時期が迫ってきた時です。
新居は、さらに家賃の高い12万円。ただ、近くに公園がいくつもあるエリアで、保育園の質も比較的高いようで、子育て世帯には評価の良い街のようです。
駅まで徒歩5分。
住み心地は悪くはないと思います。
生活は相変わらずで、生活費として月に10万入れています。
残りで、携帯代や交際費を捻出しています。
そんな生活を数年続けており、まもなく、賃貸契約の二回目の更新が迫っています。
契約する時、深く考えずに選んでしまったことが災いし、更新時は新賃料の一ヶ月分徴収されます。
12万円です。とても憂鬱です。
このままではマズい!
という思いが、今までの数百倍膨らんできて、何か緊張の糸が切れたような、全ての気力を失ってしまったような状態になりました。
最近は、よく子供から「パパ!パパ!聞いてる?」と注意を受けます。
将来に何の不安もないかのような子供と遊んでいると、無意識にネガティブなことを考え、無邪気な子供の声も聞こえなくなってしまう自分がいます。
「こんなはずじゃない、、、」
という幻想を断ち切り、現実の自分を見るのが本当に怖いです。
何が悔しいって、世間を騒がせている青汁王子こと三崎優太と同い年なんです。
年商300億の会社を経営し、SNSでも強大な影響力を持っており、何よりイケメン。
勝てる要素が何もない。
もしかしたら英語くらい、、、って、まただ。英語が話せるというだけで、対抗しようとしてしまう。
何か始めなければ、何も変わらない!!
と一念発起し、始めたのがこのNOTEです。
これからいくつか有料記事も書いていこうと思います。
でも、それが1000人に売れたって、一万人に売れたって、年商300億にはなりっこない。
20代の自分だったら、「そんなのやってみなけりゃ分かんねーだろ!!」と息巻いていたかもしれない。
でも、分かる知恵を身につけてしまった。
ある意味、そんな知恵はない方が幸せなのかもしれない。
私は、青汁王子のファンです。
アンチも多いようですが、同い年として、もっともっと活躍して欲しいと心から願ってます。
そんな三崎くん(同い年だから勝手に友達のように呼んでみた)と、いつか同じ舞台に立ってみたいと思ってます。
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三崎優太のベストバウトはこれ!