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幸せを感じられない子どもたち~こもれびの窓から③

 アフリカでは子どもの13人に1人が5歳の誕生日を迎える前に死亡している。栄養のある食べ物が足りず、衛生面も悪いため、毎年多くの子どもが感染症などで命を落としている。
 
それに比べると日本の子どもたちは恵まれた環境に生まれ育っている。ユニセフによる先進国の子どもの幸福度調査に関するレポート(2020年)によると、日本の子どもは身体的健康が第1位だった。健康診断が充実しており、肥満も少ないためだ。
 ところが、精神的幸福は38か国中37位だった。15~19歳の自殺率の高さなどが主な要因という。これだけ身体的健康との格差が開いている国はほかにない。

 内閣府の「日本の若者意識の現状~国際比較からみえてくるもの「子供若者白書」でも精神面での問題が浮き彫りになっている。

 日本、韓国、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデンの若者を対象に各国1000人以上を対象にした調査(2018年)では、「私は、自分自身に満足している」の問いに対して「そう思う」と答えた日本の若者は10.4%しかない。アメリカの57.9%には遠く及ばず、日本の次に低い韓国(36.3%)の3分の1にも届かない。

 「自分には長所がある」という問いに対しても同じ傾向がみられる。日本の子どもは「そう思う」が16.3%。アメリカ(59.1%)、ドイツ(42.8%)、イギリス(41.7%)、韓国(32.4%)と比べて自信のなさが際立っている。


 どうして日本の子どもや若者はこんなに自己肯定感が低いのだろうか。

 ひとつの要因は家庭での養育力が弱くなっていることが指摘される。非正規雇用が増え、格差が広がり、仕事が忙しくて子どもに関わる時間が減り、余裕もなくなっている。共働きが主流になり、シングル家庭が増え、親子が一緒に過ごす時間が少ないことも挙げられる。祖父母や親せき、近所の大人など「親代わり」になり得る人もいない。ストレスが高まり余裕のない親が密室の中で孤立しながら虐待やネグレクトのリスクが高まっている。実際、虐待の件数は増加していくばかりだ。

 自分が愛されている、大事にされている……という実感が得にくいことが、日本の子どもの自己肯定感の低さの背景にある。

 それならば、非行に走ったり、大人へ反抗したりする子どもたちがもっといてもよさそうなものだが、日本の子どもや若者は総じておとなしくなった。

 国際犯罪学会で日本のある刑法学者は「どうして日本の若者はこんなに人を殺さなくなったのだ」と質問されたという。

 戦後間もないころから、毎年300~400人ほどの少年が殺人事件で検挙された。ところが、1961年の448人以降は減り続け、90年代になると毎年100人前後で推移する。00年代は厳罰化に向けて少年法の改正が相次いだが、統計上の殺人は減り続け、19年は43人。ピーク時の10分の1になった。それでも政府はさらに少年法の適用年齢を引き下げ、厳罰化を進めてきた。

 高度成長で国民生活が豊かになっていったのが60年代から70年代前半にかけての時代だ。オイルショックで一時的に落ち込んだが、80年代後半からバブルの絶頂期を迎えることになる。「1億総中流」と言われ、多くの国民が繁栄を謳歌し、自らが所属する会社や地域社会にも信頼と愛着を自然に感じていたころだった。

 この時期に世間を騒がせたのは暴走族だ。ピーク時には1300団体以上、約4万2000人の暴走族が存在し、騒音や危険な運転で市民に迷惑をかけ、暴走族同士の乱闘が世情を騒がせた。
 これに対して政府は道路交通法を改正して抑え込む方針を取った。勢力を拡大する暴走族を力によって徹底して抑え、沈静化を図った。

 次に若い世代のエネルギーが暴発したのは学校だ。各地の中学や高校で生徒による校舎の破壊や教師への暴力が吹き荒れた。校庭や廊下をバイクで走り回る騒ぎも起こった。
 ここでも政府や各地の教育委員会は管理を強めることで校内暴力を沈静化させた。生徒を力で抑えられる体育会系の教師が頼りにされ、警察も学校現場へ招き入れて鎮圧した。

 子どもや若者は、路上でも学校でも暴れることがなくなり、重大事件も減っているのに、大人社会は若い世代の非行や逸脱行動をこれでもかと言わんばかりに強圧的に抑え込もうとしてきた。
 
 外に出ることを許されなくなった子どもたちの負のエネルギーはおのずと内側に向かう。いじめ、不登校、ひきこもり、自殺が増え続けている背景には、大人社会による管理の強化がある。

 子どもの「問題行動」に対して親や教師などの大人が否定的で強圧的態度をとると、子どもは反発する。その時、大人があきらめてしまうと、子どもは「叱られてもより強く出れば叱られなくなる」という誤学習をして問題がエスカレートし、非行へと発展する。

 逆に、大人の強圧的な態度に対して子どもが折れてしまうと、今度は大人の方が「力で抑えればおとなしくなる」という学習をし、力で抑圧して解決を図ろうとするようになる。そのとき、子どもは外見上おとなしくなっても、負のエネルギーは内側へと向かう。仲間内でのいじめ、ひきこもり、自殺などである。

 少年事件が起きるたび、ゲームセンターに入りびたり、繁華街をうろつく未成年者に対する取り締まりや指導が強化された。深夜に公園やコンビニの駐車場でたむろすることも許されなくなった。

 家庭や学校に居場所を見つけられない子どもたちは、街からも締め出され、友だちとたむろすることも許されなくなった。自分の部屋にひきこもり、ネットやゲームの世界に居場所を求めることしかできなくなった姿が浮かぶ。

 それでも、あえて思うのは、締め付けを強めてくる大人社会に対して、どうして子どもたちは反発しないのかということだ。どんなに抑えつけようとしても外へ向かう負のエネルギーが隙間からあふれ出してもおかしくない。

 そして、大人たちもなぜこんなに少年犯罪に対して厳罰化しようとするのだろう。ほんの少しでも平穏な生活を脅かすリスクや不安があれば、徹底して排除しようとする大人社会の病理はいったいどこから来るものなのだろうか。


 「ガラスのくに」という連載記事が毎日新聞に載った翌年(95年)、日本経営者団体連盟(日経連)は「新時代の『日本的経営』~挑戦すべき方向とその具体策」というリポートを発表した。

 これまでの正社員を中心とした従業員の構成を、以下の3種類に分類した人事政策を取り入れることで、競争力を高めることを目指す内容だった。
 ①長期蓄積能力活用型(正社員)
 ②高度専門能力活用型(専門職)
 ③雇用柔軟型(非正規雇用)

 バブル崩壊後に低迷する経済、グローバリゼーションの進展に対処するため、人件費を削減し、合理化や効率化を進めることが目的だ。
 その後のアジア通貨危機、大手金融機関の相次ぐ破綻などで景気は急降下し、いや応なく各企業はコスト削減を迫られることになった。労働者派遣法が改正されて規制が緩和され、非正規雇用の労働者が増えていった。会社を疑似家族とする伝統的な日本型雇用の放棄である。戦後の高度成長がもたらした「1億総中流」は崩落していった。

 大学や高校を卒業しても良い就職先が見つからず、フリーターや派遣労働者にならざるを得ない人が増えた。いわゆる就職氷河期である。30~40代になっても非正規雇用のままの人は多く、この世代は「ロストジェネレーション」と呼ばれる。

 経済的に苦しいため、結婚して家族を持つことができず、会社という帰属先も得られず、社会に対する信頼感も持てない。そのような人々が珍しくなくなった。
 運よく正社員になれたとしても、それで安心というわけではない。非正規雇用が相対的に増えたことで、正社員は長時間の残業を強いられ、過酷な労働で健康を害し、過労死・過労自殺が増えていった。少子高齢化の進展で年金や公的医療保険の負担は増え、賃金は伸びないために可処分所得は少なくなった。

 親の介護のために離職を余儀なくされる、子どもの保育所が見つからないために職場に復帰できない。現役の正社員からはそんな声がたくさん聞かれる。独居の高齢者、夫婦二人の高齢世帯も増え続け、孤立や疎外が人々の不安をかき立てているのが現在の社会だ。

 少年犯罪や非行に神経をいらだたせ、徹底して社会不安を封じ込めようという大人たちの強迫的な心理は、自らを苦しめている不安にその源泉がある。

 そのような大人たちの姿は、子どもや若者の目にはどのように映っていたのだろうか。
 反抗したり暴れたりするのではなく、むしろ反抗すべき相手がいないことのむなしさ、目標を見失った空虚さのようなものを、ひきこもる若者たちに感じることがある。

 表面上は幸福そうな家庭なのに、ストレスを弱い子どもに向け、暴力や暴言を吐きだす父親に苦しめられ失望する若い女性の作品が「こもれび文庫」にある。弱い相手にしかストレスをぶつけられない父親のことを彼女は「哀れな大人」と呼んだ。それでも、家族であることを壊すことができない。そんな自分を見つめた文章が悲しく、美しい。

 自らが帰属し信頼すべき大人社会が崩れ去り、反抗すべき相手を失った若者たちの心が漂流している。

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こもれび文庫の発行元は「ちらく出版」です。障害者やひきこもり支援をしている千葉県浦安市の社会福祉法人 千楽の中につくりました。単行本の印刷や製本は今年、千楽に入った女性スタッフがやっています(写真)。
ふだんは知的障害や発達障害の人の支援をしています。「街をつくり、人を育て、文化を創出する」。目の前の障害者をサポートするだけでなく、さまざまな困難性のある人が暮らしやすい社会にするため、街をつくり・文化を創出していきたいと思います。

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野澤さん 写真

のざわ かずひろ
毎日新聞新聞記者・論説委員として37年はたらく。現在は植草学園大学教授。ほかに東京大学の「障害者のリアルに迫る」ゼミの顧問(非常勤講師)を10年、上智大学文学部新聞学科の非常勤講師を8年続けている。社会福祉法人「千楽」を母体に今年5月「ちらく出版」を作った。「こもれび文庫」はちらく出版の初めての単行本。



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