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連載 ひのたにの森から~救護の日々⑥聞き書きから見える暮らしと社会

御代田太一(社会福祉法人グロー)

山でサバイバル生活をしてきた男性

「御代田くん、最近入ったあの田村さん(仮名)、聞き書きしてみたら?山でサバイバル生活してたって噂やで(笑)」

聞き書きを細々と続けるうちに、先輩職員がおススメの利用者を提案してくれるようになった。山でサバイバル生活、面白そうだ。気さくな人だし、田村さんに話を聞くことにした。

聞き書きをするときはご本人の許可をもらったうえで、レコーダーで録音する。その後改めて録音データを聞き直し、一字一句書き起こす。話すスピードにもよるが、1時間分まるまる書き起こすと1万字近くになる。

しかし田村さんには「録音はあかん。メモだけや」と言われたため、メモ帳とボールペンを片手に食堂の隅で話を聞くことにした。

ぺん

いつも持ち歩いていたレコーダーとメモ用紙


田村さんは鹿児島で生まれ、高校を出てからは自衛隊に入隊、その後はトラックやタクシーの運転手を長く続けていた。

「トラックもタクシーも変わらん。でもトラックの荷物は喋らん、タクシーの荷物とは喋らなあかん、アホでも喋る」

結婚もして子供も2人授かったが、ある日妻が子供を連れて、通帳や年金手帳全てを持って出ていった。自堕落な生活を送っていた田村さんに嫌気がさしたのかもしれない。

それからは、日雇いの土方仕事をしながら全国を転々としていたそうだ。仕事がないときは野山のタケノコやふき、キノコを採って、路上で売っていた。「道の駅を一人でやっているようなもんや」と田村さんは言う。

しかしそんな生活をしていたある日、自転車を漕いでる最中に思いっきり転倒した。意識はあったが、あまりの衝撃と痛みで動けず路上で横になっていると、「救急車を呼びましょうか?」と若い子が駆け寄ってきた。

「羽生君(御代田)くらいの歳の子だった。でも保険証がないから病院にはいけへん言うたら、福祉事務所に連れていかれたんや」
(田村さんは、フィギュアスケート選手の羽生結弦に顔が似ているからと、僕のことを「羽生君」と呼んでいた)

福祉事務所で話をしたら「生活保護も知らんのか?」とビックリされた。こんな施設があることも知らなかった。嫌な気持ちはなかったが、とにかく体が痛かったから言われるがまま入所したそうだ。

保険証も持たず、生活保護も知らない。多くのホームレスの方がそうであるように田村さんも長い間、日本の医療・福祉制度の外側で、この社会を生きていた。


「サルはめちゃくちゃ旨い」

そして、サバイバル生活の話に舵を切ってみた。田村さんは待ってましたとばかりに、僕のメモのスピードもお構いなしに、まくしたてるように話しはじめた。

「サバイバル生活では魚も動物も捕まえてたで。シカやイノシシは罠を張って捕まえる。罠にかかったら前足の付け根の裏からナイフを入れて肺を突き刺して、それで10分くらいすると、動かなくなる。イノシシは悪くなるのが早いからすぐに捌いて冷凍庫に入れなあかん。」

思ってた通りのサバイバル生活。山で動物を捕まえていたとはすごい話だ。施設内では、残った麻痺で足を引きずって歩く田村さんが、機敏な動きでシカやイノシシを捕まえる姿はうまく想像できなかったが、描写が細かく説得力があった。

いのしし

イノシシは実物の写真を見ると、その大きさに驚く


捕まえたイノシシやシカのほとんどは、知り合いのお得意さんに売っていたそうだ。

「羽生君(御代田)の給料の2か月分を1匹で稼げるよ。取ろう思うたらごっつー取れる。」

聞き洩らしがあってはまずいと思い「他にも獲っていた動物はいますか?」と尋ねると、驚きの答えが返ってきた。サルを捕まえていたそうだ。

「サルはめちゃくちゃうまい。お腹のあたりの肉を焼いて食べると飛騨牛のロースみたいな味がする。よっぽど捕まえたいときは自分から追っかけるけれど、基本的には襲い掛かってきたサルをハンマーで殴って気絶させて捕まえるんや。」

さる

ひのたに園のグラウンドにも、時々サルが顔を出す。

襲い掛かってくるサルをハンマーで迎え撃つ。そんな荒技、田村さんがしていたのだろうか。質問する隙も無いまま、続けてウサギとキツネが登場した。

「ウサギも旨い。鶏肉を蒸したような淡白な味。捕まえて殺した後、ケツからストローを指して思いっきりぴゅーっと息を吹き込むと、皮が綺麗に剥げる(笑)」

「キツネは食べることは出来ないけれど、舌を煎じて飲むと漢方薬になる。10万円くらいで売れるし、自分が熱出したときに飲んだこともある。路上でキツネが車にひかれて死んでいるのを見つけたら、必ず道のはずれまでキツネを運んで、舌だけ綺麗に切り取って持ち帰る。」

(稼げるけど気味が悪いですね、と言うと)「気味が悪くっても10万円には代えられない。2本で君の1か月分の給料だ(笑)」


いったい自分は何を聞かされているんだ…

同じ日本とは思えない、目眩のするようなエピソードの数々に、相槌を打つのが精いっぱいで、質問をするまで頭が回らなかった。その後、キツネの話題から漢方薬の話になった。

「喘息には、桜がいい。桜の枝を折って、鉛筆削りの要領で削って、細かくしたものを沸騰させると桜色になる。それを毎日1杯湯飲みで飲むんや。1か月飲めばインシュリンも要らない体になる。」

そんなことで喘息が治るのか…?と思いながらも「インシュリンが必要なのは糖尿病ではないですか?」と尋ねると、糖尿病に話題が移った。

「糖尿病はな、卵が効くんや。どんぶりに酢をいっぱいにいれて、新しい卵を殻のまま1ついれる。それにラップをかけて1晩置くと、卵の殻がぶよぶよになる。そこから殻だけ捨てて、かきまぜる。その液体をおちょこに2杯、毎日飲むんや。そうすれば透析なんてしなくて済む。」

なんだそれは…?と思いつつ「透析が必要なのは腎臓の病気ではないですか?」とツッコめば、腎臓の話になる。

「腎臓の病気は一晩で直る。彼岸花の根っこを乾燥させてすりおろす。それをガーゼに敷いて足の裏に貼って一晩寝るんや。」

大分怪しい話になってきた。そんなことで腎臓が治ったら、透析患者の苦しみもなくなるだろう。しかしそんな気持ちもお構いなしに、盲腸・肝臓・女性器疾患…と田村さんの漢方トークは続く。

「もう2度と聞けない話だからちゃんとメモを取ろう」と必死に内容を理解しメモを走らせる一方で、心中は「いったい自分はいま何を聞かされてるんだ…」と呆然としていた。田村さんの語りの海に飲み込まれて、窒息寸前だった。

やっとのことで聞き終えたが、何がどこまで本当の話なのかは最後までよく分からなかった。嘘をついているようには見えない。かといって脳梗塞の症状である「作話」とも雰囲気が違う(そもそも田村さんは脳梗塞を起こしていない)。

果たして、田村さんは本当にそんな漢方薬で体調を整えていたのだろうか。唯一確かなのは、田村さんが僕にそう語った、ということだけだ。

田村さんはその後、病院に通いけがの治療をしたのち、県内のアパートに入居した。元気にしているかと心配していたある日、「琵琶湖で大きなフナを捕まえた」と田村さんから施設に電話が入った。サバイバルで身に付けたスキルも活かしながら、元気にアパート暮らしを続けているようで、ホッとした。


ホステス100人をまとめ、ヤクザと仲良くなる

聞き書きをすることで、本人の理解が深まるのはもちろん、救護施設で暮らす一人ひとりの方の生い立ちやその語り口からは、普段の生活では意識することのない、暮らしのカタチや社会の側面が見えてくる。

根本さん(仮名)は78歳でひのたに園に入所した。友人と2人暮らしをしながら、シルバー人材センターの紹介で清掃の仕事をしていたが、自転車で帰る途中、衝突事故を起こした。

「薄暗かったんだけど、向こうからチャリンコが2台並んできたんだよ。避けようないじゃん。危ないからさ、車道の方に行こうかとして、そしたら向こうから車が来てさ、危ないからって立て直したらドカーンと。俺早く帰りたかったし、疲れてたから、「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」とか聞いてきたんだけどさ、大したことないと思ったんだよ。」

それで一時は帰宅したが、翌朝起きられないほどの腰の痛みに見舞われ、救急車を呼んで入院。退院して、ひのたに園にやってきた。そんな根本さんは若い頃、水商売の世界で仕事をしていた。

(もともとなんで水商売の世界に入ったんですか?)

「水商売っていうか、使用されてたの。最初はボーイさんから入って、一生懸命やっててね、お客さんをガイドする仕事、そこから出世して。俺なんか人に負けるの嫌いでね、必死になって、そしたらすぐね、「明日からお前黒服着ろ」ってマネージャーになってね。」

キャバレー

根本さんが働いていたキャバレーのイメージ。真ん中にステージがあったそうだ。

支配人として100人のホステスを雇い、用心棒のヤクザとも関係を築きながら、店をまとめ上げていた。

「住吉会とか西嶋連合とか、そういうところの親分連中が飲みに来るんだよ。で結局知り合いになって。下っ端は全然関係ねえんすよ、俺なんか下っ端は相手にしないで、やっぱり親分衆をよいしょしてね。ホワイトホース1本とか角瓶1本とかサービスって持っていってね。それで仲良くなって、店でごたごたが起きないように気を使ってくれて。」

ある時、盛り上がった客がステージに向かって打ち上げ花火しだしてトラブルになった。

「スポーンスポーンって、2階から。怖いからさホステスが言いに来てさ、困るから俺が行ってさ「お客さんそれはまずいよ、火事になったら」って。一時収まったんだけどさ、帰りがけにさ、堅気のお客さんと喧嘩始めちゃって。それで俺怒っちゃってさ、バーテンとかボーイさん呼んでさ「ぼろくそにやっちまえー!」って言ってね。」

「そしたら「はいよー!」って来て、ぼろぼろにやっちゃった(笑)レンガで頭ひっぱたいたりね。普通だったら警察沙汰になるでしょ。でも用心棒の人が話をつけに来てくれて、結局は向こうが慰謝料というか営業妨害代を払うことになってね。」

穏やかな性格で、いつも図書館の本を読んでいる根本さんからは想像もつかないエピソードだ。けれど、新宿を舞台に警察とヤクザの抗争を描いた「新宿鮫」が愛読書だったと思い出して、なんとなく合点がいく。

本

『新宿鮫』(大沢在昌)

キャバレーの売上を左右するホステスたちを気遣うのも根本さんの仕事の一つだった。人気のホステスは、他店に取られるリスクもあったから、特別面倒をかけていたそうだ。

「100人位いたなホステス、今度はその責任者だったからね。イイ女はお客持ってると他に行っちゃうからね。それを止めるのも俺の仕事。よいしょしなきゃいけないしね。フリーで来たお客には、売れっ子で取られそうになった女の子を指名でつけちゃう。」

(指名代は店が出してってことですか?)
「そう、店で出して。「あそこ指名だよー」ってね。そうすると女の子には指名料が入るし、客はイイ女だって喜んでまた来てくれる。女の子はお返しで俺にお小遣いくれる。」


借金取りに追われ西へ逃げる

根本さんの語る客やホステスとの関係づくりは細やかだ。他店に劣らないキャバレーの支配人を務めていた根本さんだが、ふとした拍子にサラ金で借金が重なり、店を辞めることになる。

「結局さ、水商売で借金に追われちゃったんだよ、サラ金で。それでキャバレーがダメになって、今度はレストランの社長がね「お前レストランみてくれんか?」って。24時間営業、昼と夜でね。その時からだね、調子が狂ったの。」

店長として配属されたレストランだった。当時からパチンコや麻雀は好きだったが、当時の同僚から「パチンコよりゲームの方が儲かる」「店の金を原資に儲けたらいい」とそそのかされ、ゲーム喫茶の賭けポーカーで売上金を全てすってしまった。社長は許してくれたが、その前に自分から辞職を表明してしまった。

いす

根本さんが通っていたようなゲーム喫茶(イメージ)

「社長にも「こういう訳で……」って告白したら「お前もこの会社には相当頑張ったから、そんなこと気にしなくていい」って。でも俺その前に従業員に「俺もう店辞めるからお前ら頑張ってくれ」って挨拶しちゃったのよ。そそっかしいのよ俺は、はっきり言えば(笑)」

何ともおっちょこちょいなエピソードだ。その時の借金は当時の奥さんが払ってくれたが、ギャンブルに懲りず、また借金を重ねた。その後、奥さんが借金返済のために根本さんの枕元に置いた100万円も、ギャンブルにつぎ込んでしまった。そして、借金取りに追われて、福岡へと逃げた。

―いきなり福岡まで?
―追われてね、借金取りに。捕まったらあかんから。
―捕まったらぼこぼこにされる?
―ぼこぼこって言うか、肝臓を売り飛ばされる(笑)
―ほんとなんですか?
―ほんとだよ、嘘は言わん。母ちゃんもね、泣いてね、悪いことしたって、「あんたは逃げれるだけ逃げたらいい」って言って、財布に6万円しかなくて、6万くれて。
―いい奥さんですね。
―向こうが惚れてね。いい母ちゃんだったね。好きでなかったけど、金持ってたからね。

根本さんを逃がすため、なけなしのお金を渡した健気な奥さんを「好きでなかった」とさらりと言う根本さん。ここだけ見れば、ギャンブルに溺れ、計画性がなく自分勝手な、だらしない人にしか見えない。

ただ昔の仕事のことを聞くと、体力があって人懐っこく、面倒見が良かったことも分かる。そんな根本さんは、バブル真っ盛りの水商売絶頂期に、自分が必要とされる場所と出会って、立派な役割を担っていた。
その場所から社会を支えていた、といっても間違いではない。

救護施設で仕事をすると、そういう「だらしないけれど、どこか憎めない」人にたくさん出会う。

生い立ちを聞けば豊かなエピソードで満ちているし、ライフステージごとに社会や家族の中で役割を担ってきた人たちだ。そんなことに改めて気付けるのも、聞き書きの面白いところだ。

その後、体調を整えてから、根本さんは元々いたアパートに戻って行った。

もう80歳になる頃だろうけれど、今も元気に暮らしているだろうか。自転車で転んでいないといいけれど。
                   つづく


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みよだ たいち
1994年神奈川県横浜市生まれ。東京大学教養学部卒。在学中、「障害者のリアルに迫る」ゼミの運営や、障害者支援の現場実習、高齢者の訪問介護などを体験する。卒業後、滋賀県の社会福祉法人グローに就職し、救護施設「ひのたに園」にて勤務。

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