いのちの光をためた雫~こもれびの窓から①

小さな体を丸めて女子学生が座っている。
「生きている意味がわからないんです」
ありきたりの励ましを拒否するようなシルエットに言葉を飲みこむ。ふっと息を吹きかけたら消えてしまいそうだ。

「どのようにこれから自分が生きていくのか、想像ができないんです」
何かに失望するとか悲しいことがあるとか、そういうのではなく、生きていることの実感が薄れているような感じ。その小さな顔を見つめる。

このような若者と出会うことが多くなった。

ひきこもり、不登校を取材するためにフリースクールを訪ねているわけではない。ふつうに大学で授業をしているだけなのに、こういう学生と出会う。
いじめやひきこもりの話を授業でするからだろう。傷ついた若者たちと取材で会ってきたことで、内にこもる気持ちを感受する「におい」が私にあるのかもしれない。

どこまでが現実でどこからが夢なのか、その境があいまいになって心が漂っている風景を眺めているような気がしてくる。

死をほのめかす文字をネットで見ると「一緒に死のう」と誘ってきた男を思い出す。そうやって若い女性らを自宅に呼び寄せては次々と殺した。被害にあったのは15歳から26歳までの9人。

事件が発覚したのは5年前のことだ。
刑事裁判で弁護人は「殺人の承諾があった」と訴えたが、男は否定した。「死にたい」とネットに書いても、実際に殺されることを承諾した人はいなかったという。
「女性を呼び込んでレイプし、金を奪おうと思った。最初の事件で計画通りに事が進んだので、それ以降も自信があった」。検察官の質問に男は答えた。死刑の判決が男に下り、確定した。

「死にたい」と書きながら、いざとなると殺されることに同意はしない。
男の言葉が真実だとするならば、魔の手にかかって命を落とした若者たちは「生きたい」と心で叫んでいたのではなかったのか。一緒に生きる意味を探してほしくて、男のもとにやってきたに違いない。

「生きている意味がわからない」という学生にしたところで、本当は生きている意味を教えてほしい、生きている意味を見つけたい……と言いたいのではないのか。本人はそうした自覚がなかったとしても。

文章を書く仕事を40年もしてきたせいか、書いたものに命が宿っているのを感じることがよくある。不思議なもので自分の知らない素顔が現れることがある。学生たちに自分のことを文章に書いてもらうのは、彼ら自身も知らない心の中を知りたいからである。

どんな自分でも目をそらさずに向き合ってほしい。自分の中にある宝物を探そう。たとえみじめな自分でも震える心を抱きしめよう。戸惑いを見せる学生たちに繰り返し言葉をかける。

ふだんは明るく快活な女子学生の内面に暗い雲が漂っているのに驚かされる。
深いところに怒りや恨みのような負の感情をまだ煮えたぎらせている。
子どものころの黒い染みを消すことができず痛みを隠している人もいる。

それでも、みんなどこかに生きるための明かりを探しているのを感じる。

雨上がりの朝、木の葉から陽光をためて落ちるしずくのように、せつなくて、悲しくて、美しい言葉。そうした文章を集めて「こもれび文庫」と名づけた。
2021年7月7日からほぼ毎週1作品をnoteでリリースしている。

「自分の命を守ってあげて」が掲載されたのは今年1月19日だった。

こんばんは
生きるのが辛くなっちゃったかな
心が疲れちゃったんだよね
誰も理解してくれないのってさ 辛いよね

夜中2時。小学生が書いたようなイラストの男の子が、優しい声で私に話しかけてくる。彼に出会ったのは中学2年の頃だった。両親が離婚して、母の実家に引っ越した直後のことだ。

母の気は虚ろで、祖母は今日も父に怒っている。
祖父は黙り、叔父は働かずにテレビを見続ける。
ここに居たくない。なんとなく消えたいという思いが、心を蝕んで寝られなかった。
学校にも家族にも言えない。1人ベッドの隅に座り、行き場のない気持ちをGoogleの検索画面に打ち込んだ。すると、1本の動画が目に止まった。

「死にたい・消えたい・さみしいと思ってる子に」(https://youtu.be/_viJabVMwqw)

気が紛れるなら何でも良かった。観ると、優しい声で話しかけてくる男の子のイラスト。

家族のことは一番苦しいよね。
私の事なんて何も知らないはずなのに。
どうして誰よりも寄り添ってくれている気がするんだろう。
消えたい気持ちがある夜は、彼を見て、毛布を噛んで泣いた。
そうして、次の日を浄化された自分として生きる。
何度も何度も、覚えるほど観た動画。そのうちに彼を見ても泣かなくなった。
それでも安心感を求めて辿り着けば、「どうやって心を動かすメッセージを作ることができるのだろう」と考えるようになった。
人の心を動かせるものを作りたい……。そう思うようになった。


何となく消えたい……。筆者である大学生はふとそんな思いに心が蝕まれて眠れなかったという。毛布を噛んで泣いた。夜の長さを思うと、息が苦しくなってくる。
家族の不和、別離、いじめ、先生の心無い言葉。若者たちの心を覆う黒い雨雲は日常のちょっとしたことから勝手に広がっていく。

「自分の命を守ってあげて」を授業で紹介した。それを読んだ106人がアンケートに答えてくれた。

「筆者の気持ちがよくわかる」と答えたのは56%、「まあまあわかる」は44%だった。
「なんとなく消えたい」と思ったことがあるかと聞くと、「時々思う」が33%、「思ったことがある」は45%だった。

新型コロナウイルスの影響があるのかもしれないが、薄もやがかかったような時代を生きている若者たちの心情はそのようなものかもしれない。
消えたいとまで本気で思ったかどうかはともかく、家族や学校では言えない、やり場のない気持ちに眠れない夜を過ごしたことがみんなあるのだろう。

学生たちにはもう一つ別の問いに答えてもらった。

「家や自室に閉じこもって外に出ない人の気持ちがわかる」
「自分も家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」
「嫌な出来事があると、外に出たくなくなる」
「理由があるなら家や自室に閉じこもるのも仕方がないと思う」

内閣府が平成21年に行った「ひきこもり調査」で用いられた設問である。4問とも「はい」と答えた人、3問「はい」で1問は「どちらかといえば、はい」と答えた人を合わせた人を「ひきこもり親和群」と内閣府は定義した。この調査によると「ひきこもり親和群」は有効回答数の3・99%で、推計155万人に上るということになった。

私が学生に行ったアンケートでは、4問とも「はい」と答えたのは31人で29%。調査のやり方や対象が異なるのでまともな比較はできないとしても、13年前の内閣府の調査より8倍近くも「ひきこもり親和群」が多いことになる。

不思議だとは思わない。いじめ、虐待、不登校、自殺などはいずれも過去最悪の水準にある。子どもを取り巻く状況の深刻さを思うと、「ひきこもり親和群」が想像を超えて増えていたとしてもおかしくはない。
 
何となく消えたい……という少女が消えないでいる自分を離そうとしなかったように、ひきこもり親和群の人々はひきこもることに心を引きずられながらも必死に自分を繋ごうとしているように思えてくる。

薄もやの中で息をひそめるようにして、傷ついた自分を守ろうとしている。
いのちの光をためた雫のように、せつない輝きがそこにある。

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これまでnoteでリーリースしてきた作品の中から14作品を選んで本を作りました。
まえがき、あとがき、各章の解説は書き起こしたものです。
装丁は細山田デザイン事務所にお願いしました。

「手にしただけで、心があたたかくなるようなものにしてください」
無理な注文にもかかわらず、紙の手触り、文字やインクの種類をじっくり考えてくれました。

子どものころの夢を思わせるような、懐かしさを感じさせる本になりました。いつもそばに置いておきたくなる。そんな本になりました。

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野澤さん 写真

のざわ かずひろ
毎日新聞新聞記者・論説委員として37年はたらく。現在は植草学園大学教授。ほかに東京大学の「障害者のリアルに迫る」ゼミの顧問(非常勤講師)を10年、上智大学文学部新聞学科の非常勤講師を8年続けている。社会福祉法人「千楽」を母体に今年5月「ちらく出版」を作った。「こもれび文庫」はちらく出版の初めての単行本。

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