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近づいていく…Tropism

さて,今日は作曲を始めて10曲目のTropismについてお話します.
少し長いので,音楽だけ聞きたい人は前半,脳の話だけ聞きたい人は後半へどうぞ.

楽曲の着想

楽曲制作している皆さんは、着想はどこから得ていますか?私の場合(ほとんどインスト曲ですが)、大きく分けて4つのパターンがあるように思います。

  1.  歩いていてふとリズムが浮かぶ

  2. 音源をいじっていていい音色をみつけ、そこから着想を得る

  3. 作りたいジャンルの曲を聴き、インスピレーションを得る

  4. 夢で知らない曲が聞こえ、起きてから書き留める

4.は数年に1度しかありませんが、1.から3.は毎回曲作りのきっかけになっています。Tropismはこのうち2.から始まった曲です。

トロピズムtropism(=屈性)とは

生物が光や化学物質などの刺激に反応して、刺激のある方向へ(正の屈性)、あるいは反対方向へ(負の屈性)傾いていく現象です。植物が光のある方に傾いて伸びたりするやつですね。ウイルスによって増殖できる細胞が決まっていることを指す場合もありますが,ここでは前者の意味で使っています.

tropism

この曲は、ソフト音源VSCにあるcheese organという音色が面白かったので、これを使ってみようと思ったのが始まりでした。ソロソロと虫が動き出すようなフレーズができ、虫も植物も徐々に動き出す春のイメージができました。Tropismというタイトルはここから来ています。

Closing-in と構成障害 ー高次脳機能障害ー

私がtropismという言葉を知ったのは、患者さんに見られる現象を調べていたときでした。脳の疾患が疑われる患者さんには、時々絵を描いてもらいます。絵に、病気の特徴が表れることがあるからです。見本の絵を見ながら,なるべくそっくりな絵を描いてもらうという「模写」検査というのがあるのですが、脳の中でも頭頂葉に病気がある人は、これが苦手な人が多いです。

脳の外側面(左)

特に、麻痺でもなく手が震えるでもないのに、簡単な絵が描けなくなる状態は、構成障害といいます。
この構成障害のある患者さんで、クロージング・インclosing-inという、不思議な現象が見られることがあります。模写しているうちに、自然に見本の図に手の位置が近づいていって、時には見本の上に描いているのに気づかないこともあるんです。

これは、高次脳機能障害の人に時々見られる現象です。高次脳機能障害というと、交通事故やくも膜下出血の後遺症を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、広い意味では認知症も含まれます。特に少し進行したアルツハイマー型認知症の方には、比較的多い印象を私は持っています。

closing-inとtropism

なんでこんなことが起きるのでしょう?今のところ、closing-inの発症メカニズムには大きく分けて二つの仮説があります。

1)代償仮説

空間の中で何かを見ながら動作するとき,脳の中では視空間認知・視空間性ワーキングメモリというものが働くことが研究からわかっています.頭頂葉に病気のある人は,この働きが弱っているので,それを補うために見本と自分の描く絵の距離を縮めようとする現象だという説です.

2)引き込み仮説

視覚的な注意がとても必要な動作をするとき,注意の的の方向に動作が寄っていく,という仮説です.注意を引きつけるようなものに対して,人はもともと近づいていく傾向があり、普通はそれを抑制しているという考えに基づいています。tropismという表現は、この説を唱えたDenny-Brown(1958)のものです.

closing-inは,実は病気ではない普通の子供や成人でも,一定の条件が揃うと出てしまうことが知られています.引き込み仮説はこのことも説明できるとして,より有力な説だとされています.
興味のある方は下記をどうぞ(残念ながら日本の論文にはあまり書かれていません).

  • Denny-Brown D. The nature of apraxia. Journal of Nervous and Mental Disease, 126:9-32, 1958.

  • Ambron E, Beschin N, Cerrone C, Della Sala S. Closing-in behavior: compensation or attraction? Neuropsychology, 32:259-268, 2018.

人が人に近づいていってしまう場合もあり,そんなことがあったときにはtropismを思い出してほしいですね.

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