自分の体について、女性は声を上げられずにきた 「経口中絶薬」承認から考える
「中絶するには、手術でかき出すしかない」。筆者は長く、そう思い込んでいました。しかしそれは日本国内の話であって、世界では「飲み薬」によって妊娠を終わらせる方法が主流となっており、WHO(世界保健機関)も推奨しているということを最近、知りました。
中絶について詳しく知らずにいたのは、私自身の不勉強によるものです。けれど同時にこう思いました。
中絶をめぐる日本の立ち遅れた状況は、どれくらい日々のニュースで扱われてきただろうか?
日本の女性は自分の体に関する大切な情報に、なかなかたどり着けない状況にあるのではないか、と。
2023年4月、この飲み薬がようやく日本でも承認されました。ただ、筆者が住む秋田県ではこの薬を扱う医療機関がありません。秋田の女性たちは、この薬が使える妊娠週数であっても、手術などによる中絶方法しか選択肢がないのです。このような国内の地域差も自分には衝撃でした。
12月18日、「RHRリテラシー研究所」代表で中絶問題を研究する塚原久美さんが経口中絶薬についてのオンライン説明会を開きました。日本で承認されるまでの経緯をたどりながら、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR=性と生殖に関する健康と権利)をめぐる日本の現状について塚原さんが語りました 。詳報します。(画像はいずれも塚原さん作成資料より)
「2、3年ほど前、日本ではこの中絶薬についてほとんど知られていなかった。2021年4月に毎日新聞が『承認へ』と報じ、そこから次第に知られるようになりました。イギリスの製薬会社ラインファーマの日本子会社が経口中絶薬の承認申請を行ったのがその年の12月、2年前のことでした。2022年は音沙汰がなく、翌23年1月に厚労省の部会で承認された後、急きょ、2月から1カ月間、パブリックコメントが行われることになったんです」(塚原さん)
寄せられたパブリックコメント(パブコメ)は約1万1500通。分析に時間がかかり、薬が承認されたのはさらに1カ月後の4月28日だった。https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000255219
女性たちの切実な声にこたえていない
パブコメのうち、承認すべきだという意見は68.3%、承認すべきではないという意見は31.2%だった。
賛成の意見には「手術以外のより安全で心身の負担が少ない選択肢を増やしてほしい」「WHOで推奨されており、多くの国で安全に使われている薬である」「女性の性と生殖の健康と権利を尊重すべき」「望まない妊娠を早いうちに回避する手段が必要」などがあった。
塚原さんは「これらの意見に対する厚労省の『考え方』は、全て同じです。『薬事分科会における審議の参考とさせていただきました』という文言で、受け流されている」と指摘する。
一方、反対の意見への厚労省の反応はどうだったのか。
「手術が必要となる大量出血や感染症を引き起こす恐れがあり、安全な中絶方法とは言えない」という意見に対して、厚労省は「薬事分科会において、子宮出血や感染症などの安全性も含め、審議された結果、添付文書等において適切な注意喚起等が行われ、それらが遵守されていれば、臨床的に許容可能」と答えている。
塚原さんは「これでは『実際には安全ではない薬だけれども、ちゃんとルールを守れば許容してもいいよ』というふうに読めます」と指摘した上で「反対意見には、一応それぞれに答えている。賛成に対するものと比べて、かなり扱いが違うという印象があります」と語る。
「配偶者同意をなくすべき」
パブコメには、賛成・反対のほか、さまざまな声があった。
「薬は安価や無償とし、若年者等でも選択できるようにしてほしい」
「母体保護法の配偶者同意を不要とすべき」
「堕胎や、母体保護法の要件を廃止すべき」――。
塚原さんは「こういった意見に関しては、厚労省は見解も示さず流しているだけ。考慮に値する意見として取り上げていない」と指摘する。
「日本の女性たちから遠ざける理由がない」
塚原さんは、日本の状況に対する海外の専門家の声も紹介した。
このうち、経口中絶薬の研究で博士号を取得したオーストリアのクリスティアン・フィアラ医師は、日本で販売が始まった経口中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストール)による中絶は、自然流産と同じで見分けがつかない経過をたどり、ほとんどの国で承認され、標準的な治療法となっているとし、「この治療を、これ以上日本の女性たちから遠ざける理由はありません」と語っている。
カナダ中絶権連合エグゼクティブディレクターのジョイス・アーサーさんは「日本の厚生労働省はパターナリスティック(家父長制的)。女性にはリプロダクティブ・ライフに関する自己決定が必要です。最小限の規制で女性の手に中絶薬を渡してください」。
安全な中絶を受けられない国の女性たちに中絶薬を届ける活動をしている国際ボランティア団体「Women Help Women」のエグゼクティブプロデューサー、キンガ・ジェリンスカさん(ポ-ランド)は「ミフェプリストンとミソプロストールはWHOが必須医薬品として推奨している。日本人もこの薬にアクセスできる道徳的権利と人権を有しています。広く利用できるようになれば、中絶へのアクセスが改善され、より幅広く男女平等に貢献することができる」と語った。
これら専門家たちの言葉は、日本で経口中絶薬が承認される直前に塚原さんが行ったイベントのために集められたものだ。この問題が女性の人権に深くかかわるテーマであることが分かる。
経口中絶薬にアクセスできない自治体も
経口中絶薬の販売が始まったものの、利用にはさまざまな制限がある。
①母体保護法指定医師(中絶を行うことができる資格を持つ産婦人科医。各都道府県の医師会が指定)がいて入院可能な有床施設(病院または有床診療所)で②指定医師の監視下で服用し➂中絶が完了するまで入院または院内待機する―—という条件のもとで、ようやく服薬できる。
さらに、経口中絶薬を扱う医療機関は国内にまだ102しかない。13の県には、一つもない状況だ(24年1月13日現在。ラインファーマ社のホームページで各都道府県の状況を確認することができる)
今後、どうしていくべきか。
塚原さんは「中絶薬のアクセス向上はもちろん求めていかなければならないが、『リプロの権利』、つまり自己決定権と安全な周産期医療を受ける権利をしっかり主張していく必要がある」と語った。
「自己決定権というのは別に中絶だけのことではありません。お産のとき、どんなふうに産みたいかというのも入ってきますし、避妊の方法も含まれます」と塚原さんは語る。日本では避妊の方法といえばコンドームが主で、体に貼るだけで効果がある「避妊パッチ」や経口避妊薬の利用は少ない。「避妊の方法も中絶の方法も、選択肢がなければ自己決定はできないのです」
人権について300もの勧告を受けた日本
塚原さんは「国民全体に、人権の理解を広める必要があるということを非常に強く感じている」と語る。
2023年1月、国連は日本に対する普遍的定期的審査(UPR)を実施した。UPRは国連に加盟する全193カ国の人権状況を約4年半に一度審査するものだ。
「この審査で日本は、人権に問題があるという300もの勧告を受けました。このうちSRHR(性と生殖に関する健康と権利)にかかわる勧告は36です。勧告に対する日本政府の回答は、たとえば母体保護法の改正は『受け入れない』、刑法の堕胎罪廃止は『受け入れない』でした」(塚原さん)
人権に関する勧告を「受け入れない」と言ってのける政府。その姿が、日本の社会全体に影を落としていると塚原さんは見ている。
「日本は人権教育が立ち遅れています。何よりも、政府が人権とは『思いやり』であるかのような発信しかしていない。国民の権利を国が守るというのが人権です。しかし日本ではそのような発信を国がしていないのです。人権とは何か、人権そのものの理解を国民全体に広げていくことが、非常に大事ではないかと考えています」
同時に、女性がこれまで背負わされてきた「スティグマ(差別、偏見)」を断ち切ることが重要だと語る。
日本の中絶手術では、いまだに胎児を器具でかき出す「搔爬(そうは)方式」が主流になっており、女性の体に負担の少ない「吸引方式」が主流の欧米に遅れを取っている。
「旧式の中絶方法は女性にスティグマを与えてきました。『恥、罪悪感』にさいなまれ、女性は声を上げることができない状況が長く続いてきました。これをどうしたら断ち切ることができるのか。ひとつには、知識と信念を女性が身に着けていくことが大切だと私は考えています。そうすることでエンパワーされ、自尊心が高まり、連帯することもできるようになっていく。当事者である女性の声をしっかりと広げていく必要もあると思っています」
オンライン説明会の動画はこちらから↓視聴できる。(三浦美和子)