メディアは差別をあおる「両論併記」をやめてほしい 特例法の不妊化要件「違憲」 高井ゆと里さんに聞く
戸籍の性別変更を望むトランスジェンダーの人たちに課される「不妊化要件」について、最高裁判所が憲法違反であるとの判断を示してから1カ月あまりが過ぎた。トランスジェンダーへの差別的な言説やバックラッシュが続く一方で、トランスジェンダーの人権回復に関心を寄せる人々は確実に増えている。今回の違憲判断や「トランスヘイトとメディア」について、倫理学者の高井ゆと里さん(群馬大学准教授)に聞いた。
(文中、敬称略)
「立法府は違憲の前に変えられたはず」
―最高裁大法廷は10月25日、性同一性障害特例法(特例法)が定める不妊化要件を「過酷な二者択一を迫るものであり、憲法違反である」と断じました。あらためて、今回の違憲判断をどう感じましたか?
高井 純粋に嬉しかったです。でも本来であれば、違憲の判断が出る前に国会が仕事をすべきだった。三権分立の観点からは、司法が機能しているという意味でよいのですけど、立法府が先に法改正をすべきだったという意味です。法令違憲というのは「いい加減にしてね」と裁判所に怒られているわけで。そうなる前に、立法府は変えられたはずです。特例法の「5つの要件」(※年齢要件、非婚要件、子なし要件、不妊化要件、外観要件。文末に解説) によって、当事者の人たちは分断され、見捨てられてきた人もたくさんいました。特に、子どもに関する要件と手術に関する要件によって、性別変更ができない状態になった人が数多くいた。2003年に特例法を作るとき、立法府の議員は「小さく生んで、大きく育てる」と当事者たちと約束をしました。「不断に作り変えて検討を続けていく」と。当事者たちは「それなら」と最後はのんだ。ところが日本の立法府は、人権に対する社会の理解が進んでも、世界の情勢が変わっても、医学的な知識がアップデートされても、諸外国でどんどん手術要件がなくなっても、20年間、ほとんど何も変えてこなかった。今回の不妊化の要件についても、4年前に最高裁が「違憲の疑い」があると言ったのに、それから何か議論したかというと一切していない。これは、国会の怠慢だと思います。
法改正の動きを見つめていく
―4年前の最高裁判断では「合憲」でした。
高井 諸外国でもとうの昔に「人権侵害である」という認識が定着していたので、5つの要件で最初に違憲判断が出るのは「不妊化要件」だろうと思っていました。でも今回の決定文を読むと、私からすると言い訳がいっぱい書いてあって…。4年前は合憲と判断し、少数意見で「違憲の疑い」となっていました。4年前に合憲とした決定を変えるにあたり、理屈を探している感じにも見えました。ただ、特例法の一つ一つの要件の不合理さを伝えるフェーズから、どんな法律だったらいいんだろう?と話し合えるフェーズに移ったことは、本当に嬉しいです。
―6月のLGBT理解増進法の成立までの様子を見ても、立法府がしっかり話し合ってくれるか非常に心配です。
高井 心配はあります。でも違憲判断によって法改正義務が発生しているので、大丈夫です。法律に最高裁で違憲判断が出るというのは、とてつもなく大きいことです。外国に既に参考になる諸法令もありますし。ただし、今後はとんでもない要件が入らないよう注視しなければならないと思っています。
目に見えて増えたアライ
―違憲判断のニュースが流れた後、SNSでは「バックラッシュに備えよう」など、トランスヘイトを心配する投稿が多くありました。
高井 最高裁でどんな判断が出たとしても、ヘイトのきっかけにはなるだろうと考えていました。ただ、微妙なことではあるんですけど、注目が集まって話題に上って、誤ったことや極端なことを言う人もいるけれど、一方で理解しようとする人たちも増えていったと思うんです。LGBT理解増進法が議論されていた時に、ヘイトは拡大しきったかなという印象を受けます。極端な誹謗中傷をする人や、そうではないにしても少しそれを信じてしまいそうになる層もいますが、逆に正しいことを知りたいとか、デマに流されないようにしようと言ってくれる人が、目に見えて増えました。
―ヘイトについても、新しいフェーズに入ったように私も感じます。
高井 トランスジェンダーの当事者は本当に数が少ない中で、ヘイトが拡大し、つらい状況でした。でも、いわゆるアライ(仲間、味方)であろうとしてくれている人たちもすごく増えたし、情報や知識の量も飛躍的に増えたと感じます。それを怪我の功名というには、あまりにもみんながつらい思いをしていますが、ただただヘイトが広がっていくのを見つめているしかなかった時期とは、少し光景が変わったかなという感はすごくありますね。
あらゆる領域で性別を問う社会
―「外観要件」については差し戻しになり、申立人の性別変更は叶いませんでした。
高井 「外観要件」がある唯一の根拠は「公衆浴場」なんです。でも性別って、それ以外のありとあらゆるところで聞かれます。就職するとき、病院に行ったとき、選挙のとき、入学するときだって、あらゆる領域で性別を聞かれる。そういう社会ですから、提示できるIDの身分証の性別表記が生活実態とずれていることで、すさまじい不利益が生じます。それをなくすのが国の責任です。なのに「公衆浴場」という、生活のごくごく局所的なところで「何かトラブルになるかもしれないから」と、生活のほぼすべてにわたる不利益を甘受しなければいけなくなっている。本当に合理性がないです。
―最高裁判断を読んでいて、私は反対意見に励まされました。「風呂やトイレ」を巡るヘイト言説について合理性がないと明言していて、心強かったです。
高井 4、5年前、風呂やトイレについてのヘイト言説が広がりだした頃は「きっとみんな、すぐにおかしさに気付いてくれるだろう」と思っていました。でも、そうではなかった。やはりトランスの人たちの生活実態とか、現実にどういう工夫をしているか、どういう困難があるかということを、本当にみんなが知らなかったんだと痛感させられた5年間でした。外観要件は、基本的には憲法に規定されている権利、人権にかかわる話であり「風呂やトイレ」という議論の埒外にあるものです。でも反対意見では、それについてわざわざ無視せず、つぶさに議論をしている。これには、トランスの人権を守ろうとする意図を、はっきりと感じました。反対意見では、外観要件があることによって何が起きているか、なくなることによって社会にどういう不利益があるのかを検討し、「新たな不利益はないし、むしろ要件がなくなれば人権侵害はなくなる」と述べている。その通りなんです。外観要件については差し戻しになり、高裁で審議をすることになりますが、実質的には最高裁が「違憲判断を出しなさいよ」と背中を押している。反対意見が、ほとんどその道筋もつけてくれている。だから高裁に関しては100%、違憲になると私は思っています。
「両論併記」は差別を広げかねない
―違憲判断についてのメディアの書き方も、さまざまでした。中には「風呂とトイレ」についての誤った情報をそのまま載せているメディアもありました。
高井 以前、LGBT法連合会の記者会見に参加したとき、メディアに向けて伝えたんですけど、報道するときに「お風呂が混乱するのではないか、トイレが混乱するのではないかという懸念の声がある」みたいな両論併記は、本当にやめてほしいのです。それは、性別変更要件に何の関係がありますか。「実際にこういうことが合理的に予想される」という筋道までちゃんと埋めて書けるのだったら、書いたらいいけど、何の筋道もないのに「不安を口にする人もいる」と書くのは、合理的ではないし必要がない。当事者に対するヘイトが加速する「燃料」を、メディアの人たちが生み出している。「両論併記の気配り」で不合理な、差別的な見解を拡散させるプラットフォームに、なってはいけないと思うんです。これはメディアの責任として、これからも考えてほしいです。
※特例法の5要件
1、年齢要件=18歳以上であること
2、非婚要件=婚姻していないこと
3、子なし要件=未成年の子がいないこと
4、不妊化要件=生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること(精巣・卵巣の切除などによって生殖能力をなくすよう求めるもの)
5、外観要件=変更を望む性別の性器に似た外観を備えていること(トランスジェンダー女性に陰茎の切除を求めるもの)
(聞き手・三浦美和子)
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