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Mint Blue Line Swinger(1/2)
四方八方から舞い込んできた風達が乱れ、ガラス窓や外壁を叩き、うねり、音を重ね、一つの束となって鉄道の高架線にぶつかり分散し、骨組みを縫い一つに戻るため先頭を追いかける。いくつもの頭上を掠めることなく吹き抜け、ガラスへ着地し、這って次へ次へとガラスを移動し、熱の溜まる液晶前で滞留していると、追い風が吹き下降する道ができた。
ふわりと踵を返し、人の足元を吹き抜ける。一部、ガラスが動いた先に引き込まれ、抜けたものを引き戻す事はできず、次の道へ進むことしかできない、緩やかな坂を登り、引き返して降り、木を揺らしながら遊んで来た風に、知性を抱えた風が合流する。知性を授けたものは、人間と言う。人間に知性を授けたものは本と言う。本に書かれているものは知識、もしくは情報と言う。心なしか緩やかになった風が、銅で固められた犬の鼻を掠め、蝶を掴まえる。
9月だと言うのに風はまだぬるい。季節外れな蝶を、季節の風が掴んで離さない。ひらめいて人の頭と同じ高さに落ち、波に乗るよう風に流され飛んでいる。誰にもぶつからず、気づかれもせずに、人混みへ紛れている。
身を任せ漂っていると、濡れた壁に遭遇する。汗ばんだ中年男性の顔だ。小太りでスーツを着ているから、サラリーマンなのだろう。顔の周囲から離れられずにいると甘そうななにかを感じとった。
色黒の男性数人が並んで歩き、アイスを食べている。その吸えそうな白い塊へ向けて、羽を大きく振るい生温かい空間から抜け出し、甘い匂いの元へぱたりと羽ばたく。
近づくと体に悪そうな匂いがしたので進路を変更し、小さな風に煽られ、ランドセルを背負った女子小学生の頭上を旋回し、はためいていると、女の子が二人でいる所に男の子が一人合流して来て移動を始める。
誘導されるようにふわりと波打ち、はためくとそこに突然強い風が吹き、あまりの勢いに髪と服を押さえ目を離した隙に、私の前から蝶は消えてしまった。
踵を返し自分の進路へ体を向ける。もうすぐ信号が変わるはず。この大きな交差点では、青になれば蝶が逃げ出すほどの人混みが生まれるかもしれない。それだけ休日の渋谷は人で溢れている。残暑が落ち着き始め、最高気温が三◯度までの日が続き、日陰に入れば暑さを感じない様になった。
この気温なら昼間でも出歩きやすい。
夏の間に目にする事がなかった、日光に照らされるアスファルトと白線の様子を、奥に並ぶ人混みをぼかしつつ、横構図で下から見所を作り七対三の割合で映しとると、今から日光の上を歩く高揚感を描けるかもしれない。
カメラを構え、シャッターを切る。写真を確認すると、「ボチボチやな」と思い呟いた。
青色信号のスピーカーから音が鳴り響き人混みが一斉に動き始めて規則性のある音に雑踏が重なる。その一部の中から上空にカメラを掲げ、肉眼をレンズに通さず、捉えたい構図を想像しレンズの先に映る光景を想像し、前後との距離を測りながら人混みの様子をカメラで捉える。
何もない空間だった交差点が一息つく間に、人で埋め尽くされ、そこには色とりどりの頭があった。風景にピントを合わせて、頭をぼかしたらライトみたいに見えてええかもな。
撮影した写真に集中していると、人混みを塗い早足で歩く制服姿の男の子が勢いよく隣を通った。肩が当たったと錯覚する勢いの風が感じられ、少々驚いてしまった。
もう少しやりたい、けど流石にこれ以上は怖いな。前見て歩こうと、カメラを守るため周囲を警戒する。
前からスーツ姿の会社員が歩いて来た。背筋を伸ばし急ぎ足で歩く人もいれば、先ほどの汗ばんだおじさんよりも貧相に見える自信無さげな佇まいをした人がトボトボと足を前に落としながら進んでいる。人とぶつかりそうで冷や冷やさせられる。
交差点を渡り終えると、落ち着いた青色したジーンズのシャツと、黒のスラックスを着こなす女性に追い抜かれた。20代後半ほどだろうか、大人びて見える。
その人に追随するよう歩き続けると、道の隅で騒いでいる同年代の男性達の集団がいた。アスファルトの模様が変わり、傾斜がついてきた道を進み、集団の声はそのまま遠ざかっていく。
目の前にいた女性はいなくなり、白人男性と女性のカップルが独特のリズムで近づいて来た。
道を聞かれたので片言の英語で答えた。地図の見方が正しいのか確認して来た様子だった。二人を撮影しても良いかと尋ね、許可を貰い、二人の進行方向を背景に、コチラを向いて身体を寄せ合う定番的な記念撮影のポーズと、身振りと単語で、手を繋ぎ互いに笑顔で見つめ合い歩く姿になるよう指示し、適した構図で一瞬を切り取った。
写真のデータを渡し、独特のリズムで歩く二人に手を振り見送った。写真を確認し、カメラの機能で色調を変化させ見比べていると、自然と吊り上がった頬がなかなか弛まないことに気づいた。白黒もええなと思い、道案内した方角を見ると薄汚れた白のタンクトップを着て、段ボールの上に座り込むホームレスの男性がいた。写真には写っていなかった筈。けれど今はいる。もう一度カメラを構えてみると逆光で何も映し出されていなかった。
あの場所で雨風防げるはずはないな。他に住処があるのかな? いつも同じ光景じゃ飽きるから、ピクニック感覚で場所を変えたりするのだろうか。どんな気持ちで座っているのだろう。
気になることが沢山出てきたが、ちょっかい出されないと良いなと心配を向けつつ、目的の場所へ足を進める。
レンズを見に家電量販店・カメラ屋へやって来た。今持っているものと別の機材で写りの違いを体感したい。
「(買いたいねんけど、まだクレジットカードの残金が足りんくて手が出せん。)」
先日届いた明細通知書の内容を思い出し、新しく我が家に仲間入りしたグッズ達の、それはもう輝かしい姿を思い出し、自分のカメラに収まる推し達だけで形成された一枚の世界をついつい開いてしまった。
「(惚れ惚れするわ。)」ゲームパソコンの放つ黄緑色の蛍光色を背景に、小さなフィギュアやアクリルスタンドの体型、表情を様々な角度から映えて見えるよう撮影した写真達。定期的に配置を変えて、新鮮な尊みを享受できるよう工夫して推し活に勤しんでいる。模様替えにもなり、写真編集した後の息抜きになる。もちろん配置替えが終わったら、カメラを取り出し写真を撮る。自室で撮る際はズーム機能がなく、暗所でも被写体を鮮明に映し出て、背景のボケ味との境界がくっきりと綺麗に映せる単焦点レンズを使い、「これはどうかな?この感じは?躍動感欲しいな。意外と相性ええやん。」と感想を声に出しながら角度を調節したり、距離を変えながら楽しくしている。撮れたものは家族やゲーム友達へたまに見せる。新調してようやく一年経ったカメラは操作しやすく手に良く馴染んでくれている。もしまたカメラを買い替える事になったら、その時は何が合うのか。目の前に広がるカメラ達の隊列を見ていると好奇心が湧いてくる。目当ての物は決まっている。
「浮気やないで。友達が増えるんや。勘弁したって。」
意気揚々と鞄の中から推しの人形を取り出し、ズームレンズが装着された別メーカーのカメラで試し撮りをおこなうことにした。
「すみません、カメラの試し撮りさせてもらえませんか。」
「、、はい、構いません。どのカメラでしょうか?」
「このカメラでお願いします。」
「かしこまりました。CanonEOS R10ですね。」
クリーニング後の香りが強烈な店員さんは、ストラップを首から下げ電源を入れ、持ち替えてレンズを見た。そしてファインダーに目を通して写りを確認している。フラッシュに続いてシャッター音が鳴り、撮れた写真の写りを確認してから、「どうぞ。」とカメラを渡された。
「ありがとうございます。」
ピントは、オートフォーカス。自分のカメラの前に置いた人形へレンズを向けると、自然とピントが合った。先ずは5m離れてみる。これもすぐに人形へピントが合う。背景にと置いた自分のオリンパスOM-D E-M10 Mark IVは小柄で、全体を写しその背後をぼかして捉えることができたら、ジオラマのイメージでレトロなデザインが街並みの様な雰囲気を出してくれるのではないかと考えて置いてみた。予想通り良い味が出ている。
シンプルながらも高級感があり、全体的に柔らかいフォルム、その上部にあるシルバーのアルミ素材で出来たプレート部分はシャープで、モダンさとレトロさが絶妙に融合した外観は、冷静沈着な私の推しの鋭い表情を際立たせてくれる。一気にヒーローみたいだ。ジャージなのに。
「かわええ」
フォルダーに映る推しへ惜しみない賞賛を笑顔で送っていると、この一枚が欲しくなり、すぐそばで待機していた店員さんへ「この撮った写真貰うことってできませんか?」と笑いながら言ってしまった。
「え?どれですか?」「コレなんですけど。」
「少し待ってて下さい。」「すみません。」
カメラを手渡すと、ボタンを操作し始めた。
やや興奮気味だったからか、この静かな間が長く感じる。そんな時間の中、店員さんをじっと見て、プレッシャーを与えないように周囲を見渡すけれど、一瞬目が合ってしまったからプレッシャー与えただろうなと申し訳なく思う。
多分アプリが必要なはずだから、先に探しておこう。canonで調べたら何か出るだろうか。
「すみません、写真を渡すにはアプリのインストールが必要になります。お時間等は大丈夫ですか、続けられますか?」
「はい大丈夫です。私も必要だと思って調べてたんですけど、コレでできますか?」
店員さんが近づくと強烈な香りがより鮮明に感じられる。ちょっと辛いかも。
「コレで問題ないはずです。写真の転送が終わりましたら、接続はこちらで解除いたしますので。」
「はい」目で返事をしスマホの操作を続けてペアリングするカメラを選ぶ画面が現れた。
「あの、カメラの名前が出てきました。」
横から画面を覗き込んで「では。この2段目を押して下さい。」と指差された。毛がなく中性的な指の形をしていた。顔とは印象が違う。
私が無言で2段目を押すと、再度カメラを操作し始め、すぐにスマホとカメラは接続された。
「では送りますね。」「お願いします。」
ジャージ姿をしたヒーローの写真が届く。壁に張り付いて立つことはできないし、直立不動になって飛び立つ事もない、跳躍したとしても助走ありでせいぜい四、五メートルぐらいだろう。物理的に万人を助けられるほどの力は持っていないが、私の心を穏やかにしてくれる存在なので、これはもうヒーローと呼んで良いのではないだろうか。
そんなことを友人と母に送ったらどんな反応が返ってくるだろう。この店員さんはあの写真を見てどんな感情を抱いたのだろう。
ひとまずお礼だ。「ありがとうございます。」「どういたしまして。」素早く一礼が帰ってきた。
「これが先ほど登録された番号です。消しますので確認をお願いいたします。」
腰を折りモニターへ顔を近づけ「はい」と短く返事をして、消えたのを確認したらすぐさま姿勢を戻した。カメラを元の位置へ戻している様子を見ながら、動きを待つ。
「他に試し撮りしたいものはございますか?」
「いえ、もう大丈夫です。試したかったのはアレだけです。」
「そうですか、他にもレンズや三脚を取り扱っておりますので、どうぞゆっくりご覧になって行ってください。」
「はい、ありがとうございます。」
人形やカメラを元に戻し、離れてた相棒を下から左手で支えながら、もう少し店内を見て回ることにする。
整列されたカメラとその値札、機能名とその数値が記された名札を何も考えずに眺め、気になった形があれば物色し、レンズ売り場へ辿り着く。
所持してるレンズは、4つ。「広角レンズ」と言う文字が目に入り、持っているものとは違うメーカーでデザインや装飾に僅かな違いがある。これだけで私が持っているものとは、使い勝手も変わるのだろう。
東京は芸術性に飛んだ建造物が多いので、実際に現地へ赴き撮影したいとずっと憧れており、正面から綺麗に全体を映した写真を撮るために購入した。
建物の外観は勿論、内装、それぞれの階、シンボルと言えるような構造を探し、撮影する。人が行き交うタイミングも狙い撮影する事で、構造そのものが持つ個性と、多くの人に利用されている価値ある生の様子を対比として映し取ることができ、この気づきを得た経験のおかげで、気に入った施設は必ず2種類撮ることが癖づいた。
人数が多すぎて、内観の構造が分からなくなるのは避けたいので、程よく人がいる時間帯を狙う。
外観であれば、朝早い時間から訪れ、必要な光量を満たし、まだまだ人通りの少ない時に、建物全体を正面から撮影する。だいたい早朝か昼食時。入り口のみを撮っても良い。綺麗に写し撮れた際は、大きな建物が自分だけの物になったようで静かに高揚感へ浸れる。
正面撮りはシンプルな構図だから、外壁や窓、正面入り口、装飾があればそれも、立地に合わせた公道との割合も考慮して、寸分違わぬ統一された比率で鮮明に映し出さなければ作品としての価値を生み出せないので難しいがやり甲斐の、撮り甲斐のある撮影ができる。広角レンズでの撮影はだいぶ慣れて来た。
買ってから一、二度しか使用していない望遠レンズもそろそろ使い慣れておきたい。友を被写体に遊ばせて撮るか。真面目に動物を撮るか。野球観戦に行って撮影するのもありか。
気の置けない物へ意識を向ける時間はやっぱり楽しい。自分の知らない、形、質感をしたカメラを手に取り、その重みから自身の撮影する様子が思い浮かび、シャッターが切りたくて仕方がない。特別なものを見つけないとシャッターは切れないが、そんな被写体を綺麗に撮れた達成感をまた味わうために、素材探しがやめられない。今も、どこかに何かないかと気になってしまう。煩わしさのない自由な時間。学校とは違い、絡んで来る人も、闘争心をむき出しにする人もいない。最近、女生徒のみで組んだ班で課題に取り組む、撮影した写真の感想をフィードバックし合っていると、頻繁ではないけれど、時々数人の男子生徒が現れて、私達とは関係ない課題の話を始めて、勝手にアドバイスを始めてくる。友人達の誰かに気があるのだろうけど、少し空気を読んでもらいたい。
「頼れることがないのに来られても迷惑なんよな。」カッコつけたいのか、下に見られてるのか。丹生とは「話が進まない」と話したけど、他の二人は気にしてない様子だった。課題提出自体は、遅れることもなく良い評価は得られたから、結果的に問題はないけれど、時間を取られてしまうのが鬱陶しい。
ゲーム時間減ってんねんよね。目に付くところでやってたら、話のネタにされるから、一人の時はトイレでログインボーナス貰ってる。なんかやや。丹生といるときでもコソコソ隠れながらやってるし、いい加減やや。普通にしてくれんかな。
ため息をつき、手に持っていたレンズを優しく置く。考えていても問題は解決しない。大事ではないけれど、煩わしさが募ってストレスが増してしまう。好きな時間を邪魔されず静かに過ごすにはどうすれば良いだろう?
「写真の様な理想的な状態を維持し続けることは難しい。」兄の言葉を思い出し、耐え切れなくなったら拒絶しようと心に決め、レンズの観察へ集中する。新しい物を手に取り、形やデザインを物色する。使わない限り機能を理解する事は出来ないのだけれど、重さや質感を直に触れて感じるだけでも私は十分楽しい。うんともすんとも言わないけれど、手を焼きたくなる重量感をしてる。落としたらヤバい。これだけ頑丈そうなのに、丁寧に扱わないと壊れてしまう緊張感が堪らなく良い。
まだ見ぬ仲間達との一時の触れ合いを楽しみ、やはりカメラ機材は高いと思う。スタジオ撮影時の機材は、学校に通ってるうちは気にしなくていい。レンタルスペースに置いてるところもあるし、自由に使える場所の確保には困らないだろう。就職先も撮影を売りに選べたら言うことなしで、近いうちにCanonEOS R10を買いたい。
次の課題もオリンパスで挑戦する。今自分に必要なのは、目の前で刹那的な情景が生まれる予感を察知し、気持ちの準備を済ませ、その瞬間を逃さず切り取れるようシャッターを切ること。さっきと比べたらピント調節は手間で使いにくさもあるけど、これはこれで愛着が湧くねん。私の相棒はもっと撮れる。
瞬時にスイッチ入れられる様に、集中して見つけるのに慣れんとかな。自分に見えない空間の形が分かれば楽なんよね。気を張らんで済む。
店を後にした。