【シチュエーションドラマ風SS】俺と人形の場合
昔、むかし。
太陽に恋い焦がれ、羽根をつくった男がいた。
彼は太陽に近づきすぎて、焼け死んだという。
だけど、俺は―…
室内は無数のディスプレイと、工具。
あとは…「ピッ…ピッ…」という、単調な機械音で満ちている。
ここにいるのは、俺とお前の2人きり。
もう、何ヶ月も何年も…。
人間の感情と記憶を、コンピュータに読み込ませるプログラムを組んでいる。
工業技術が進歩して、二足歩行のロボットが製造されるようになり。
搭載されるAIも、学習能力の高いものが多く、使えば使うほど賢くなってゆく。
人とのコミュニケーションがスムーズにできる物が増えてくると、欲深い人間は次に何を目指すのか。
それは…人とほぼ変わらない、ヒューマノイドタイプのロボットだろう。
企業は"カスタマイズ自由なヒューマノイド"として、芸能人や自分の恋人。
さらにはもう亡くなって、二度と会えない人間を再現しようとしている。
そこで重要になってくるのが、感情と記憶…その人物を構成している"核"だ。
俺たちプロジェクトメンバーは、その核をコンピュータに読み込ませることを任された。
失敗続きの日々に「目に見えない…計れないものを、コンピュータに読み込ませるなんて無理だ!」と、研究員はどんどん辞めてゆき。
気がつけば、ココには俺とお前しかいなかった。
自分たちを実験台に、2人で何度もコンピュータへアクセスを試みる。
良い結果が出ず試行錯誤する中で、決して弱音を吐かないお前に、俺はいつも励まされた。
「お前となら、作れるかもしれない」と、夢見てしまうほどに。
なんと情けなく、感傷的で、乙女チック―…。
「…どういう、ことだ?」
「辞めると言っている訳じゃない…ただ、一度。別の角度から、この研究を見てみたいんだ」
突然。
お前が「しばらく、ここには来られない」と、言い出した。
俺はカッと頭に血が上り、思わず詰問口調で問い詰める。
お前は申し訳なさそうに、言葉を選びながら言い直したが、俺にとって結果は同じ。
お前が、ココからいなくなる…。
「お…ま……え………」
言葉を理解した途端、耳元で脳の血管が「ブツリ」と、切れる音を聞いた。
初めての、感覚。
感情が行動を上回り、自分がなにをしているのかも、わからない。
「よくも…っ…」
裏切られたという、失望と絶望。
どう言葉に表せば伝わるのだろう。
「信じて…た、のにっ…」
口から出るのは、どす黒いコールタール。
苦しさから逃れようと手を伸ばせば、そこにはお前の細い首があった。
迷わず床へ押し倒し、首を掴んだ手に、腕に、力を込める。
「どこへも行かせない…」ただ、その一心で。
しばらくして…俺は息苦しさで、意識を取り戻した。
やけに視界がぼやけると思ったら、号泣していたらしい。
俺の下で横たわるお前は、まるで雨に降られたようで―…。
「す、すまない…今、拭くものを…」
立ち上がろうと手をついて、驚いた。
お前の身体が、冷え切っていたから…。
「あ…嗚呼…あぁあぁあぁっ!!」
しばらく考えて、思い至る。
俺が、お前を殺してしまったと。
後悔と自己嫌悪を喚き散らして、喉も枯れた頃…ふと、コンピュータが目に入った。
お前が最後にアクセスしたのは…確か、昨夜。
その瞬間、俺の脳内に何かが閃いた。
導かれるまま、キーボードへ向かい、狂ったようにキーを叩く。
寝食も忘れ、時間の感覚さえ不確かになった頃。
ようやく俺は、お前の身体が朽ちていることに気づいた。
そうだ。
器が必要だ。
違法な研究を行っていたとして、この業界から追放された同期を思い出す。
ロボットではなく、有機物を使った…ほぼ人間とおなじ構造を持つ、ヒューマノイド。
同期の作ったそれは、廃棄されてしまったけれど…面白半分で見せてもらった設計図が、データとしてどこかに残っているハズだ。
「タンッ」
Enterキーを押すと、プログラムが動き出しお前の新しい身体へ向かって、流れ込む。
人の集中力の、なんと恐ろしいことか―…。
髪が伸び、手の皺が深くなる頃。
俺はようやく記憶と感情を読み込むプログラムを完成させ、さらにお前そっくりの有機タイプのヒューマノイドをつくりあげることができた。
「ふっ」と、お前のかすかな吐息が聴こえた気がして、視線を落とす。
やわらかくて温かい、漆黒の瞳と目が合った。
自然とお前の頬を撫で、俺は惹き寄せられるように口づける…。
そうか。
俺は、お前のことを愛していたんだ。
「これから話すことを、よく、聴いてくれ…」
久しぶりに出した声は、随分しゃがれていた。
けれど、お前は俺の声にしっかりと耳を傾けてくれている。
保存後の…記録にはない、お前の記憶を語った。
俺が、お前を殺したことも。
話終ると、お前は見たこともないほど、悲しげに顔を歪ませた。
それを見て、俺は思わず苦笑する。
ああ…ここに居ては、いけない…。
「すまなかった…な」
床に転がる工具を手に取ると、迷うことなく俺は、自分の喉に突き立てた。
お前の叫び声を聴いた気がしたけれど、聴こえないフリをして。
大丈夫。
お前はすぐに気づくだろう。
これでようやく、俺から解放されたのだと。
研究成果もなにもかも、残せるものは全部、お前に譲る手配をしてあるから。
どうか、新しい人生を生きてくれ。
俺は、お前の幸せだけを、祈っているよ―…。
― 終幕 ―
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※20170926 追記※
購入してくださる方がおられたら、感謝の気持ちをこめて、有料記事部分に追記してゆこうと思います。
この物語に関するつぶやきだったり、らくがきだったり…。
そしてさらに何人かの方が購入してくださったら、記事の値段を上げてゆきます。
初の試みなので、どうなりますか?
ご購入後も、お楽しみいただければ幸いです!
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