![_オリジナル短編_コエゴト_-タイトル01](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/4563250/rectangle_large_f93d5c77a3fc62523d821414f9d5bfd3.jpg?width=1200)
オリジナル短編『コエゴト』vol.01
最近、彼女の様子がオカシイ―…。
お見合いで出会って、4ヶ月。
順調にデートを重ね、想いを重ね合ってきたというのに。
なぜかここへ来て、ビミョーに避けられている…気がする。
気がする…というのは、オレには全く避けられる理由がわからないからで。
なにか問題があるのなら、言って欲しいのだが…おとなし過ぎる彼女に、それを求めるのはちょっぴり酷なように思う。
なので…ちょっとづつ確認してみるのだが。
自宅に招くのは、OK。
2人掛けのソファに座って、肩を抱くのもOK。
顔を近づけても…大丈夫。
「ふっ…」
うん。
軽く触れるだけのキスは、OK。
「……は…」
うん。
少し長めのも大丈夫、と。
じゃあ、次。
「あ、あのっ…」
ふむ。
舌を入れるのは、ダメですか。
俯いた彼女に、細い腕で身体を押し返されてしまった。
「なあに?」と、彼女の望む距離で、優しく問い返してみる。
急かさないように、ゆっくりと。
おずおずと視線を上げた彼女の顔は、かわいそうなくらい真っ赤で、可愛くて…理性がぶっ飛びそうになる。
堪えろ、オレ!
今日こそしっかり話を聞きださなければ、オレはさらなる欲求不満と闘うことになるんだぞっ!!
「ん?」と、首を傾げて先を促してみる。
けれど彼女は話すことを拒むように、唇をキュッと結んでしまった。
…そうですか、ダメですか。
「オレ、何か嫌われるようなこと…したかな?」
「いえっ!そんなことは…」
悲しげな俺の声に弾かれて、彼女は大きな声を上げた。
そして、思ってもいないというように、首を左右に振る。
なにか言いたげに口を開いては閉じ…4度目で俯いてしまった。
そんなに言いづらいことなのかな?
嫌われている訳ではないとわかったオレは、少し強引に彼女の顎を持ち上げると、深く口づけた。
「…ふっ…あっ!…あ、あのっ!!」
話を聞いてくださいとばかりに、胸を叩かれて顔を離すと、泣きそうな彼女と目が合った。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったので、少し申し訳ない。
オレは「ゆっくりでいいから、言って?」と、微笑んでみせる。
彼女はようやく、意を決したようにコクリと頷いた。
「先々週…お義母さまから、お誘いをうけたんです」
「誘い?また?」
長年、娘が欲しい…と思っていたおふくろは、とにかく彼女を構いたがっている。
その頻度たるや、彼氏であるオレ以上…。
少しは遠慮してくれ、おふくろ!!…思わずこめかみが引き攣ってしまう。
「一成さん…の、出演された…その…作品の、鑑賞会…に…」
オレ・朱堂一成(スドウカズナリ)は声の仕事をさせてもらっている。
アニメに映画の吹き替え、ゲームのキャラクターや、たまにナレーションなど…。
仕事を続けて15年…それなりに、出演作も増えた。
オレと付き合うまで、声の仕事に興味のなかった彼女は、関わった仕事の話をすると、とても新鮮な反応をみせてくれる。
その反応はオレの心はもちろん、おふくろの母性本能までも刺激しまくった。
おふくろは買い集めている、オレの出演作品を聴かせたくて仕方ないらしい。
…でも、鑑賞会ってなんだ?
表情からオレの疑問を読み取ったのか、彼女が応える。
「一成さんの作品が発表されるたび、ご近所のみなさんを集めて、鑑賞会を開かれるんだそうです…お義母さま」と。
まっすぐに向けられる彼女の瞳を直視できず、思わず視線を逸らしてしまう。
ご…ご近所のみなさん、申し訳ありません。
ウチの母が、ご迷惑を…今度、美味いもの買って帰ります。
オレは心の中で、そっと手を合わせた。
「あの…なんか、おふくろがやらかした?」
明るくて人見知りをしない性格なのが、おふくろの長所であるが…気分が高揚してくると、話が止まらなくなるのが欠点だ。
もしや彼女に、余計なことを言ったんじゃないだろうか。
「いいえ。とても、よくしていただきました」
そう言って、彼女は微笑む。
その笑顔は本当に嬉しそうなので、おふくろを気遣って無理して笑ってくれている…という訳ではなさそうだ。
「じゃあ…オレ?」
正確にはオレではなくて…"オレが出演している作品"ということになるだろうか。
自分の仕事を思い返してみるが、彼女の様子が変わるほどの何かに思い至らない。
じっと見つめると、今度は彼女が目を逸らした。
もう、何度目になるかわからないやりとり。
同じことの繰り返しだ…オレが諦めかけた頃、彼女はポツリと呟いた。
「猫が宇宙を噛んだから」
「ああ!ネコソラ?」
それはオレが出演している作品の中でも、かなり人気のあるものだった。
脚本の面白さはもちろんだけど、主役を務める岳芝壱臣(タケシバイチオミ)さんの演技力が素晴らしいのなんの!
相手役をさせていただいているのが、勿体無いくらいで…ああ、そういえばシリーズ第3弾が先々週発売されたんだ。
今回は岳芝さん演じる・漱司(ソウジ)を巡って、オレ演じる・夕貴(ユウキ)と、これまた人気声優の三日月幸和(ミカゲユキカズ)さん演じる・晴楽(イサラ)で、結構な修羅場を収録して。
だから余計にラストの漱司のセリフが、恋人であるオレの胸に響くというか…。
えっ?!あれ?ネコソラって…BL…か!?
しかもオレ、思いっきり受けだよっ!受けっ!!
好きな作品だから、全然気にしてなかったけどもっ…そ、それを、彼女が…?
「き、聴いた…ん、だ?」
オレは思わず、裏返った声で尋ねた。
「はい」と、小さな声で彼女が応える。
そうか―――…聴いちゃったか―――――っ!!
作品自体は、自信を持ってオススメできるものだけど…。
BLというジャンルが苦手な人は、死ぬほど嫌がるって聞く。
「嫌…だった…よ、ね?」
嗚呼…もう!
なんて言えばいいんだよっ!!
ホント、何してくれてんの?!おふくろっ!!
彼女は俯いたまま、耳を赤く染めてゆく。
オレは沈黙に耐えられなくなって、思わず叫んだ。
「あのさっ!ちゃんと、オレが攻めのヤツもあるからっ!!」
ビックリしたというように、目をまんまるにして、彼女が顔を上げる。
その表情を見て、オレは「ハッ」とした。
ちがーうっ!!
今、力説すべきは、そこじゃないっ!!…と。
墓穴を掘るとは、まさにこのことだなっ!…テンパっているオレ本体とは別に、どこかに超冷静なオレが居て、容赦なく冷たいツッコミを浴びせてくる。
…居たたまれない。
オレは溜息を吐いて、ソファから立ち上がった。
瞬間―…
クイッと、シャツの裾を引かれた。
弱い力だけど、確実に彼女がオレを引き留める動作。
それから。
「す、素敵でしたっ!とてもっ!!お話も一成さんも、すごく素敵でっ!!素敵だから…そのっ…素敵、過ぎて…あのっ…」
「行かないで」とばかりに大きな声で叫び、シャツを握った手に力を込める、彼女。
潤んだ瞳に引き込まれるように、オレはソファに座り直す。
「うん。大丈夫だよ…オレはここに居るから」
握りしめた手にオレの手を重ねると、彼女は安心したように「ほうっ」と、やわらかな息を零した。
そして観念したように、口を開く…。
「あの…一成さんの…あのときの声が…色っぽくて…私」
ん?
"あのときの声"…??
「自分が、あんなに色っぽい声を出せているとは思えなくて、反省しましたっ!!」
「はいぃいぃいぃっ?!」
なっ…彼女は今、何を言ったんだ!?
あのときの声―――――っ?!
しかも、オレのぉおぉおっ!?
「なのでっ!しっかり練習しなければ、と…」
「はあっ?!練習?しなくていいよ!!今でも充分、可愛いんだからっ!!」
「そんなハズないです!だって私…いつも…その、自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃって…る、から。きっと、変な声ですっ!!」
「いや…それは…」
そうなるように、オレが仕向けている訳なので…むしろいっぱいいっぱいになってもらわなきゃ困るんだけど。
「一成さんみたいな色っぽい声が、少しでも出せるよう…私、頑張りますっ!!」
「あれは、お仕事だから…聴いた人が1人でも多く感じるようにって、声を出しているだけで。普段のオレは、違うでしょう?」
「私は…一成さんに、感じて、ほし…くて…」
彼女の熱っぽい眼差しと声に、オレの理性は吹き飛んだ。
頭から喰らいつきそうな勢いで、彼女の身体を強く、強く抱き締める。
「あ゛ーっ!もうっ!!そんなこと言うなら、オレが特訓してあげるっ!!」
「えっ?!」
「他の誰でもない、オレに感じて欲しいんでしょ?それならオレが、どんな声で感じるのか知らないと」
「そ…それは…、あの…」
「黙って。ゆっくりするから…ね?まずは、キスから―…」
まだ何か言いたそうに動く、可愛い唇を捕まえる。
深く深く口づけて、鼻から漏れるかすかな声を聴いた。
甘くてとろけそうな、彼女の声―…。
オレのためにって、いつも一生懸命になってくれるとこも。
オレだけに聴かせてくれる声も。
全部まるごと愛してるって、どうすれば伝わるかな。
とりあえず今日は"特訓"の名のもとに、久しぶりの彼女を堪能させていただくことにしよう。
― 終幕 ―
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