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無縁社会と戦う武器。【ビブ人名鑑#16:市川紀子さん】

ビブリオバトル普及委員会で活躍中の方へのインタビュー企画、「ビブ人名鑑」。

今回のゲストは、2013年から書店の有隣堂でビブリオバトルを担当し、また古民家の活用とビブリオバトルを組み合わせた「古民家×ビブリオバトル」の仕掛け人でもある、市川紀子さん。
本を紹介する、というゲームがつなぐ、書籍の情報以上のものとは?

市川 紀子(いちかわ のりこ)さん
ビブリオバトル普及委員会関東地区副地区代表。神奈川県在住。横浜市を中心に展開している書店「株式会社有隣堂」勤務。2019年9月まで、「ビブリオバトル in 有隣堂」の担当を務める。有隣堂は、Bibliobattle of the Year 2017 大賞を受賞している。「本くらう堂」代表。

「これはヤバい」

ー 市川さんは現在どのようにビブリオバトルと関わっていますか?

感染症の影響が大きくて、勤務先の有隣堂では、今年はまだ開催できていません。
私自身、昨年9月から部署を異動したので、有隣堂のビブリオバトルに関わる機会が減ってしまいましたね。

個人ではいくつか開催していて、2018年から「本くらう堂」という屋号で、蔵前に住んでいる友人のお家をお借りして、少人数のビブリオバトルを続けています。

本くらう堂×蔵前のビブリオバトル

↑ 本くらう堂×蔵前のビブリオバトル

ー ビブリオバトルにはどういうきっかけで出会われたんでしょう?

2012年に、職場で、新しい事業のきっかけになるものを探していたんです。
他の書店ではどんなイベントをされているんだろう、と調べていたら、紀伊國屋書店さんでビブリオバトルという企画をされているのを見つけました。

「なんだろう、このよくわからないイベントは」と思って、実際に見に行ったのがきっかけですね。

ー 始めは全然わからないですよね(笑)

ビブリオバトル普及委員会の存在も、紀伊國屋書店さんのイベントで出会った人たちとの話を通して知りました。

実際のゲームを自分の目で見て、その場の雰囲気を体感し、「これはヤバい」と思いました(笑)
これまでの「書店イベント」とは一線を画すものだと。
「演者」と「聴衆」を分けるものはなく、バトラーも観覧者も含めて「参加者」はその場にいる「全員」。
目から鱗が落ちるような思いだったのを覚えています。

その後、プライベートで知り合いと貸し会議室で何度かビブリオバトルを試して、楽しみつつ、運営方法も試行錯誤していました。

古民家でビブリオバトルを

ー まだ書店には持って返っていないんですね。

そうですね(笑)

それから、私は歴史ある文化遺産や街並みを歩いて回るのが好きで、当時から日本の古民家を活用しようというSNSのグループに入っていたんです。
そこで企画の一つとしてビブリオバトルを提案してみたら、やってみようということになりました。

ー 古民家で?

はい。
「古民家×ビブリオバトル」の共同主催者となってくれたのが、そのグループの主宰者のひとりだった福岡在住の大工さん、現普及委員会九州地区代表の赤峰稔朗さんで、いろいろと古民家について教えてもらったのですが、古民家って、日本の伝統技術の粋が詰まってるんですよ。
そんな古民家に人が集うきっかけとして、本を使った催しをしてはどうか、と思ったんです。

2012年の8月に、「よく分からないけど、とにかく面白そうだからやってみよう」と始まって、その頃は私も毎月福岡に行っていましたね。
ノリと勢いです(笑)。

古民家×ビブリオバトル射手引神社

↑ 古民家×ビブリオバトル。福岡県射手引神社にて。

何回か行っているうちにメディアにも取り上げられるようになって、職場でも開催が認められたんです。

北海道から九州まで

ー 書店に戻ってきましたね!

2013年の4月から、開催が始まりました。
平均して月に一度のペースで実施していて、通算86回になります。
手元のデータでは、参加者数はのべ2,500人以上になりました。

プレゼンテーション1

↑ 有隣堂は、継続した開催や、他団体と連携しての活動が高く評価され、Bibliobattle of the Year 2017 大賞を受賞している。

ー 2,500人以上!書店のイベントの数字に聞こえない人数ですね。

もちろん常連さんなども含んだ数ですが(笑)

それから、有隣堂のビブリオバトルは自治体の方も見に来てくれていて、それをきっかけに図書館や小・中・高校での開催をサポートしたり、講演させてもらうことも多かったです。
横浜市や神奈川県内が中心だったんですが、個人的なつながりからの依頼もあったので、北海道から福岡県まで、色んな場所に呼んでいただいています。
こちらも数えてみたら合計98回でした。

ー 講演の範囲と回数もすごい!市川さん、つながりがとても広いですよね。

各地に行ったら、ご縁のあった人たちと、その土地の美味しいものや地酒を味わい、温泉でくつろぐ、というのが私の中でセットになっています(笑)

ちょうどFacebookやLinkedInなどのSNSが一般の人に浸透し始めた頃で、古民家プロジェクトもそうなのですが、全国の新しい取り組みに敏感なアンテナを持つ方とのつながりが増え、自分の知らなかった世界が広がりました。
そうしたご縁は、今でも大切な宝物になっていますね。

横浜市・一箱古本市でビブリオバトル

↑ 横浜市、一箱古本市でのビブリオバトル

無縁社会で縁をつなぐ

ー 書店の新事業を探して見つけたビブリオバトルを、先に古民家プロジェクトの方に取り入れるって、ちょっと不思議なアプローチですよね。

そうかもしれません(笑)

でも、本職じゃないところから始めたのがかえってよかったんじゃないかと思います。
本が好きでしたし、新しい人と出会うことも好きだったんですが、古民家プロジェクトの中で、ビブリオバトルはそれらを促進してくれる装置としてすごく優れているな、という実感が持てました。
会社にも自信をを持って提案できましたね。
最初から理解してもらえることは少なかったですが(笑)

でも継続しているうちに、見たり体験したりしてもらう中で、納得してもらえるようになりました。

ー 古民家とビブリオバトルという組み合わせ自体、かなり特徴的ですよね。

もともと、本と人とをつなげたり、人と人との出会いを広げたい、という思いが私の原点にあるんです。

特に現代は無縁社会と呼ばれていますよね。
昔は何世代もの人が一つの場所に暮らしていたんですが、今は核家族化が進んで、ご老人の孤独死が問題になっていたりもしています。
他の人との縁が薄くなってしまっている方も多いと思うんです。

ビブリオバトルは、そういう縁をつなげたり、広げたりできる可能性があるのでは、と強く感じています。
古民家ビブリオバトルでも、書店でのビブリオバトルでも、そうした縁をつなぐことで地域を元気にしていきたい、という思いを持ち続けています。

古民家×ビブリオバトル直方

↑ 古民家×ビブリオバトルの会場となった、直方歳時館。

また、ビブリオバトル考案者の谷口忠大さんが共著者になっている論文の中で、ビブリオバトルを書籍の推薦システムとして見た時に、コンピュータによるフィルタリングよりもビブリオバトルの方が参加者の総合満足度が高かったといった主旨のことが述べられていて、そうした実験結果も背中を後押ししてくれていると感じています。

あまり知らない人に「お久しぶり、お元気ですか?」

ー 古民家で行うビブリオバトルは、他と違うところがありますか?

古民家は人の家の中ですから、一歩懐に踏み込んだような距離感からはじめることができます。
もともと人が住んでいたので、その空間自体にどこか懐かしさやぬくもりを感じられるのが魅力です。

イベントでは、参加する人同士もお互いを知らなければ、ビブリオバトル自体を全然知らない方も多かったです。
「とにかく好きな本を持ってきて、そして発表してください」という形で集まってもらってるんですが、そんな緊張しそうな状況でも、古民家のお座敷や年季の入った梁に囲まれていると和んできて、親戚同士の集まりのような雰囲気になりますね。

あんまりよく知らない人だけど、どこかでつながっているから、「お久しぶり、お元気ですか?」っていう(笑)

書店や図書館、企業など色んな場所でビブリオバトルをやってきましたが、古民家で行うビブリオバトルが、一番その人の素が出るんじゃないかな、って思っています。
靴を脱ぐ、という動作が入るのもいいのかもしれません。
なんとなく無防備になって、すぐに仲良くなる印象です。

古民家×ビブリオバトル内野宿

↑ 古民家ビブリオバトル@飯塚市内野宿

そしてビブリオバトルで温まった空気の中、お酒を飲みます(笑)

ー お酒までがセットなんですね(笑)

この体験まで含めて、ビブリオバトルの醍醐味だと思います。
ひとつのところに集まって膝を寄せ合い、お互いの温度や空気を感じながら無理せず緩やかにつながれるということ。

本を通して人を知るとは、その場に居合わせた人たちだからこそ共有・共感できる群像劇を知ること。
それが面白い、肝なんじゃないかと。
最近は感染症拡大の影響でオンラインでの開催も増えていますが、私はやっぱり対面でのビブリオバトルが好きですね。

2012年頃は、まだビブリオバトルを定期開催している団体が少なかったですよね。そんな中で「古民家×ビブリオバトル」という遠隔地での企画を始められたのはすごいと思います。

ありがとうございます(笑)
冒頭でお話した紀伊國屋書店のビブリオバトルを担当されていた瀬部貴行さんや、東京を中心に妖怪ビブリオバトルという企画をされていた亀山綾乃さんとつながれたのが大きくて、イベント運営のノウハウを勉強させていただきました。

↑ 紀伊國屋書店のビブリオバトルを担当されていた、瀬部貴行さんのインタビューはこちらの記事から。

ライフワークとしてのビブリオバトル

ー これまで色んな場所で参加されてきた中で、特に印象に残っているビブリオバトルはありますか?

これは本当に絞れなくて(笑)
特に古民家×ビブリオバトルは建物自体が貴重であることが多くて、各回が忘れられないものになっています。

単発のイベントで言えば、2018年に行った「100殺!ビブリオバトル」ですね。

これは、ご新規さんの多い「古民家×ビブリオバトル」とはある意味対極をなすような企画です。
ビブリオバトルが大好きな人たちが一晩で100冊に到達するまでビブリオバトルで本を紹介し続ける耐久レースのようなもので、ビブリオバトルの極みのようなイベントでした。

色んな熱が渦巻いていて、今振り返っても、よくできたな…!と感じる企画です。

ー これから市川さんがビブリオバトルを通してやってみたいことはありますか?

「復刊ビブリオバトル」というものをいつかやってみたいな、と思っています。

絶版や廃版になってしまっている本でビブリオバトルをして、参加者に魅力を伝え、復刊につなげる、というコンセプトです。
読者にも書き手にも、書店にとっても嬉しい企画だと思うので、実現させたいですね。

ー 市川さんにとって、ビブリオバトルとはなんでしょうか?

ライフワーク、ですね。

プライベートで始めて、それが職場でできたのも素敵なことですし、仮に仕事を辞めたとしても、ビブリオバトルを通して地域を元気にするような活動を続けていきたいと思っています。

元々人前で喋るのが不得手で、今でもビブリオバトル以外の場ではしどろもどろになってしまうのですが、ビブリオバトルは私に勇気と自信を与えてくれる力になっています。
人生を変えたと言って過言ではありません。

BOY2017図書館総合展で記念トーク

↑ 図書館総合展にて、Bibliobattle of the Year 2017 大賞受賞の記念トーク

ー これからのご活躍も楽しみにしています。ありがとうございました!

ありがとうございました。


「古民家×ビブリオバトル」について、詳しくはこちらから。

「ビブ人名鑑」シリーズでは、ビブリオバトル普及委員会で活躍されている方々のインタビュー記事を不定期に掲載していきます。

どうぞお楽しみに!

お読みいただきありがとうございました。

インタビュー・執筆:益井博史
取材日・場所:2020年10月3日(土)Zoomにて

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