#02 ウクライナの映像クリエイター Juliaの瞳に映る世界とは?
パンデミックの収束が見えない中、文化や芸術が破壊の危機に瀕している地域がある。
ロシア軍によるウクライナへの侵攻は、当然クリエイターにも影響を与えている。今回はウクライナ在住のクリエイターJulia Shamsheieva(ジュリア シャムシェイエヴァ)が、ただならぬ状況の中、オンラインで石多未知行との対談(2022年4月)に応じてくれた。
─独創的な作風と、大胆かつ細やかな表現
彼女の作品には「目」が多く登場し、生命や自然といったイメージの躍動感ある映像表現が特徴的だ。強烈なまでに独特で、なおかつ細部まで徹底した「質感」には、映像ながら感触が伝わってくるかのようなリアリティがある。
一度目にしたら忘れることができないような、大きなインパクトを残すものばかりだ。
─師と呼べる存在に出会えた大学時代
石多:インタビューに協力してくれてありがとう。
ジュリアがアーティストとしての活動を始めたのはいつから?
Julia:小さい頃から美術に興味があって、美術学校へ行った後に大学で本格的にデザインを勉強しました。アニメーションやカートゥーンなどのコースもありましたが、私はグラフィックデザインを専攻しました。
プロジェクションマッピングは、卒業後デザイナーとして働くなかで興味を持ったんです。
石多:ウクライナの教育に興味があるのだけど、学校にはたくさんの創造的な教育のプログラムがあるの?
Julia:いえ、学校教育自体はそこまで熱くないように思います。
私は私立の学校へ行ったので公立よりは良い教育をうけましたが、デザインについては自分で勉強したところが大きいです。
石多:僕のイメージでは、ウクライナはハイテクな国だし、教育も非常に進んでいるのではないか?という気がしていたよ。
Julia:現状はわからないけど、私は幸運なことにいい先生に出逢えて、特に抽象アートについて非常に深く教えてくれました。
石多:それは高校? 大学で?
Julia:大学です。
ウクライナの画家・アーティストとして有名な素晴らしい先生に出会い、世界の様々なアーティストについて教えてもらいました。
先生は私の成功をとても喜んでくれていて、自慢の教え子だと言ってくれました。
いまでもその先生とは連絡を取っていて、いろいろ教えてくれます。私にとって先生やメンターとのつながりは学校に在籍していない今でも不可欠なものです。
─手がけた作品は全て「子供」のようなもの
石多:日本にいる我々も、アート・表現でウクライナのために何ができるのか考えてできることをしています。例えば、「Enlightenment」というプロジェクトを進めていますが、ご存じでしたか?
Julia:はい、本当にありがとう。世界中で行われているとてもいいプロジェクトで、心で繋がって、ウクライナのために祈ってくれることは非常にありがたい事だと感じています。お金や食料だけでなく、明るいエネルギーはとても助けになります。
石多:ジュリアからメッセージを発信するようなアート作品をつくるなら、日本でもそれを広める機会をつくろうかと思っています。日本の人々もウクライナの状況をもっと知るべきだと思うから。
Julia:ありがとう。先のことは正直分からないけれど、時間さえあれば日本に行って自分のプロジェクションマッピング作品を見てみたい。
日本で作った作品もいくつかあるけれど実際には見てないものがたくさんあるし、より良いものにするため手を入れたりしたいとも考えてる。
私の作品は全て子供のようなもので、全部に魂を注いでいるの。
─日本での活躍、影響を受けたアーティスト
Juliaの日本での印象的な活動として、プロジェクションマッピング国際コンペティション「1minute Projection Mapping in 小田原城(2019)」でのグランプリ受賞が挙げられる。
音楽とマッチした非常に独創的な世界観で会場を魅了した。
次の大会に当たる「1minute Projection Mapping in TOKYO(2021)」にはゲスト作家・審査員として参加し、世界的アーティスト「草間彌生」へのリスペクトを込めた作品「Every breath」を披露。
石多:ジュリアの作品には「目」がよく登場するけど、それはどんな理由から?
Julia:作品に「目」を使うのはいろんな目的があって、「全てを見通す神の目」のようなイメージを表現したり、生物ではないものに「生命」を感じさせるために使ったりしています。
石多:前作は草間彌生にインスパイアされたんだよね。彼女はウクライナでも有名なの?
Julia:草間彌生は世界的なアーティストとしてウクライナでも有名です。
多くのアーティストに影響を与えているし、私もインターネットを通してよく知っていて、「Every breath」以外でも、彼女の作品や言葉にインスパイアされてます。彼女はまさに天才だと思う。
石多:他に影響を受けたアーティストはいる?
Julia:日本のアーティストでは村上隆の展覧会に行ったことがあります。
ウクライナではMaria Primachenkoが有名です。ぜひ彼女の作品を観て、彼女の生涯について調べてみてほしいと思います。草間彌生に通ずるものがあります。
ですが、キーウ(キエフ)にある彼女の美術館が侵攻によって破壊されてしまい、いま作品がどうなっているのか分からない状況なのです。もし彼女の作品が失われてしまったとしたら、ウクライナだけでなく世界的に大きな損失です...。
─ウクライナ・オデーサでの避難生活
石多:今はこうして話せているけど、普段はどういった状況の中で生活してるの?
Julia:基本的に静かです。でも物流に問題が起きていて、工場や橋が破壊されています。特に、病気で薬が必要な人々にとっては大きな問題です。
多くの人は助け合い、軍で戦っている人々のために料理をしたりして自発的に協力しています。こうした活動は政府からの資金援助ではなく、自分達のお金を持ち出していて、それはみんな同じだと思います。
石多:食べ物とか生活に必要な物は不自由なく買えるの?
Julia:ええ。食べ物は手に入りますし、制限はありますが生活に必要な物は買いに行けます。今はそれで十分です。政府が市民生活の問題解決に注力してくれて、厳しい中でも比較的良い状態で生活できています。
今(インタビュー当時)私はOvidiopol(オデーサ州西部の集落地域)にいて、そんなに状況が悪くはなく、できればここに居るつもりです。でも、住んでいたアパートがあったオデーサ市は今も攻撃にさらされています。
ヨーロッパの友人や知人から避難してこないかと誘いを受けますが、家族や友人達を置いていきたくありません。ここに居て出来ることをしたいのです。
やはり多くの人が家に帰りたがっていて、一度避難したもののまた戻ってきた人もいます。国に残り、すべてを失った人たちをサポートしているのです。
国と人々のために一体となっているのを感じます。
─国や政治でなく人と人の繋がりを
石多:ジュリアはもともとSILA SVETAにいたよね。ロシアの彼らと連絡は取れている?
Julia:侵攻が始まった当初、 彼ら(SILA SVETA)はこの攻撃が恐ろしいことだと表明してくれていてとても嬉しかったです。ロシア人の多くの友人が同情を寄せ、私にもウクライナにも支援を表明してくれました。
同時に、力によって文化が脅かされている現状を悔しく思います。
石多:ロシアの友達とは今も話ができている?
Julia:もちろん全員ではないですが、いつも何か助けになることはある?と聞いてきてくれます。
─懸命に明るく生きる人々に抱く「敬意と誇り」
石多:ウクライナの人々の普段の様子、ジュリアの周りの人たちはどんな状況・心境で過ごしているんだろう?
Julia:いま世界で報道されている通り、ウクライナの現状は辛く厳しいものです。
それでも私の周りには愉快に過ごそうとしている前向きな人がたくさんいます。
これはウクライナの国民性といえる部分だと思っていて、今も悲惨な状況にある中、子供や女性を笑わせようとTikTokなどに面白いビデオを投稿している軍人もいる。
いつ殺されるか分からない状況にいるウクライナ人が少しでも希望を持てるよう懸命に振る舞っているのです。
多くの軍の男性が戦争に行っていて、中には子供のいる父親もたくさんいます。彼らこそ真の英雄たちです。
正確な数はもう公表されないのでわかりませんが、事実として沢山の人が亡くなっていて、その中でも明るく前向きであろうとする。
ウクライナの人々のそういうところを私は誇りに思っています。
─「私たちは自由のために戦っている」
石多:答えづらいことまで話してくれてありがとう。なにか他にメッセージはある?
Julia:世界各地から心配や応援の声、支援をもらっている事に感謝します。
以前よりも強い結束を感じているし、こういう気持ちに国境はないと思います。
私達は大げさではなく自由のために戦っていて、このウクライナの精神の強さが全世界を揺り動かしました。世界中の思いやりと支援のおかげで各国政府も積極的に動いてくれています。
経済的支援や人道支援がなければ私たちは持ち堪えられません。
しかし私たちにとって、ウクライナのより良い未来を願う皆さんの明るい気持ち、祈り、願いも、それに劣らず貴重なものです。
私たちは皆さん一人ひとりの支援に対して、永遠に感謝します。
日本の皆さんにも深く感謝しています。
私の人生においてもう無視することのできないこの経験、感情を、次の作品での表現に変えて皆さんに届けたいです。
─インタビューを終えて / 石多未知行
彼女の作品や作風は、日本で行っている1minute Projection Mappingを含め、各国の国際大会で審査員をしながら度々気になっていました。徐々に頭角を表し、2019年の小田原城で彼女の作品を見た時は大きな衝撃を受けました。
「目」をモチーフとして好んで使うこともありますが、テーマに合わせて個性的なキャラクターを生み出し、それを映像の中で自然にかつ強烈に入れ込むクオリティの高さは、アーティストとしての資質を十二分に感じさせます。
僕自身かなりの数のプロジェクションマッピング作品を見てきていますが、それを鮮明に思い出せる作品は本当に数えるほどです。
彼女の作品はまさにそうした印象を心の深いところに残してしまう。この才能をもっと世界と日本に知ってもらいたいと、COLORs CREATIONにも所属してもらっていました。
そんな中で起こってしまったウクライナ侵攻は自分にとって大きな衝撃で、もはや他人事ではいられないほど辛いものでした。
実はこのインタビューを始める冒頭、僕が質問する前に彼女の口からは多くの辛い想いや感情が溢れだしていました。涙を流しながら語られる想いは本当に胸を締め付けられるもので、遠い日本にいながら些細なことしかできない自分の無力さを感じていました。
彼女との対談からも感じ取れますが、とても優しく勇気があり、そして芯の強い人です。我々との仕事で得た報酬は全てウクライナを護る人のために使っているということを聞いた時は愕然とし、そしてこれが人間が戦っている時の実情なのだと突きつけられたように感じました。
コロナウィルスが世界的感染を見せた時、ドイツのメルケル(前)首相が「芸術支援は最優先事項だ」ということを述べられたのを強烈に覚えています。
昨今の人間が追い詰められた時にこそ、成熟した人間性が必要となり、それを育むことこそが芸術や文化がもつ使命ではないかと感じます。
戦争がない国、戦争がない時に人間のエネルギーや頭脳は芸術文化に注がれ、発展し、そして平和を感じる(もしくはそれすら感じない平穏を得る)ことができるのではないかと思います。
今回のインタビューで、改めてジュリアのような素晴らしいアーティスト達の活動が止まってしまう不毛な時間を悔しく思いました。
そして人の命だけでなく、心や文化的生活が脅かされる事態が早く地球上からなくなるようにと切に願います。
石多未知行