都市の肖像 — ミンスク(後編)
Portrait of a city — Minsk II
筆者らはインターネット上のヨーロッパの観光情報サイト、EURO TRAVELLERに記載された「ベラルーシ旅行の拠点!ミンスクで訪れたい観光名所20選」という記事を読んだことをきっかけに、2019年8月にベラルーシの首都・ミンスクを訪れた。記事の前文の「旧ソ連回帰を目指し、欧州最後の独裁国家と呼ばれる東欧ベラルーシ」という文言と、そこに掲載された写真に興味を持ち、行くことを決めた。
[I, 1]
現地では、友人の友人A(ベラルーシ国籍、1996年生まれ)が一部の踏査に同行し、またその友人B(ベラルーシ国籍、1996年生まれ)と話をする機会があった。現地での会話は英語で行われた。
[I, 2]
記事の執筆にあたって、旧ソ連圏のニュースの翻訳会社で働く友人Cからコメントを得た。
[I, 3]
各断片には以下のラベルがあてられている。
B : Basic Information
C : Comment
IV : Interview
CH : Contemporary History
I : Introduction
P : Photo
U : Urban planning
[I, 4]
「2011年6月、ルカシェンコ大統領は、『我が国には経済危機などは起きておらず、経済政策を変更する必要はない。しかし、事態が深刻化すれば、国境を閉鎖して輸入を停止することもあり得る』と発表し、 国民の動揺は[…]広まった。それまで国内で大規模デモはみられなかったが、6月には初めて、首都ミンスクで千人規模のデモが行われた。6月22日には、ミンスクを含む少なくとも15都市でデモが発生し、8月までに2,000人以上が当局に拘束されたと報道されている。」(国際協力銀行外国審査部, 「転換期を迎えるベラルーシ」, 2011)
[CH, 7]
「兵役にモチベーションがわかない、一年間の兵役の間、撃つ銃弾は一人3発、主な仕事は掃除だと聞いた、やりたい研究が進められない上にその仕事内容だから」(A, 2019/08/08)
[IV, 3]
[P, 13]
二・三階分の武器を持った民衆のモニュメント、一階のKFCとピザ屋、地下の薬局・花屋・スーパー、その建物がまちの中心部のランドマークになっている
[C, 9]
ベラルーシのGDPの70%以上は国営企業によるものである。 (フランス政府, Direction Générale Trésor, “Economie Biélorusse : cadrage général”, 2018)
[B, 8]
1935年のモスクワ再興プラン(1)、広場と公園の計画的な配置、放射状道路、ファサードへの装飾、建物のモニュメント性の強調、地下鉄、”an “imperial” programme rather more in the manner of Haussmann in Paris, masking the miserable life standard of a large part of the population” (Grand Palais, “Rouge Art et Utopie au pays des Soviets”, 2019)
[U, 5]
[P, 14]
空が広かったり、公園が広かったり、戦争下の民衆のモニュメントがまちの待ち合わせ場所になっていたり、小規模な店が多い若者の集まる街区があったりする
[C, 10]
2014年以降のウクライナ危機に応じた、ベラルーシの隣国リトアニアにおける兵役の増強、“[in 2015] Following the Ukraine crisis, Lithuania re-introduced universal conscription [兵役] and it is gaining more importance in the region.” (Vadzim Smok, “Why Belarusians Avoid Conscription”, 2015)
[CH, 8]
「友だちとウクライナに旅行したときに、『リュックを背負ったロシア語を話す人に注意』という貼り紙があった。それまで自分たちはリュックを背負ってロシア語で話していたので、警戒されないようにベラルーシ語で話すようにした。ウクライナ語とベラルーシ語は、ロシア語とベラルーシ語よりも近い。」(A, 2019/08/09)
[IV, 4]
[P, 15]
まちの中の森の多さ、広い車道で空気の汚染が気になっても、住宅の密度が高くても、森に入れば気にならなくなる
[C, 11]
ベラルーシの一人当たりGDPは6,306.42ドル、ロシアは11326.77ドル、日本は39305.78ドルである。(IMF, 2018, 単位 : USドル)
[B, 9]
2016年7月に、ベラルーシ政府はベラルーシ・ルーヴルの1/10000のデノミネーションを実施した。(日本外務省, ベラルーシ共和国基礎データ, 2018)[デノミネーション:急激なインフレのため,貨幣の計算単位が大きくなりすぎた不便を解消する目的で,計算単位を切り下げ,またはその呼称を変えること (百科事典マイペディア)]
[CH, 9]
[P, 16]
解像度が粗くみえるファサード、デノミネーションができそうなアパート、両替所に列をなしていた若者、「若者は貯蓄を外貨でしたがるから」(A, 2019/08/09)
[C, 12]
ミンスクのアパートでは、夏に各地区で順にお湯が出なくなる。シャワーを浴びるためには湯を沸かして水と混ぜて使う必要がある。これは各地区で順にお湯を止めていくことで、異なる地区の友人の家にシャワーを借りに行くように人々を仕向け、コミュニティの形成を促進するという公共セクターの画策である、というジョークがある。(A+B, 2019/08/09)「冬に備えて暖房システムを点検するため、夏のうちにアパート単位でお湯の供給が停止されるが、これはベラルーシの夏の風物詩とも言える。」(花田朋子, 「ベラルーシを知るための50章」, 第30章 首都ミンスクの日常生活, 2017)
[IV, 5]
1935年のモスクワ再興プラン(2)、都市面積を2倍に、住居面積を3倍にする、500m単位の街区、住民が最大250m歩けば何らかの公共交通機関にアクセスできるような計画 (Essaien, 2012)
[U, 6]
[P, 17]
「2008 年の[ベラルーシの]産業生産における各分野の[GDPに対する]割合は、機械製造 23.2%、燃料生産 21.3%、食品 14.6%、 科学・石油化学製品 13.4%、電力 5.5%である。」(一般社団法人北海道総合研究調査会, 2015)
[B, 9]
「[ルカシェンコ大統領は]貿易では2018年に乳製品の中国向け輸出が1億8,600万トンを記録したことを紹介し、従来はベラルーシが主力産業とする乳製品・加工食品の輸出先はロシア市場に依存していたが、今後はロシア、中国、その他国々との貿易額の割合を3等分にし、ロシア市場への依存度を低減していく方針を示した。」(JETRO欧州ロシアCIS課, 「ルカシェンコ大統領、EEU市場統合に懐疑的見方を示す」, 2019)
[CH, 10]
「私は大学を良い成績で卒業して、もらえる給料は月500ドルだけ、私のおじいちゃんは月100ドルの年金で生活している。私にはどうやって彼が生活しているのかわからない。」(B, 2019/08/09)
[IV, 6]
[P, 18]
ロシア正教会、敬虔な雰囲気、「イースターは祝うけれど他の宗教的な習慣は自分にはない」(A, 2019/08/09)、ロシア正教会のイコンは持ち運びが可能な点で、ゴシック・バロック建築と比較して戦争などの非常時を生き延びやすいのか、教会が再建されたとしてもイコンが生き延びれば宗教のアウラを保つことができるのかもしれない
[C, 13]
「●王岐山・中国国家副主席との会談
5月29日、ルカシェンコ大統領は、王岐山・国家副主席と中国茶及びベラルーシ製のジャムを楽しみつつ、世界情勢につき協議した。外交慣例上、異例なことであるが、同会談はミンスク郊外の大統領邸宅でのワーキングディナーの形式で行われた。大統領は、最も尊敬し、かつ近しい友人のみをこのように邸宅に迎えている。(5月29日付大統領サイト,「ソヴェツカヤ・ベラルーシ」紙)」(在ベラルーシ大使館, 「ベラルーシ公開情報とりまとめ (5月26日~6月1日)」, 2018)
[CH, 11]
[P, 19]
ミンスクのまちの中心を流れる川、それが開けて湖のようになっている場所、その中の人工島である涙の島、1979年から1988年にかけて起こったアフガニスタン戦争におけるベラルーシ兵犠牲者のための記念碑、空が広くて、風がよく抜けていく、木がゆれる、スペイン語のガイドの説明をうける観光客、その言葉の響きをこの場所で聞く新鮮さ、「普段こういったスケールの大きい中で暮らしていると、考えることもスケールが大きくなりそうだなあとも思ったりしました。」(C)
[C, 14]
グレートストーン工業団地、「同工業団地は、中国企業が出資・運営するもので、ベラルーシの「地域特別経済区」でもある[…]。現在、中国、ベラルーシ、オーストリア、ドイツなどの計44社が入居企業として登録している。総投資額は10億ドルが見込まれ、将来的には約4,000人の雇用創出が期待されている。[…]中国は、同工業団地を「一帯一路」構想の一環として捉えている。中国商務部の羅暁梅商務参事官は、同工業団地が「一帯一路構想において中国・ベラルーシ両国がともに進める国際協力のプラットフォームでモデルケース」として、その重要性をアピールした。」(JETRO欧州ロシアCIS課, 「『一帯一路』構想のベラルーシの工業団地を日本企業向けに紹介」, 2019)
[CH, 12]
[P, 20]
ベラルーシの国債の50%以上はロシアが保有しており、ベラルーシの貿易額の50%以上はロシアとの取引によるものである。 (フランス政府, Direction Générale Trésor, 2018)
[B, 10]
「友達は中国に行って英語教師をしている。その友達が夏にベラルーシに帰ってきたら話を聞いてみたい、私も中国で英語教師をすることに興味があるから。でも英語には自信がない、話したことがあまりないから。」(B, 2019/08/09)
[IV, 7]
1935年のモスクワ再興プラン(3)、10から15ヘクタールの一街区、それらは50から100メートル幅の放射状または環状の道路によって区切られている (Essaien, 2012)
[U, 7]
[P, 21]
第二次世界大戦後に市民の発案によって復元された旧市街、地下道のストリートミュージシャン、ロックにベラルーシの民族音楽の要素を取り入れるアーティスト、公園でソウルを歌うグループ、「私たちはそこで一週間前に知り合った」(A+B, 2019/08/09)
[C, 15]
ベラルーシ政府による成年男子への兵役の強化、“Belarus, 28th June 2019 : The House of Representatives in Belarus adopted a draft law On Amendment to the Laws on the Effective Functioning of the State Military Organization which was developed and proposed by the Ministry of Defence. By effect of the draft law, study-linked deferment will only be given once for the completion of undergraduate studies.” (european student union, “Statement on the new draft law for military service in Belarus”, 2019)
[CH, 13]
「兵役から逃れられるのは、健康状態が悪い場合と子供がいる場合、または2年間の兵役になる一方で短期間の兵役を複数回行うことで終えられる場合もある。自分は三つ目の選択肢がいいけれど倍率は高い、若者はみんなどうやって国外に逃げるかを考えている。」(A, 2019/08/08)
[IV, 8]
[P, 22]
1935年のモスクワ再興プラン(4)、平均6・7階建てのアパート、500m四方の一街区には4000から6000人が住む。その中庭には保育園や学校があり、道に面した一階部分には商店が入る。アパートの入り口は高さが2・3階分あり、レリーフによって装飾されている (Essaien, 2012)
[U, 8]
森のように建つスターリン様式アパートメント、川と森を最もよく眺めることのできる立地、自然環境の一部としてのスターリン都市計画、森を切り開いてできたまち、森と水の多さとその透明さ
[C, 16]
前編はこちら
都市の肖像 — ミンスク(前編)
collectif point
Portrait of city — Minsk — II
執筆/写真
川口翔平
1995年生まれ。東京大学大学院 工学系研究科 社会基盤学専攻 修士課程、フランス国立土木学校 都市/交通/環境コース 都市計画専攻。専門は都市デザイン、都市研究、都市計画。collectif YA+K(http://yaplusk.org/)のインターンとしてパリ20区における都市デザインプロジェクト Les Cours Davoutへの参加(2019)、collectif pointによるパリに関する都市研究 Paris de la Peine version Verre (「痛みのパリ ガラス編」、2018-)、戯曲「街角_1」(2017)等。
信夫あゆみ
東京大学大学院 工学系研究科 社会基盤学専攻 修士課程、フランス国立土木学校 都市/交通/環境コース 交通工学専攻。専門は都市調査。
コメント/執筆補助
伊藤靖浩
東京大学大学院 総合文化研究科 超域文化科学専攻 表象文化論コース 修士課程。専門は20世紀フランス文学。卒業論文「『子供と魔法』:コレットにおけるエクリチュールの魔術」(2017, 地域文化研究分科優秀論文賞)等。
宇佐見有理
東京大学 教養学部 教養学科 地域文化研究分科 ロシア東欧研究コース卒。卒業研究はチャイコフスキーのオペラ『マゼーパ』。現在、ニュース翻訳会社にて旧ソ連地域を担当。
豊島美波
東京大学大学院 人文社会系研究科 現代文芸論研究室 修士課程所属。専門はチェコ文学。2019年現在チェコ・プラハに留学中。チェコ共和国オフィシャルブログにて連載中(https://czechrepublic.jp/cz-jp-languages/minatoyoshima1/)。
参考文献
国際協力銀行外国審査部, 「転換期を迎えるベラルーシ」, 2011, https://www.jbic.go.jp/wp-content/uploads/reference_ja/2012/01/2810/jbic_RRJ_2011061.pdf, (2019/9/4閲覧)
“Economie biélorusse : cadrage général”, Direction Générale Trésor, 2018/2/17, https://www.tresor.economie.gouv.fr/Articles/2018/02/17/economie-bielorusse-cadrage-general , (2019/9/4閲覧)
Rouge Art et Utopie au pays des Soviets, Grand Palais, Galeries nationales, Paris, 2019/03/20–2019/07/01
Vadzim Smok, “Why Belarusians Avoid Conscription”, Belarus Digest, 2015/4/14, https://belarusdigest.com/story/why-belarusians-avoid-conscription/, (2019/9/4閲覧)
IMF, World economic outlook databases, 2018, https://www.imf.org/en/Publications/SPROLLS/world-economic-outlook-databases#sort=%40imfdate%20descending, (2019/9/4閲覧)
日本外務省, ベラルーシ共和国基礎データ,https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/belarus/data.html, (2019/9/4閲覧)
服部倫卓・越野剛, 「ベラルーシを知るための50章」, 明石書店, 2017, 花田朋子, 第30章 首都ミンスクの日常生活, 2017
Essaïan Élisabeth. “Le plan général de reconstruction de Moscou de 1935. La ville, l’architecte et le politique. Héritages culturels et pragmatisme économique”. In: Les Annales de la recherche urbaine, N°107, 2012. La ville en thèse. pp. 46–57. DOI : https://doi.org/10.3406/aru.2012.2802
一般社団法人北海道総合研究調査会. 平成26年度海外農業・貿易事情調査分析事業(NIS 諸国(旧ソ連新独立国家)の調査・分析)報告書. 平成26年版, 2015/3, http://www.maff.go.jp/j/kokusai/renkei/fta_kanren/attach/pdf/kb_chosah26-12.pdf, (2019/9/4閲覧)
JETRO欧州ロシアCIS課, 「ルカシェンコ大統領、EEU市場統合に懐疑的見方を示す」, ビジネス短信, 2019/3/7, https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/03/56935fb27013e3ed.html, (2019/9/4閲覧)
在ベラルーシ大使館, 「ベラルーシ公開情報とりまとめ (5月26日~6月1日)」, 2018/6/4, https://www.by.emb-japan.go.jp/files/000371175.pdf, (2019/9/4閲覧)
JETRO欧州ロシアCIS課, 「『一帯一路』構想のベラルーシの工業団地を日本企業向けに紹介」, ビジネス短信, 2019/5/30, https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/05/3521ddf945d84ec6.html, (2019/9/4閲覧)
european students’ union, “Statement on the new draft law for military service in Belarus”, 2019/6/18, https://www.esu-online.org/?news=statement-on-the-new-draft-law-for-military-service-in-belarus, (2019/9/4閲覧)
2019年11月10日公開記事
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?