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是恒さくら 『ありふれたくじら』(宮城県仙台市)

そういえば、僕は鯨をナマで見たことがないと思う。

「そういえば、」「と思う」。そのくらいのあやふやさで見たことがない。
それでも、僕は鯨を紙の上に描くことはできるし、鯨が登場する物語をいくつか知っている。その絵が鯨を描いたものであることは、世界の何人に伝わるだろうか。その物語を理解できる人は何人いるだろうか。

<ありふれたくじら> は是恒が各地をフィールドワークして鯨にまつわる文化や物語を集め、自身の刺繍とともに収録した ZINE 。

僕も ZINE とか自費出版物に関わるようになって強く思うようになったけど、でかい物語は幻想というか集団の最大公約数であって、実際に存在するのは面と向かってみれば分かる通りにすべては個々人の小さな物語しかない。クジラを捕食することなんかきっと正にそうなんだと読んでみてわかる。食うか / 食わないかでは回収できない無限のグレイゾーン。

『池の水全部抜く』(テレビ東京)ってテレビ番組があるけど、水の中の生き物って陸に上がるとにゅっと存在感が増して変な感じがする。むしろ、水の中にいる間は僕らにとって存在していないことになっている、というべきか。

収録されたアブストラクトな刺繍は、紙の表裏を使ってその表裏の様子がプリント再現されているが、物語だけじゃない鯨自身の「にゅ」っとした存在を思い出させてくれる。

ー written by 大滝 航(crevasse

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エントリー 宮城

是恒さくら

1986年広島県生まれ。宮城県在住。美術家、東北大学東北アジア研究センター学術研究員。

アラスカや東北で先住民、捕鯨文化、漁労文化等のフィールドワークを行い、造形やリトルプレスを通して異文 化間の価値共有の可能性を探っている。

2010年 アラスカ州立大学フェアバンクス校卒業。

2017年 東北芸術工科大学大学院修士課程地 域デザイン研究領域修了。

個展に「沖語り ―オキガタリ―」(Open Letter・東京 / 2017年)、「N.E.blood 21: Vol.67 是恒さくら展」(宮城県気仙沼市・リアス・アーク美術館)、グループ展に「新・今日の作家展 2017 キオクのかたち / キロクのかたち」(横浜市民ギャラリー・神奈川 / 2017年)など。

日本国内でも外国でも、海沿いの土地を訪れるたび、鯨にまつわる物語に出会います。近年は捕鯨問題が声高に語られるばかりだけれど、ずっと昔から続いていたはずの鯨の回遊ルートをたどるように、人の記憶のなかの鯨の物語を紡ぎ直していけたらと、ひとつの土地に一号づつ、刺繍を挿絵にした小さな本を作っています。ー 是恒さくら

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