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東地 雄一郎 『A=A A≠A(moutain)』(東京都武蔵野市)

繰り返し行われることについて少し考えてみる。毎日寝て起きる。ごはんを食べる。歯を磨く。シャワーを浴びる。息をする。これらはまぁよくも飽きずに毎日毎日という感じではあるけれど、『必要』に駈られているわけで、かつこれらの行為には常に『選択肢』が与えられているのでまぁなかなか飽きない。そして毎日同じようでほんとうは毎日少しずつ違う。逆に言うと昨日とまったく同じというのは不可能。

工場の機械も、永遠に反復活動をするかと言ったらそうはいかない。時々メンテナンスをしてあげなければいけないし、経年劣化が生じる。時に人の手が必要で、完全なるオートメーション化はなかなか難しい。劣化、と、言えば、『暮しの手帖』初代編集長・花森安治の商品使用実験。メーカー別に様々な商品を何度も何度も使って使って、どのメーカーの製品が良かった悪かったと(あくまで消費者を守るために)批判する特集は『暮しの手帖』を一躍有名にした。どのメーカーのトースターがよいかを確かめるためにパンを4万3千枚焼いた、というエピソードが好きだ。山積みになった4万3千枚のトーストの写真がすごい。ちなみに10社中4社のトースターがすぐに故障してしまうのです。

永久機関は存在しない。だいたいの場合において劣化は避けられない。ただ、劣化が悪いとは言えませんね。壊れてしまうから大切にするし、なくなってしまうから愛しく思ったりするものです。

では、1枚の写真を2000回スキャン&コピーを繰り返したらどうなるか。

東地 雄一郎『A=A A≠A(moutain)』

モノクロームの富士山は力強く、イメージの『象徴』としてそこに聳えている。湖面にもうひとつの富士を浮かび上がらせた構図はシンプルで美しい。富士山を知らないひとはなかなかいないでしょうし、『富士山』を構成する視覚的要素は単純かつ明確なので変化に耐えうるモチーフとしてはこれ以上のものはない。2000回のコピーはこの富士山にどんな変化をもたらすのか。

△ 三本の線でも山は表現できるし、∴ 三つの点でも山は表現できる。果たして。

この結果はぜひ現場で、その目で確かめてほしいのでここでの言及は避けますが、めくりながら首をかしげるひと、笑うひと、この変化を理解しようと議論するひと、など多種多様な感想が出てくる中、個人的な感想としては、頭の中で記憶が劣化していく感覚に近い。こどもの頃の思い出ではなく、朝、起きたばかりの時の明確な夢のイメージが、だんだんと時間が経つにつれて曖昧になっていく感じ。できるだけ長い時間、夢を覚えていてください、と言われ、言葉にすればするほど塊はほどけていく。最後には『夢を見た』という感覚だけが残っていて、それ本当?と聞かれても自信がないくらいのものになってしまう。今朝見てた夢はなんだっけ。

毎日『夢』が自分の脳に記録されたらきっと大変で、忘れるようできているのだと何かの本で読んだ。

反復。劣化。厚さ4cmほど。

2000枚目の富士山になにを見るか。作家による ZINE のコンセプトを文末に掲載しますが、まずは読まずに先入観なしで見てみるのもいいかもしれないです。

会期は明日まで。

(8/25現在)

ー Written by 加藤 淳也(PARK GALLERY)

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エントリー東京都

東地 雄一郎 / YUICHIRO HIGASHIJI

1枚の写真プリント A を2000回繰り返しコピーしたもの。A=A が期待される複製行為を極限まで繰り返して差異を増大させることで、偽物 A' がコピーの概念を超えたあたらしい価値 B を作り出す。一般に、1枚の写真 A をコピーした Aʼ は、A と等価値として扱うが、統計学的にコピーしたことが確定する2000回の作業を通すことで、詳細に観察しないと確認できなかった A と Aʼ の差異が増大し、等価値として扱うことができなくなる。ゆえに、複製機器として一般的に使用されているコピー機で複製しても等価値として扱えないほどの大きなズレを抽出してまうことが明らかとなった。一般的な価値観では、コピー元である1枚の写真 A が本物という価値があり、コピーされたもの A' は偽物で(本物に対して)価値がないとされるが、コピー元との差異が小さく同じ姿か類似することが前提にある。2000回のコピーで差異が差異でなくなった場合、コピー元Aに対する価値が判定できなくなるため、偽物 A’ はコピーの概念から解放され、あたらしい価値 B に生まれ変わることができる。ー 東地 雄一郎
mountain
この山は、日本で一番高く、昔から有名で、かつ美しい情景が描かれる。日本でこの山を知らない者はいない。だから、この山を描くことができない者はほとんどいない。この「知っている」こと自体が、「知っている者」に外形とアイデンティティとの結び付きの問いを突きつける。


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