オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈ザリガニ編〉
¥€$!円安バンザイ
「……このままだと、新しく仕事を探さないといけないな」サーバーの一人、アニメフリークのジャコビーが、閑散とした店内を見てそう呟いた。職場の同僚については散々書いておきながら、アルバイト内容について語らないのも野暮というものだろう(ちょっくら茶化しに来るには、あまりにも遠い距離なのだ)、私が働いているのはケイジャン料理、すなわちルイジアナ発祥の料理を扱うレストランで、一番人気の料理はザリガニである。ザリガニ。アルバイト先ではないものの、下町のケイジャン料理店で食べたことがある。食べ方としては、まず胴を尾から剥ぎ、尾の方にわずかながら身が見えるので、それを咥えつつ、両の指で尾を潰すように圧を加える、するとチューブから絵の具を出す要領で身が出てくる。次いで胴の方に溜まっている汁の如きものをチューチューと吸う。ケイジャンスパイスと呼ばれる多数の香辛料による味付けと、ザリガニの海鮮感が絶品で、正直に言ってオースティンで食べたもののなかでもっとも好きかもしれない。食べる手が止まらず、気づけば乳児のように醜くザリガニをしゃぶっている自分を発見していた。
しかしザリガニというのは春が旬らしく、ちょうどピーク期を過ぎた店内は日に日に客足が遠のいている。私はホストなので固定給とチップ含めて時給は三〇〇〇円くらいなのだが、会計時に直にチップをもらうサーバーは客の数が如実に給料に反映されるため、一晩で一〇万円ほど稼いだと得意げだったこともあったジャコビーが、先ほどのセリフを呟くまでになっていた。
私が任されているホストの仕事は、来た客を出迎え、各セクションに割り当てられたサーバーの得るチップ金額が均等になるよう、席に案内するのが主だ。他にもいろいろな雑用を任されてはいるが、まあ基本的にはホストスタンドで本を読んだり、暇なサーバーと会話したりするだけだ。あまりに暇なので、この数週で既に四冊の本を読み切ってしまったが、最近はホスト以外の仕事も任されはじめた。私としてはホストとして楽に稼ぐこともやぶさかではないのだが、それでは高級日本料理店ではなく世俗的なケイジャン料理店を選んだ意味がない、もっと英語に触れるためにも、他の仕事に手を出した方が良いのかもしれない。
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