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無駄に詳しくていいじゃない

世の中、思いもよらないスキルが役立つことがあるなんて、ときどき耳にする。

先日、わたしは7歳の次女に片づけの大切さについて言い聞かせていた。腰をかがめて彼女と目線を合わせ、黒目の向こう側まで透かし見るように顔を覗きこみながら、である。まあまあ威圧的な叱り方と言ってもいい。

「あのさ、いつも言ってるけど、床に手芸材料をポイポイ置いてたら、ママがゴミと間違えて捨てちゃうよ? いいの? ダメでしょう? お片づけしようね」

我ながら、抑えた口調に怒りがにじんだ、おそろしい態度だったと思う。次女はわたしの憤慨ぶりを察したのか、「はあい……」と俯いた。

そのとき、双子の姉である長女がさりげなく立ち上がり、床に散乱していた綿や毛糸などの手芸材料をこれまたさりげなく集めてビニール袋に詰めた。そして、ビニール袋を提げ、子ども部屋へとすり足で向かう。すすすすす、と膝が水平に滑るような歩き方をしている。

長女は、自分も手芸材料をそのへんに散らかしていたことを思い出したのだろう。「やばっ、わたしもママに怒られる!」と顔に書いてあった。証拠隠滅のために綿やら毛糸やらを子ども部屋に戻しに行ったのだ。いろいろなものを散乱させていたのは次女だけではなかったらしい。

視界の隅でその様子をとらえていたわたしは、思わず吹き出してしまった。子どもは自分が叱られそうになる瞬間をさとく察知するものだ。なんだか、おもしろい。ひとしきり笑ってから、双子の娘たちに話しかけた。

「はい! じゃあ大事なものは捨てられないようにお片づけしましょ。次女ちゃんだけ怒ってごめんね。二人ともやからね」

長女も次女も「はあい!」と元気よく返事をした。

夜になり、帰宅した夫にこの顛末てんまつを話した。叱られる次女の様子、ビニール袋を提げ、すすすすす、と水平移動する長女の様子をわたしなりにリアルに再現してみた。

夫は笑い、わたしに言った。

「ママのそういう描写、好きやなあ。『すすすすす』とか膝が水平に動く感じとか、長女ちゃんの姿がはっきり思い浮かぶわ。昼間の様子が伝わってきて楽しいよ」

思わぬところで褒められて(?)しまった。

そういえば昔、会社員時代に自分のエピソードを面白おかしく話したら、先輩に言われたことがある。「その無駄な描写の詳しさ、いらんねん!」。いらんって、あなた爆笑してるやんかと釈然としなかったが、あの「いらんスキル」が夫婦関係にいい影響をもたらしてくれているようだ。

すすすすす、とさりげなく逃げ去ろうとする長女はかわいかった。愛おしさを伴侶と共有できるなら、無駄な描写力も捨てたものじゃない。


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