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悲しいのに忘れたくない
先日、コーヒーを飲んでいたとき、涙がじわっとにじんだので、あわててしまった。おととしの夏に亡くなった愛犬カンちゃんのことを思い出したら、急に泣けてきたのだった。
カンちゃんはわたしが20代の頃、我が家にやってきた。まだ保護犬を迎える選択肢を知らなかったわたしは、ペットショップで彼と出会った。
カンちゃんは狭いケースのなかで陳列されていたわけではなく、広い空間にほかの犬とともに放し飼いになっていた。そういう販売スタイルのペットショップだった。
ショッピングモールに買い物に行ったわたしは、たまたまチワワのカンちゃんを見かけて、目が離せなくなってしまった。
当時のカンちゃんはまだ赤ちゃんで、体重は500g。いくつかの犬種が混じって遊ぶ空間で、ひときわ小さく見えた。
そして、なにより顔立ちが愛苦しかった。黒目しか見えない双眸と鼻とが正三角形をなすバランスで配置されていた。あどけなく、頼りなげなそのルックスに、わたしの心はわしづかみされた。ペットショップの片隅にしばらく立ち尽くして、カンちゃんを見つめ続けた。
カンちゃんはおっとりしていた。餌の時間になり、スタッフの方がドッグフードの入ったお皿をいくつか置くと、そこには幼犬たちが群がった。
なのに、カンちゃんはそしらぬ顔をしていた。ドッグフード入りのお皿を目がけて突進する仲間たちを尻目に、のほほーんと首を傾げていた。
カンちゃんが「あ」とドッグフードの存在に気づいたとき、もうお皿は空っぽになっていた。……遅いよ!
わたしは、この子を連れて帰らなけばならないと思った。強烈な使命感にも似たものが心のなかに生まれていた。
スタッフの方に声をかけてその旨を話し、いったん帰宅して両親の了解を得た。当時のわたしは実家で暮らしていたから、独断でペットを迎えるわけにはいかなかった。
翌日、カンちゃんを迎えに行った。
カンちゃんはやはり首を傾げてお上品に座っていた。その風情がたまらなく愛しかった。わたしと彼が家族となるのに金銭が介在することが憎々しく思えるほどに。
和風の凛々しい名前にしようと決めていたから、「寛介」にした。だからカンちゃん。
その後、カンちゃんは我が家で気ままに生きてくれた。
ほとんど鳴かないにもかかわらず、体は1.5kgにしかならなかったにもかかわらず、その存在感は絶大だった。わたしはもちろん、両親も妹も、彼を溺愛した。妹の結婚式では、タキシード姿のカンちゃんがウェルカムボードにでーんとデザインされていた。
うちの双子の娘たちも「カンちゃんは優しくていい子だねえ」とかわいがった。いっしょに育ったと思ってもいただろう。
そんなカンちゃんがこの世を去って約2年。わたしを含めた家族の誰も「また犬を飼おうか」と言い出さない。
でも、新しい子を飼いたくならないのは心のなかにカンちゃんがいてくれる証のような気がしている。悲しいのに忘れたくない出来事もあるんだと、40年生きてきてはじめて知った。
今夜はカンちゃんの夢を見られたらいいなあ。寝る前にお祈りしてみようと思っている。
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とってもかわいい子でした。