ラピスリス 上
夏の暑さが和らぎ、涼しさを感じる様になってきたある朝。
人気の少ない公園でベンチに座っている女性がいた。
〜1週間前〜
菜月は看護師をしている。
いつも理不尽な事ばかりで疲労困憊だった。
午後1時。
夜勤明けだった菜月は早々に家路についた。
帰宅したそのままの格好でベッドへ吸い込まれるように倒れた。
『い〜しや〜きいも〜おいもっ…』
窓の外から秋になった知らせのような音が聞こえ目を覚ました。
「ああ、お風呂入らなきゃ…」
ザァー…
菜月はシャワーを浴びた後、冷蔵庫を開けた。
「なんも無いな」
一人暮らしの冷蔵庫というものはよっぽど料理好きで無い限り急に開けて食べ物が入っている事は少ない。
(実家に居た頃は冷蔵庫を開ければ何かしら食べ物があったな…)
そんな事を思いながらお湯を沸かし、ストックしてあったカップラーメンを取り出した。
ラーメンが出来上がるのを待ちながらテレビを見ようとリモコンを取った。
時刻は午後5時。
バラエティや音楽番組などもやっていないこの時間、特に見るものもないのでニュース番組を流した。
(座る前にトイレ行こっと。)
『…続いてのニュースです。兵庫県の瑠璃華公園でまたも行方不明者が出ています。…』
ガチャ
リビングに帰ってきた菜月は手を洗い、出来上がったラーメンを啜り始めた。
ラーメンを食べ終わった後、軽装に着替えスケッチブックと家の鍵とスマホだけを持って玄関へ向かう。
夜勤明けの夜は絵を描きに行くことが菜月のストレス発散になっていた。
大抵、次の日が休みになる為時間を気にせず描けるからだ。
今日も絵を描きに行くため公園に向かう。
夕陽が見えるオレンジ色の空の下、自転車を走らせた。
暫くして菜月は自転車を漕ぐ足を止めた。
『瑠璃華公園(るりかこうえん)』
そう彫られた石銘板のある公園に着いた。
〈瑠璃華公園〉
地元の人なら誰しもが知っている。
かなりの面積がある公園。
自然豊かで野生動物も沢山居る。
川もあり夏場は子供たちが川遊びをしている。
一番の有名なのは名前の由来でもある瑠璃色の花畑である。
自転車を駐輪場に停め、絵を描く場所を決めるため公園内を散策した。
夕方というとこもあったからかあまり人は居らず、ちらほら居る程度。
しかしいつもより静かに思えた。
暫く歩いていると瑠璃色の花畑の中に小さな影が入っていった。
菜月はその影について行くように花畑に入っていった。
カサカサッ
音がした方を見ると花の間から影が見えた。
体長約30cmぐらいだろうか。大きめなリスだ。
(可愛い…よし、今日はこの子を描こう。)
そう決めた菜月はその場に座りスケッチブックを開いた。
リスは何か悟ったように走るのをやめ、その場で毛繕いを始めた。
(まずは大まかに場所を決めて…リスを描いて…花…木…空…光……)
リスと花畑の絵が形になっていく。
ガサッ
ふと顔を上げると先程までいたリスが居なくなってしまった。
ここからは記憶を辿りに描いていくしかないか。そう思いながらまた描き始めた。
着々と鉛筆を紙に走らせ絵を作っていく。
そして色を入れ始めようと色鉛筆に手を伸ばし色付けていく。
次にリスの尻尾に色を入れようと青の色鉛筆を探したが青色がなかった。
リスの尻尾は青みがかっていたので青色を塗りたかった菜月はふと瑠璃色の花に手を伸ばした。
花びらに指を滑らせ指の腹を見ると瑠璃色の粉が付いていた。
(…よし)
菜月は絵の花の部分やリスの尻尾、腹など青色に塗りたかった部分を瑠璃色の花びらから取れる粉で色付け始めた。
「…出来た」
菜月は絵にめり込み時間を忘れついに完成させた。
辺りは少し明るくなり始めていた。
満足気に絵を掲げて見た、その時、自分の周りの花達が白くなっているのに気がついた。
瑠璃色の粉を取って色付けをしてしまったため白くなってしまったのだ。
「ど、どうしよう。」
白い花達を茫然と眺めて居ると
カサッ
なにか後ろから音がした。
菜月は後ろを勢いよく振り返ると花畑の中から頭上に向かって飛び上がるリスが目に入った。
リスを目で追うように上を向くとリスの尻尾が揺れ瑠璃色の粉が舞った。
咄嗟に避けようとしたが菜月はその粉を顔から全身に浴びてしまった。
振り払おうと顔を振ったと同時にその場に倒れてしまった。
数分後…
菜月の瞼が開く。
(さっきのはなに…)
見渡すと辺りは 既に朝日が昇っていた。
(気絶してたのかな…とりあえず家に帰ろう)
菜月は花畑から抜け出し歩道に出た。
歩道の真ん中まで行きどっちが出口だったか考えていると後ろから
「ごめんね、そこ通して貰える?」
後ろから声をかけられた。
驚き、後ろを振り返ると男性がランニングをしている様だった。
「あ、ごめんなさい、どうぞ。」
男性はありがとうと微笑み少し手を振って走り去って行った。
(子どもを見るような目してたな…)
すると今度は手首を急に掴まれた。
「きゃっ!なに!」
「あ、ごめん!詳しい事は後で説明するのでとりあえずついて来て!」
そう言われ何者かに手を引っ張られた。
「え、え、待って、待って、ちょっ!」
(え、力つっよ…)
抵抗しようにも相手の力が強く引っ張られてしまった。
そのまま手を引っ張られ暫く歩くと大きな木の前で足を止めた。
「あ、ごめんね!腕痛かったよね…」
「あ、うん…」
「とりあえず、こっちへ…」
そう言うと何者かは木の幹に手を伸ばした。
ガチャ
「どうぞ」
扉を開け菜月を招いた。
菜月は戸惑ったが断ることも出来ず、開いた木の幹に入った。
「下、階段だから気を付けて。」
そう言われ下を覗くと木で出来た螺旋状の階段が下に続いていた。
足を踏み外さない様慎重に階段を降りた。
階段が終わるとそこにはまたも木の扉があった。
「入っていいよ。」
そう言われ扉を開けた菜月は扉の中に入っていった。
扉の先には大きな部屋があった。
ソファに机、キッチン…奥には幾つかの部屋もありトイレや寝室もある。
「凄い、こんなところに部屋があるなんて…」
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だろう。急に付いてきてなんて言ってごめんね。あそこに長居したら危なかったから…。」
「どういう事?」
とりあえずこれをと歪な形をした鏡を渡してきた。
(鏡…?)
見てという手振りをするので自分自身の顔を写した。
そこに見慣れた顔はなく、大きな目に可愛らしい耳、茶色の毛を全身に生やし、フサフサ尻尾の可愛らしいリスの姿が写ってる。
(…。ニコッ。キリッ。ああー。ぶぅー。…。)
菜月は自分の顔を色んな表情にしてみた。
「えええええーーーーー!!わ、私!?私なの?」
菜月は人間だったはずがリスに変わっていた。
「ど、どういうこと!?」
「落ち着いて!」
「ってあなたもリス!?待って待って!
よく見たらこの部屋も木で出来た机にキッチンに羽毛で出来たソファにベッド…
野生味溢れてる!!」
何者かはフードを取って顔が露わになってた。
「落ち着いて。君はリスになってリスにとっての普通は違和感が無くなったんだ。だから僕が目の前に現れても木に中に入ってもこの家に入っても変だと思わなかった。ただ元々人間だったという自覚を持てばそれは変わる。」
「な、なぜ…」
「…その前に自己紹介がまだだったね。俺は晴(はる)。よろしく。」
「よろしく…。私は菜月。」
「なつきちゃん、リスになってどう?」
「えっと、どう、と言われても…」
菜月は晴にそう聞かれ記憶を遡った。
「えっと、絵を描いてて描き終えた後になんか粉がかかったような…あ、リス!リスが頭の上に飛んできて青い粉をかけたの!」
「なるほど。あの花畑の花になにかした?」
「いや、あ。色塗りに花の粉を使った…。まずかった…かな…。」
深刻そうな顔をした春は話を続けた。
「うん。そうだね。あの花はあのリス達の尻尾から出る瑠璃色の粉で綺麗に咲くことが出来ているんだ。リスは一匹につき一本の花を育てていて毎日粉を振りかけているんだよ。その粉を取ったという事は花は萎む。一度萎めばもう咲く事はない。そしてあの花はリスにとって命より大切なんだ。」
「…命」
「人間だったら別な人も居るだろうが本来生き物というものは子孫を残す為に必死になるんだよ。あの花はリスにとって子孫を残す大事な花なんだ。」
「花と子孫になんの関係があるの…」
「あの花を7年間綺麗に咲かせ続ける事が出来ればその花はリスになり育て上げたリスは青い粉になり次のリスの尻尾を青く光らせるんだ。」
「そんな事、ありえる?聞いたことない。」
「まあ、そうだろうな。神秘的だよなぁ」
「…確かに?というかなんで私をここに連れて来たの、なんで私が元人間だって分かったの?」
「ああ。それは俺…」
ドン!!バキッ
急に上から大きな音がした。
「…早かったな。」
ぼそっと晴がつぶやく。
「なつきちゃん、一旦あっちの部屋に入っててくれるかな?」
菜月は訳もわからないまま晴に手を引かれ青い扉の部屋に入れられた。
ガチャ
(え、鍵閉めた?)
ドアノブを引くが開かない。
耳を扉に押し当て外の様子を伺う。
晴とは違う声が聞こえて来た。
「お前、またやったな…」
「やだなぁ、そんな目で見るなよ。俺は愛してるんだ。だから…」
「あーあー分かったっての。お前はそう言う奴だよ。とりあえず頼んでた物を取りに来たんだよ」
「もう、話ぐらい聞いてくれったっていいだろう。全くせっかちだな…」
ガチャ、ゴソゴソ
(隣の部屋を開けたのかな…)
キンッ
「ほら、今日も完璧だよ。」
「ふん、これだけは認めるよ。じゃあ、帰るわ。…ほどほどにしとけよ?」
「じゃあね。」
訪ねて来た男は何かを晴から受け取り帰っていった。
菜月は何を渡したのかわからないなかったが嫌な予感がした。
ふと、視線を感じ扉に背を向け部屋の中を見た。
左右には色んな色の花が飾ってあり奥には縦長のガラスケースが沢山置いてあった。
ガラスケースの中にはリスが居た。
「な、なに…」
恐る恐る奥に歩いて行きガラスケースに顔を近付けた。
リスはこちらを見て何かを伝えようとしているがなにも聞こえない。
するとガチャと扉が開いた。
「いやあ、ごめんね!突然!まあとりあえず今日からはここで暮らしてね。」
「え?」
そう戸惑いの言葉が出たと同時に目の前が真っ暗になった。
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