『ホラーが書けない』3話 体験談を引きだすのはむずかしい【Web小説】
第3話 どんな怪異に遭遇したんだ?
東京都新宿区の居酒屋。仕事帰りに寄ったと思われるビジネスパーソンたちで店内はにぎわっている。
座ると隣からは見えない仕切りの高いボックス席に俺――紫桃――はいる。二人なのに四名席を案内してくれたおかげで、ゆったりとくつろげる。向かいにいる友人・コオロギ――神路祇――はうまそうに酒を飲んでいる。
「なんか変な体験した?」
コオロギに投げたお決まりの台詞は、奇妙な体験があったら話してくれよ、という俺からのおねだりのサインだ。この台詞を言うまで手間がかかった。
コオロギは幽霊や妖怪など、実体のないナニカと遭遇し、奇怪な体験をする特異なやつだ。わかりやすくいえば霊感がある。
対する俺はごくふつうの人。霊感なんぞまったくない。零感なのに不思議な現象に興味をもち、奇譚を集めている。
とはいっても、コオロギに出会うまでは奇譚に関心はなく、怪奇を語る人は好きではなかった。
霊感のない俺からすれば、見えない妖は存在しないモノだ。そんなモノをうまく利用してカネをとるよくない輩を知っていたから、マイナスのイメージしかなかった。
でもコオロギを通してこの世界には見えないナニカが存在し、不思議な現象が身近で起きていることを知る。
がぜん興味がわいた。目に見えないモノは存在しないと決めつけていたけど、もしかしたら――。
これまでの常識をぶっ壊す真実、今の科学では説明できない奇怪な現象だけど、実は法則があるというなら知りたい!
俺は好奇心からコオロギの体験を聞きだそうとする。でもコオロギはしらふだと、なかなか話してくれない。だから飯に誘い、酒をすすめて機嫌がよくなったところで、あの台詞を投げかけたんだ。
ここまでは予定どおりだ。
でもな、道のりが長いんだよ……。
「ほ―――ん? 変な体験……」
好物のチキン南蛮をたらふく食い、モスコミュールを飲んでいたコオロギの手が止まった。何杯目かのおかわりですでに顔はピンク、目もぼんやりとしている。
コオロギは酔うのは早いが、つぶれない長距離ランナータイプだ。酔って機嫌がいいので、俺のおねだりに答えようと宙を見てうなっている。だいぶリラックスして気をよくしてるから、もう話しだすだろう。
飲み放題にしていて正解だったと思っていたら、ふいにコオロギが口を開いた。
「そういや、電車でナンパに遭った」
「なんだ、それ!? モテますよアピールか?」
「おうよ。実体のある者より見えないモノからモテるんだよ」
これだよ…… 必ず変化球から投げるよな。
状況がつかみにくいんだよ。
ちゃんと霊にナンパされたって言えよ。やれや…れぇぇえ――!?
「って、オイっ! 霊からナンパってどんな状況だよ!」
「落ちつけよ~。手を引っぱられただけだって」
「…………」
笑ってうまそうに酒を飲む友よ。
『引っぱられただけ』って見えないナニカからですよね?
ふつうビビりません?
『怖い!』って思わなかったのかな、コオロギくん?
仕切りの壁に寄りかかり、体勢を崩して完全にリラックスしているコオロギ。テーブルにあるキュウリのざく切りに手を伸ばして、ひょいと口に放りこんだ。
「うまいっ」
「…………」
見えないナニカと遭遇! という、確実に鳥肌ものの恐怖体験を聞こうとしてるのに気がぬけてしまう。スタートから興ざめだよ……。
怪異が起こった異常事態なのにコオロギだと怖さがなく、コメディー風に感じるのはなぜだ!?
俺が求めているのはコメディーではないっ。ホラーだよ!
ハラハラしてゾクッとする恐怖だよっ。
それなのに、おまえはいっつもぶち壊すよな!!
ふ―――……
がんばれ、俺。
まずは順を追って一つずつ聞いていこう。
▼ 第4話 へ ▼
▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン