『ホラーが書けない』 へんぺん。丁字路で多発する事故【Web小説】
『丁字路や三叉路などの交わりでは』
日本各地に不思議な話が残っている。興味深いのは地域限定の民話で、幽霊や妖怪などの妖めいたモノの話が混ざっていることがある。
道が交差する丁字路にまつわる奇妙な民話を聞いた。
妖は直進しかできず、丁字路のような場所に来ると曲がれずにぶつかってしまうらしい。そんな丁字路は妖の影響を受けるのか、災いが多いから魔除けをするのだとか。
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場所は都市部ではなく、少し郊外。片側が一車線ずつの二車線道路がぶつかる突き当たり―― つまり丁字路に当たる場所に住んだことがあった。
アルファベットで表すなら「T」という文字の上の部分、横に走る道路と縦に走る道路がぶつかる場所にある家で、部屋は2階部分。部屋の位置はちょうど縦に伸びる道路の真正面にあり、窓から見える一直線の道は見晴らしがよかった。
眠れない夜はよく道路を見ていた。部屋の明かりをすべて消したあとにカーテンと窓を開けて、窓辺に座ってぼんやりと道路を眺める。それだけだったけど、けっこう気に入っていた。
この日もなかなか寝つけなかったからベッドにいることは諦めた。窓を開くと、からりとした涼しい風が入ってきて心地がいい。窓辺へ座り、いつものように直線道路を眺めていた。
夜中の3時を過ぎると車はなかなか通らない。なにも考えず、ぼうっと目の前の風景を見ていたら明かりが現れた。
すぐに明かりが2つに並んだので車のヘッドライトとわかり、車体も現れた。車は対向車のない道をゆっくりと走っている。
「車」と認めたら、ふと『事故が起きる』と思った。考えが浮かんだことに驚き、なぜそう思ったのか理由をさがすように車を見続けていた。
少しして走行している車のようすがおかしいことに気づいた。車はまっすぐ走らずに、ゆっくりとした速度で左右にふらりふらりとくねっている。
(やばい……わき見か、居眠り運転だ……)
車は止まる気配がない。ひやひやしながら見ていると、ふらつきながらも確実に突き当たりとなるこの家へ向かっている。
惰性のようにゆっくりと進行する車に、わき見ではなく居眠り運転と気づく。危険な状態とわかったところで対処方法は思いつかない。運転手が目を覚ましてくれることを願うことしかできなかった。
家まで10メートルを切ったときから、用心して窓辺から少し離れた位置から見ていた。
迫ってきた車体が視覚から消えたときは、ぶつかると確信した。距離を取っているけど衝撃で怪我をするかもしれないと覚悟すると、下で鈍い音がした。
ほかに音がいくつか続いたあと、室内にハザードランプの光が入ってきた。大きな音がしなくなったところで、おそるおそる窓辺へ行き外のようすを見た。
直進してきた車が壁に激突したと思っていた。ところが車が2台ある。1台増えていて、2台とも停車してハザードランプを点けている。よく見てみると2台とも破損していて、状態から居眠り運転していた車と横からきた車が衝突したようだ。
あまりスピードが出ていなかったのか、それともぶつかる直前でブレーキをかけたのか、大きな事故にならずに済んだようだ。エンジンが止まった車の横に運転手と思われる人がいて、両者とも怪我はないようだから安心した。
夜なので周りに配慮しているのか当事者たちの声は大きくない。事故処理を始めたようで連絡を取るような会話が聞こえている。しばらくすると赤いライトが見えて、サイレンを鳴らさずにパトカーがやって来た。
ベッドに寝転び、耳をそばだてて外のようすをうかがう。現場の事情聴取が部屋の中まで聞こえていたけど、1時間も経たないうちに夜の静けさが戻った。
静かになった空間で事故の興奮から寝つけずにいて、再び窓辺へ向かった。窓の外を眺めると、東の空がうっすらと白んでいたのであわててベッドに戻った。
なんとか寝ようとするけど、『事故が起こる』と考えが浮かんで本当に事故が発生した現場を見たから神経が高ぶっている。信じられない出来事があったのに、外は何事もなかったように静かだ。
こんなに静かだと夢でも見ていたのかと思ってしまう。狐につままれた気分のまま、いつの間にか眠りについた。
翌日、明るいときに家の前を確認してみた。
あの出来事は夢でもなく、化かされたわけでもなかった。現場には車のライトカバーの破片が落ちていた。
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片々(へんぺん):
きれぎれになっているさま。
紫桃のホラー小説『へんぺん。』シリーズより
壱 「電車内の強引なナンパにご注意」
弐 「登場するとき妖は工夫している」
参 「イタズラを仕掛けたのは誰?」
肆 「スマホを見てるときに現れたのは」
伍 「寺には親切な妖がいた」
陸 「丁字路で多発する事故」
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