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『ホラーが書けない』15.5話 四方山話(4)【Web小説】
第15.5話 男と女の友情
宣言しておく。今回の話はホラーやオカルト系ではないぞ。
さてと。本小説だが、これからどんどん不思議な話がでてくる。それで怪異の中心にいる人物のことをもっと知っておいたほうが読者に伝わりやすいかもと思った。
それで人物紹介をしようと考えたけど、ふつうにしてもつまらないよな?
そこでだ、「二人付き合っちゃえ~!」と言われたことがあったので、「男と女の友情」をからめて人物紹介をすることにした。
俺――紫桃――とコオロギ――神路祇――はこんな関係なんだ。
✿
俺とコオロギの出会いは職業訓練だ。同じ教室で学んだのは数カ月だったけど、訓練終了後も付き合いは続いている。
現在は幼なじみのように遠慮のない仲だが、コオロギに惚れていた時期もあった。そう、職業訓練の初日は舞い上がっていたよ……。
「うおおぉぉおお! 美人と職訓生活!
もしかして恋のスタート!?
春がきたか? 運気が一気に上昇か!?」
訓練初日、帰宅して鍵をかけた瞬間に拳を握り、中腰の体勢で叫んだのを鮮明に覚えている。まあ、儚い夢となってしまったけどな。
今になって思うが、ほかの受講生から見ると、コオロギに恋心を抱いていたのはバレバレだったのかもしれない。訓練中、休憩時間に俺が煙草を吸っているとよく冷やかされていたからな。
受講生「コオロギちゃんと仲いいよね。付き合っちゃえば?」
俺 「そうですね(言われなくても計画しとるわ!)」
受講生「気持ちを伝えたほうがいいよ」
俺 「ええ。考えておきます(でも俺からは告白しない!)」
さりげなくアプローチしていたつもりだったけど、バレバレだった…と…したら……。
う―――わっ!
ゆでだこになるくらい恥ずかしいぞ!
⋯ ⋯ ちょっと休憩 ⋯ ⋯
(顔を冷やすわ)
気を取り直して。コオロギへの恋愛感情はなくなったけど、職訓が終わるまでクラスメートからよくからかわれたよ。
んで、「恋心は再燃しそう?」という質問に対する回答だが、「いいえ」だ。
コオロギの性格を知ってしまったら、もう恋愛対象ではなく「友人」。
いや、まてよ? 正確には友人でもないな。
ん―――……
あ、そうだ! 保護者に近い感情をもったよ。
保護者目線になったこともあるけど、俺の中では再燃しない明白な理由がある。恋心を砕く強烈なやつを食らったからなぁ。先制パンチから衝撃的だったさ。
職業訓練初日からコオロギに関心をもった俺はしばらく観察したあと、(さりげなさを装って)積極的に話しかけていった。
同じ年齢だとわかってからは、くだけた口調で話すようになり、親密度も増していた。このころの俺はコオロギの男口調にガッカリしたけど惚れていた。
ある日、午前の授業が終わって昼休みに入ったとき、コオロギが教室を出ようとしていたから声をかけた。コンビニへ行くというので同行した。
コンビニで買い物をすませて帰る道中、たわいのない会話をしながらコオロギの整った顔を横目で見て、ドキドキしている。ふとコオロギの足が止まった。
コオロギは前方を見たまま立ち止まっていたけど、おもむろに「ちょっと持っててもらっていいかな?」とコンビニ袋を渡してきた。それからきょろきょろと辺りを見回した。
なんだろうと思っていたら、コオロギは人差し指をたてて「シ――ッ」と言ってから、足音を忍ばせて歩き始めた。
俺はなにが起こっているのかさっぱりわからず、その場で静止し、緊張しながらコオロギを見守っていた。
コオロギは足音をたてず塀のそばまで行き、そのまま塀に沿ってそろりそろりと進んでいく。固唾をのんで見ていたらピタリと足が止まって――
塀の上で寝ていた猫の背中をもふもふとなでると、サッとかがんだ。
「…………(俺、絶句)」
木陰になってる塀の上で気持ちよさそうに寝ていた白にオレンジ模様をした猫は、急にさわられてビクリとなって頭を上げた。
でも壁にぴったりとついて隠れているコオロギは見えていなくて……。
少ししてコオロギはそ――っと手を伸ばして、また猫の体をさわった。二度目のタッチで人間がふれたとわかったようで、猫はガバッと飛び起きて塀の向こうへジャンプし、姿を消した。
こちらへ戻ってくるコオロギは、きれいな顔に満面の笑みを浮かべてて……。
「顔に文字が書かれている」という表現を聞くが、このときのコオロギは「イタズラ大成功! やったぜ!」というオーラを全身から放っていた。
俺の恋心に飛んできた先制パンチは強烈で、理想像がゆがんだ。ひどく動揺したけど、のちにこれは軽いジャブだと知った。
男口調という少し残念なところと、猫にイタズラするやんちゃな部分があると知っても、俺はコオロギに惚れていた。
そんな時期に、次はリバーブローを食らった。
俺が訓練校へ登校していると、コオロギが先を歩いていたので声をかけた。たわいのない話をしながら横で笑顔を見せるコオロギにドキドキする。
そのとき、ブ―――ンと羽音が聞こえてきた。音がしてくる方向を見れば、俺たちめがけてカナブンが飛行してくる。
「紫桃、怖い!」と言ってコオロギが俺の後ろに隠れる!
と思いきや目前にカナブンが来たら恐ろしい速さでわしづかみした。
「…………(俺、絶句)」
ハンターのように鋭い目をしたコオロギがそうっと閉じた手を開いていく。そこには緑色のカナブンがいて……。
「ハナムグリかあ。この辺りにもいるんだ」
なんだそれ。
ハ、ハナ……? なんだって?
いやっ、そうじゃねーだろっ!
「コ、コオロギ、それ、カナブン?」
「うん。カナブンみたいなもの」
話しているうちに、手のひらにいたカナブンは飛び立った。へろへろと飛び去るカナブンを見送ると、コオロギは何事もなかったかのように校舎へ向かう。
まてまて!
今のはなんだ!?
「コオロギ、き、気持ち悪くないの?」
「んやー? 虫はけっこう好き」
俺だって子どものころは平気で虫を採っていた。でも大人になるとなぜか昆虫が気持ち悪く見える。それをきれいな顔したヒトがわしづかみなんて……。
腹に強烈な一発が入ったような衝撃だった。
ここで流しておけばよかったんだよ。なにもしなければまだ夢を見ることができたんだ。
それなのに……
冗談のつもりで俺はよけいなことを聞いてしまった。
「コオロギってさ、ヘビも平気で捕まえそうだよな」
「あ―――、それやって咬まれたことあるよ」
「 !! (俺、絶句)」
とどめは上段回し蹴りだった……。
コオロギの言葉に悪寒が走る!
俺はヘビが大の苦手だ。脱皮跡を見つけただけで、まだ近くにいるかもしれないと恐怖して逃げる! それなのにコオロギは捕まえただと!?
ありえねーよ!
ふつうヘビは恐れるものだろう!?
衝撃的なカナブン事件、それに少し前の猫もふもふ事件まで思い出してきて、片手にヘビを掲げてドヤ顔してるコオロギの姿をリアルにイメージできた。
もう、ね、 完全に恋心を破壊された……。
「コオロギちゃんと付き合っちゃえば」――だとう?
恋心を砕かれるまでは想像していたさ。
やってくるだろうリア充を夢みたよ。
でもコオロギは恋愛対象ではなくなった。
俺よりたくましいコオロギにムラムラするわけないだろっ。
あ、でも、部屋にアオダイショウが現れて、俺が恐怖で金縛り状態になっているときに、颯爽とコオロギが登場して追い出してくれたら、「アネキ、格好いいっ♡」と胸キュンするかもな。
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✎ ハナムグリとカナブンは別種のようです
(紫桃がよくわかっていないので「カナブンみたいなもの」にしています)
【参考】
✎ ネットより
アオダイショウ:
日本固有種のヘビ
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【登場人物】
― 主人公「俺」―
紫桃 千秋(しとう ちあき)(男性)
関東圏で生活している零感のビジネスパーソン
ホラー小説の執筆を趣味とする素人作家
東京で働いていたがヘマをして干され、退職して無職となる。しばらく引きこもっていたが再就職をめざして職業訓練を受講することにした。職訓でコオロギと知り合う。
職訓終了後は資格取得のためしばらく東京にいたが、地元へ戻り無事に就職。会社員となった現在もコオロギとの付き合いは続いている。
― コオロギ ―
神路祇 鈴(こうろぎ れい)(女性)
紫桃が書いてるホラー小説の体験者
地方出身。現在は東京在住
東京に来てすぐに職業訓練を受講し、紫桃と知り合う。
本人は認めていないが霊感があり、妖からラブコールを受けやすい。たびたび怪奇現象に遭遇するけど反応が妙なので紫桃が困っている。
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