『ホラーが書けない』37話 幽霊には体臭がある!?【Web小説】
第37話 ニオイでアヤカシの存在に気づく理由
ふだんは奇譚を語りたがらない友人だけど、機嫌が良くていろいろ話してくれる。
俺――紫桃――はどんな体験が聞けるのだろうと期待しながらコオロギ――神路祇――の話に耳を傾ける。
「新宿にあるオフィスで働いていたときのことだ。その日は、顧客との打ち合わせや会議などいろいろ重なっていた。社員は席を外しており、自分一人しか残っていなかった。
オフィスにはほかの部署も入っているけど、間にはスチール製の書庫があって区切りになっている。座っていると互いの姿は見えないから、一人でいるようなものだ。
もともと静かなオフィスなので作業しやすい環境だが、人の気配がないと、より集中できて仕事ははかどった。周りの音が聞こえないくらい没頭していたら香水のにおいが微かにしてきた。
エ〇イスト プ〇チナムの香りでひさしぶりに嗅ぐ。だれかがオフィスに戻ってきたのかと顔を上げた。ところが人の姿はない。
もう一度、辺りを嗅いでみたけど、香水のにおいはしなくなっていた。人がいないのだから香水のにおいなんてするはずはないかと思い直し、再び仕事に戻った。
すぐに仕事に集中し、いつもより早いペースで作業していたら、香りが流れてきた。
果物のにおい 煙草 石けん……
ここでちょっと待てよ! となった。仕事に没頭していたから流しそうになったけど、どの香りも人のいないオフィスでにおってくるものじゃない。なんかおかしいと気づいた。
ノートパソコンの画面から視線を上げて、辺りを確認するけど社員が戻ってきた形跡はない。だからよけいにこの状況は変だと思った。
さっきから背後に人の気配がして、そこからにおいが流れてくる。
八百屋さんからするフルーツのにおい。長年煙草を吸ってきた人に染みついたヤニのにおい。風呂上がりのような石けんのにおい――。そんな香りをまとった人たちが後ろにいて、囲むように立っている感覚がある。
存在を認識した途端、後ろにいるのは実体があるヒトではなく、姿の見えない妖と直観した。
妖とわかると、すぐに気配の正体はもともとはヒトだったもの――「幽霊」と結びついて、それぞれの香りは生前のにおいだと連鎖的につながっていった。
情報がまとまって、自分の後ろには少なくとも三人の幽霊がいると知覚している。なんでそこにいるのか、未練があるのかなど、いろいろ考えてしまう。でも理由はどうあれ、妖が幽霊の場合、いいことはない。
逃げるべきか、それとも無視するべきか……。対処法に悩んでいたけど、すぐに考えることをやめて、幽霊たちの好きにさせるようにしたよ」
俺はここまで黙ってコオロギの話を聞いていたけど、「好きにさせるようにした」に驚いて、思わず口をはさんだ。
「おいっ! そういうときはすぐに逃げろよ!」
「大丈夫、大丈夫」
「得体のしれない妖だぞ!」
「まあまあ、紫桃、落ちつけよ。
それがね、『大丈夫だ』って確信があったんだ。
『なにしてるんだろうね?』『さあ?』『どれどれ?』 声は聞こえないけど、後ろにいる幽霊は、自分がなにをしているのか興味津々で観察しているみたいなんだ。
霊体のサイズや感じられる雰囲気から三人は大人。それなのに子どもみたいに物珍しそうに後ろからのぞいている。また一つ気配が増えて、高齢のヒトのにおい――祖父母と似たようなにおいをもつ霊体が野次馬するかのように加わってきた。
この幽霊たちはノートパソコンを見たことがないのかな? と思ってね、笑いがでそうになるのをこらえて、幽霊たちに気づいていないふりをして仕事を続けた。
幽霊とわかっても全然怖くなくて、人間臭さが残っているところがおもしろかった。邪魔しないなら好きなだけ見学しなよ、と無視した」
「はい!? む、無視!?」
「うん、無視。仕事続行、支障なし」
「怪異に遭遇したら逃げろよ!」
「えぇ―――? なんで?」
「幽霊が後ろに立つなんて不気味で怖いぞ!
一刻も早くその場から逃げるのがふつうだろう!?」
「妖よりも、仕事の締め切りに間に合わないほうが怖い」
「 !? 」
腕を組んだまま、眉間に小さなしわをよせて、うなずいてるコオロギ。
なんなんだっ!?
やっぱり恐怖の感覚がマヒしていないか!?
煙草の存在を忘れてぽかんとしている俺を見て、コオロギは指さして笑い始めた。
「なんだよ、紫桃~!
その鳩が肩透かし食ったような顔はっ(笑)」
肩透かしって……。
違うだろ! 『鳩が豆鉄砲を食ったよう』だっ!
不気味な話だったのに楽しそうなコオロギを見ると気がぬける。
こっちはゾッとしたっていうのに……。ったく!
「うわっぷ! よせよっ、紫桃!」
笑いすぎるコオロギに、わざと煙草の煙がいくように吹きかけたら、両手をばたばたさせて懸命に払っている。
煙で嫌がらせをする俺に、子どもだなと笑っているけど、コオロギには言われたくないぞ!
「うわっ! 紫桃っ、やめろよ!」
またふぅ―――っと煙草の煙を吹きかけたら、蚊を追い払うように一生懸命に手を振って離れていった。
コオロギはじっと見ながら頬を膨らませている。紫煙が届かない所まで距離を置き、いつでも動けるよう構えている姿は、シャーッと毛を逆立てて威嚇している猫のようだけど、ちっとも迫力がない子猫みたいで笑いがでた。
「紫桃っ! 大人げないぞ!」
だ――か――らっ!
コオロギには言われたくないって。
片手を上げて抗議しているコオロギに和みながら、もう一本吸おうかと煙草の箱に手をかけた。
現状の俺が死んで化けて現れたら煙草臭いのか……。
それはちょっといやだな。
煙草の本数、減らそうかな?
生前の香りを死後に引き継げるのなら、コオロギが最初に嗅いだ香水のように、いい香りをまとって現れたい。
どんな香りがいいかなと、俺は変な思考の迷宮に入ってしまった。
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※ 注意 ※
煙草の煙を人に吹きかけてはいけません
(決して紫桃のまねをしないでください)
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