千文字小説【手記】
土と埃にまみれた宝箱を前に、身を震わせる。
薄汚れた服、無精ひげ、汗でべたつく肌と髪。しかし、面に張り付いた隠しようもない歓喜の表情は、私が己の状態を少しも不快と思っていない証拠だった。
熱に浮かされた瞳で目の前の宝を見つめ、思う。
長い、そう、長い年月をかけた。
アレハンドロ・ガルナの手記。
その中に隠された法則を、偶然にも見つけたあの日。
全てはあの日から始まった。
夢に身を焦がし、ひたすらに夢を求める日々。
苦難の雨を全身に浴び、がむしゃらにもがいた日々。
幸福だった。
年月こそ長かったが、過ぎた時間は瞬く間に感じた。
そして、自分は今ここに立ち、求め続けた夢が眼前にある。
仲間はいない。
苦楽を共にした気の置けない者たちは、誰一人として自分の隣に立っていなかった。
ある者は病で。ある者は寿命で。ある者は迫りくる困難に潰された。
出来得るならば、誰も欠けることなくこの場所に辿り尽きたかったが、それはもはや叶わぬ夢だ。
目を瞑り、過ぎさった日々を懐かしむ。が、いつまでも感傷に浸ってはいられない。
私は宝箱に手を伸ばした。
その時だ。ふと、私の脳裏に一抹の不安がよぎった。
本当に、この中に求めたものが収まっているのだろうか?
そうだという自信はある。だが確信はなかった。
手が止まる。
顔に張り付いた笑みが引き攣るのが分かった。額にじわりと嫌な汗が浮かぶ。
私はその原因を自覚していた。
恐れているのだ。この箱を開くことを。
万が一にも、求めていたものがこの中に存在しなかったら?
己が賭けた全てが無駄になってしまったら?
体が石になったように動かない。頭の中を無数の声がかき乱した。
苦しい。苦しい。
いっそ夢は夢のまま、この場を立ち去ってしまおうか。
そんなことさえ考えた。
しかし。
私は傍らに横たわる相棒に目をやった。
こいつが隣に立っていたなら、私は迷うことなく箱を開けただろう。
それを想えば、このまま退くなどという愚かな選択肢を選べる筈がない。
私は極度の緊張に震える手で箱を掴み、ゆっくりと蓋を開けた。
「『箱の中に入っていたものが何なのか。それは、君自身の目で確かめてほしい。そのための道筋は、この中に示してある。――ウィリアム・ハザーランド』だとよ、相棒」
くたびれた革の手帳を閉じ、男はそれを隣に放り投げた。
「当てはあるのか?」
受け取った手帳をぱらぱらと弄び、相棒は尋ねる。
「もちろんだ」
男は自信たっぷりに応えた。
「やろうぜ、宝探し」