7.村の秘密
村長の家にはリビングと別に客を招く部屋があった。木のテーブルと椅子が置かれ、壁には鹿の首の剥製などが飾られている。ダレンの妻と思しき女性が4人分のお茶を配って去っていった。
リチャードとアントニーに向かい合う形でダレンとサイラスが座っている。ダレンはお茶で口を湿らせると早速切り出した。
「リチャード殿は討滅者であらせられると聞きました。大変失礼ですが証はお持ちでしょうか?」
「ありますよ」
リチャードは首に掛けていた黒い十字架のネックレスと腰に提げていた黒いナイフを外してテーブルに置いた。
「確認しても?」
ダレンの問いにリチャードは首肯する。ダレンはまず黒十字を手に取り検めたあと、ナイフを鞘から抜いた。黒光りする剣身が露わになる。ダレンとサイラス、アントニーがおぉと感嘆の声を漏らした。
「確かに。昔に見た討滅者の証と相違ありません。お返しします」
十字架とナイフをリチャードが元のように身に付けるのを待って、ダレンは再び口を開いた。
「実は、討滅者殿を見込んでひとつ、お頼みしたいことがあるのです」
ダレンの顔は真剣そのもの、大きな決意と覚悟が現れていた。
「それは、村の人たちが“眷属化”していることと関係がありますね?」
「……気付いておられましたか」
リチャードの切り返しにサイラス、アントニーが驚きの表情を見せる。ダレンは渋い顔をして軽く息を付いた。
「左様。この村は今、一人のヴァンパイアによって支配されているのです。その者は村の皆を己の従僕、眷属というのでしょうか? それに変えてしまいました」
眷属とは吸血鬼が血を吸い、自身の仲間に引き入れた者のことだ。多くは協力者として友好的に扱うが、ダレンの言からするとそうではないようだ。眷属化の度合いを抑え、奴隷のような存在にしているらしい。
「なるほど。私にその吸血鬼を退治して欲しい、ということですね」
「その通りです。裕福ではない村ですが、出来る限りのお礼をいたします。どうかお願いいたします」
ダレン、サイラス、アントニーはリチャードに向けて深く頭を下げた。リチャードはお茶のカップの縁を撫で、おもむろに口を開いた。
「ひとつ、問題があります」
「と、言いますと?」
ダレンが頭を上げて問う。
「私がその吸血鬼を殺した場合、眷属であるあなたがたも道連れに死んでしまいます」
「なっ……!」
「そんな!」
サイラスとアントニーが驚愕の声を上げる。ダレンも口元に手を当てて低く唸った。
「それは、まことですか?」
「残念ながら事実です。逃れようがありません」
リチャードは深刻な表情で告げる。眷属化は本来唯一無二の仲間を作る行為。徒(いたずら)に眷属を増やすのは吸血鬼自体嫌う傾向があるのだが、件のヴァンパイアはそうではないということか。
「どうする? 親父」
サイラスが弱った様子でダレンに尋ねる。ダレンは難しい顔で少し考えたあと、
「討滅者殿、吸血鬼を殺さずに捕らえておく、ということは可能ですか?」
「私一人では非常に難しいですね」
「じゃ、じゃあ、他の狩人(ハンター)に協力してもらうのは?」
アントニーが縋るように提案してくる。リチャードは首を振った。
「その場合、教会に報告しなければいけません。そうなれば、教会は間違いなく吸血鬼を殺すという判断を下すでしょう」
「そんな……。教会は俺たちを守ってくれるんじゃないのか?」
サイラスは信じられないといった様子で呟く。
「教会は人間を守る存在です。眷属になった者にも少なからず吸血鬼になる可能性がある。それを見逃す彼らではありません」
リチャードが冷然と告げると、その場に沈黙が降りた。重苦しい空気の中で、ダレンが深い溜め息を吐く。
「皆に伝えねばなるまいな……。リチャード殿、少々お時間をいただけませぬか」
ダレンが沈痛な面持ちでそう言ったとき、外から馬の嘶きが聞こえてきた。ダレンたちの肩が弾かれたように上がる。そしてドアノッカーが二・三度鳴らされた。
「この村で馬に乗ってくるのは奴しかいない。まさかこんな時間に現れるなんて……」
一気に緊迫感の増した空気の中、サイラスが苦々しく呟いた。