プロローグ

 男の背中から白い刃が生えていた。胸を貫く白刃がゆっくりと引き抜かれると、男は誰かの名前をかすれた声で呟きその場に伏した。

 涙を流し絶命する男の体からは緑色の炎が湧き出し、炙られた全身が灰になっていく。それを見下ろしていた人物。フード付きの黒いコートを着て未だ息を荒げる女はどっかりと脱力するように座り込み、空を見上げる。

 一帯を覆う血臭を空気と一緒に吸い込まねばならず、苦しげに顔を歪める。赤い髪、意思の強そうな切れ長の瞳の横には薄いが加齢による皺が見て取れた。

「こんなもん、引退間近のロートルにやらせる仕事じゃねぇだろ……」

 憎々しげに吐き捨て、自身の周囲を見渡す女。日も高く昇った昼日中の森の中、彼女の周りには赤く染まった地面や草花、そして六人分の死体が転がっていた。

 彼女の仕事は人外狩り。人間に害を成す可能性のある化け物を討伐することだ。ようやく息が整った女は生き残りと合流すべく立ち上がった。

 陽の光を克服した吸血鬼、しかも体の一部を硬質化すら出来るとなればまず間違いなく齢は三桁を超すだろう。精鋭を集めた筈の味方も何人生き残ったのやら。壮絶な戦いぶりを見せた吸血鬼の男の姿を思い浮かべ、女は葉巻に火を着けた。

 すると、どこからか赤子の鳴き声が聞こえてくる。はっとした女は急いで声の源に近づいた。大樹の根本、虚になっている部分に布にくるまれた赤子がいた。生まれて間もないだろうその赤ん坊はおそらく先程殺した男の子供だ。

 殺さなくてはいけない。表情を消した女は手にナイフを持ち、赤子の心臓に狙いを定めた。

『なぜ殺す!』『俺たちは何もしていない!』『まだ子供だぞ!?』『生きていることすら許されないのか!』

 二十年近い狩人生活のなか、殺してきた者たちの叫びや嘆きが脳に響く。刃を持つ手が震えた。

「オリヴィエ」

 声を掛けられ、彼女、オリヴィエは我に返って振り返る。白髪混じりの短髪の男がこちらに歩いてくるところだった。長い付き合いになる仲間だ。生きていたのか。オリヴィエは安堵した。

「片付いたのか?」
「ああ、生き残りは俺だけだ」
「そうか」

 その言葉を聞いてオリヴィエは決心した。

「お前、それ……」
「ああ……」

 男が指差すものを見て、彼女は悪戯がバレた子供のような気まずそうな笑みを浮かべる。

「じじいどもには内緒にしてくれよ?」

 オリヴィエの懐には未だ泣き止まぬ赤ん坊が抱かれていた。

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