6.温かな時間の終わり
「ごめんね~。お客さんなのに手伝わせちゃって」
豊かに実ったぶどうの房をもぎながらエルシーが言う。リチャードとエルシーは今、エルシーの家で育てているぶどう畑で収穫の作業をしていた。畑は30平方メートルほどの広さを持ち、人が一人ですべてのぶどうを取り切るのは大変な作業だ。
「いいんですよ。働かざる者食うべからずです」
リチャードはもぎ取ったぶどうを背負った籠に入れてなんてことはないとエルシーに返す。
今朝早く、家主のアントニーは村長に相談することがあると出掛けていき、デリックは今日もうまい肉を食わせてやると言って狩りに出た。ハンナはアントニーの代わりに別の畑に作業に行き、残ったエルシーがぶどうの収穫をやることになった。
皆がリチャードに休んでいていいと言ったが、リチャードは体を動かしていたほうがいいと言って手伝いを申し出た。それならばと末っ子のエルシーと一緒にぶどうの収穫をして欲しいという話でまとまった。
「この調子なら昼には終わりそうね。ほんと大助かり。ありがとうリチャードさん」
エルシーがせっせとぶどうを摘み取りながら笑う。リチャードも丁寧に黒紫色の果実を籠に収め、どういたしましてと微笑んだ。
二人がかりでぶどうを収穫し、実のなった木が残り半分ほどになったとき、エルシーが休憩をしようと切り出した。リチャードとしても否はなかったので、二人は畑の木陰で一息つくことにする。
「リチャードさんっていつもこうなの?」
「こう、とは?」
水筒の水を飲み、エルシーが尋ねる。リチャードは頭の上に疑問符を浮かべた。
「庶民的っていうか、う~ん……いい意味でプライドが高くないっていうか。教会の狩人(ハンター)ってもっと偉そうな人だと思ってたな」
「なるほど。確かに狩人(ハンター)の中にはそういう人もいますね。でも私は好きなんですよ、こういったことが」
リチャードは水筒の水を一口含み、飲み干す。お世辞にも冷たいとはいえない水が喉を通り過ぎていく。しかし、それはけして不快なものではなかった。
「人の営みを見たり体験したり。そうやって一生懸命生きている人を見ると思うんです。人間は助ける価値のある存在なんだと」
日差しを浴びて緑の葉を輝かせるぶどう畑を眺め、リチャードはふと目を細める。エルシーはその表情に何か思うことがあったのか、そっかと呟いて同様にぶどう畑を見る。
「おーい、リチャードさん! ちょっといいか?」
そこへ農道の向こうからアントニーが小走りで近づいてきた。
「どうしました、アントニーさん?」
リチャードが立ち上がって応じると、すぐ近くまで寄ってきたアントニーがすまなそうに自分の頭を撫でる。
「申し訳ないが、村長がリチャードさんと話したいと言ってるんだ。一緒に来てくれないか?」
「もちろん構いませんよ。エルシーさん、すみません。手伝いはここまでのようです」
エルシーに向き直って頭を下げるリチャード。エルシーは両手を胸の前で振ってやや恐縮したように言う。
「大丈夫大丈夫! もう大分助かったから、遠慮せずに行ってきて」
「悪いなエルシー。あとは頼むぞ」
「うん、分かった」
「ではリチャードさん、行きましょう。こっちです」
アントニーもエルシーに一言掛け、来た道を指差してリチャードを促した。
村の中心部へ向かってアントニーとリチャードはしばらく歩く。すると、もう少しで家が立ち並ぶ広場に着くというとき、リチャードは村から少し離れた小高い丘の上に屋敷が立っていることに気付いた。
「あれが村長さんのお宅ですか?」
リチャードがそれを指差して尋ねると、視線を屋敷にやったアントニーが言いづらそうに口を濁す。
「ああ、あれは違うんだ。その……お貴族様の別荘みたいなものでね。村長の家じゃあないよ」
緊張を隠しきれない表情で屋敷を見るその瞳に映るのはかすかな怯えの色だった。
「そうですか」
それに気付かない振りをしてリチャードは歩みを進める。村の中心を抜け、なおも歩くと今までの民家より一回り大きい家に辿り着いた。
玄関先には二人の人物が立っていた。50代くらいの髭を生やした男性と、二十歳後半らしきがっしりした体型の男だ。おそらく村長とその息子だろう。
「お待ちしておりました討滅者様。私は村長のダレンと申します。こちらは息子のサイラス。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って握手を求めてくる村長ダレン。
「リチャードです。こちらこそよろしくお願いします」
握手を交わす際、ダレンの瞳はリチャードの目をひたと見据えて離さなかった。柔和な笑みと相反したその硬質さを見て取ったリチャードは、穏やかな時間が終わりを告げたことを静かに察した。