超短編小説【てぶくろ】

 気付いたのは、スーパーのドアをくぐって少し歩いたときだった。
 手袋がない。それも片方だけ。
 上着のポケットにねじ込んだだけだったから、おそらく店の中で落としたのだろう。
 ふぅ~っと白いため息を吐く。
 かたっぽだけの手袋をまたポケットに押し込んだ。
 ちょいちょい。
 まさにそんな感じで、振り返りかけたぼくの上着を誰かが引っ張った。
「ん」
 振り返ると、小さな男の子がぼくの手袋をぼくに突き出していた。
「ん!」
 落ちてたとも、拾ったとも言わず、その子はただ手袋を突きつけてくる。
「ありがとう」
 しゃがんで目線を合わせ、ぼくはお礼を言った。
 手袋をつけたちっちゃな手から、手袋を受け取る。
 すると、男の子は何を思ったのか、どういたしましてと言う代わりに、ぼくの頬を両手で挟んだ。
 毛糸の柔らかい感触と温かさを感じたのは一秒足らず。
 きょとんとするぼくに、男の子はイタズラが成功したときのような無邪気な笑顔を向けて、逃げるように店の中に戻っていった。
 そしてその勢いのまま、母親らしき女性の足に後ろから抱き付いた。
 微笑ましいその光景を見届けたぼくは、左右揃った手袋を嵌めて家路に着く。
 暖かいのは、手だけじゃなかった。


いいなと思ったら応援しよう!