3.工房の中で/木工屋の男

 あ​るとき、少女は木工屋の工房の中にいました。

​ 棺桶に付いていた木の車輪が、荒れ道のせいで壊れてしまったのです。

​ 雑多な工房の隅っこで、手作りの椅子にちょこんと座り、少女は木工屋の仕事を眺めていました。椅子の隣には、車輪を外された普通の棺桶がありました。

「​棺桶用の車輪だァ?」​

 少女が工房に来て、注文を口にしたとき、木工屋の男は怪訝な顔を隠しませんでした。それから、男は眉間に皺を寄せて唸りました。

「​その棺桶、中身は空か?」

 少女は首を振りました。

「​じゃ、何が入ってる?」
​「ヒトよ」
「​死人か」
「​違うわ」
「​そうか」

​ 問答を終えた木工屋はなにやら考え込み始めました。

「​ねぇ」
「​あン?」

 少女は小首を傾げて尋ねます。

「​中身が何かなんて、車輪作りに関係があるの?」
​「なに言ってやがる。大アリだバカヤロウ」

​ ぴしりと言い放った木工屋は、パイプを懐から取り出して銜え、少女に言いました。

「​よぉし、分かった。作ってやろうじゃねぇか。……​入んな、お嬢ちゃん」

​ 棺桶に付けられた車輪を調べた木工屋は、さっそく図面を引き、木を切り出し始めました。少女は用意された椅子に座って、それを眺めていました。

「​木を削ってン十年になるが……」​

 鑿ノミを片手にパイプを吹かし、木工屋は呟きます。

「​それでも棺桶に付ける車輪なんてのァ、初めて作るぜ」
「​そう。迷惑?」

 床に届かない足をぶらぶらさせて、少女は尋ねます。

「​いいや」

​ 切り出した木を削りながら、男は答えました。

「​たまにゃいい」

 少女は木工屋が作業をしている間、どこにも行かず、ずっと男の仕事を見ていました。

「​飽きねぇか?」

 男は削った部品を睨むように見ながら、後ろにいる少女に向けて言いました。

「​ううん。面白い」
「​そうか」

​ 外が暗くなっても、少女はずっと木工屋の仕事を見ていました。

「​腹ァ空かねぇか?」

 ランプの明かりを頼りに車輪を組み上げながら、男は飲まず食わずの少女に聞きます。

「​ううん。平気」
「​そうか。……​眠くねぇか?]
​「ううん。平気」
「​そうか。眠くなったら無理しねぇで寝ろ」
「​うん」

​ 翌朝、目に隈を作った木工屋は、出来上がった二組の車輪を棺桶に取り付け、美味そうにパイプを吹かしました。

「​おら、出来たぞ。持ってけ」
「​ありがとう」

​ 昨日と何一つ変わらない少女は、お礼を言い、コインの詰まった袋を差し出します。
 ​木工屋の男は腕を組み、ふんと鼻を鳴らしました。

「​いらねぇよ。ガキのオモチャ作って金なんざ取れるかってんだ」
「​いらないの?」

 少女は袋を差し出したまま、小首を傾げて尋ねます。

「​いらん。その代わり大事に使え」

 パイプを口の端から端へ動かして、木工屋はそっけなく言いました。

「​悪い連中にとっ捕まらねぇように、気ぃ付けて行け」
「​ありがとう」

​ コインを仕舞った少女は、木工屋に背を向けます。

​ ころころと車輪を転がし、棺桶を後ろに連れて、少女はまた歩き出しました。

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