15.化け物は悪か?
ダレンが目を瞬かせた。
「なんですと?」
いましがた聞いた言葉が信じられないといった唖然とした表情をしている。リチャードは落ち着き払った様子で再度告げた。
「私がケネス・オルブルームを殺しましょうかと、そう言ったのです」
「なぜ、あなたがそんなことを」
ダレンの瞳が困惑に揺れる。多少なり親しくなった同胞を殺すだなどと、なぜ冷静に言い放てるのか分からないといった風だ。
「彼があなた方に行う所業や彼が行わせた悪事に、私にも思うところがあったのです」
リチャードは卓上で指を組む。
「いかに同族とはいえ、許しがたい行いです。私にけじめを付けさせていただきたい」
ダレンの目をひたと見つめ、リチャードは訴えかけた。
「残念ながら、私にはあなた方の命は守れません。しかし尊厳を守ることは出来ます。吸血鬼に協力した眷属ではなく、吸血鬼に殺された哀れな被害者として死ぬことで、あなた方に汚名が着せられるのは防げるでしょう」
「……私達に高潔な死を選べと言うのですか」
苦々しく吐き出すダレンを見て、リチャードの顔が悲しみに染まる。リチャードとて分かっていた。自分がとても選び難く、残酷な提案をしていることを。しかし、彼が村人達にしてやれるのはそれが精一杯なのだ。自分が教会の助けを得られない立場であることが心苦しかった。
「お話は分かりました。しかし私の独断で決めるわけにはいきません。村の者たちと話し合わなければ」
まとめ役としての責任感か、ダレンは取り乱さず粛々と事態を受け止めている。強く反発され、追い出される可能性も考えていたリチャードはダレンの冷静さに感謝しながら答えた。
「もちろん分かっています。3日後、またお宅に伺いますのでどうかそれまでに答えを用意していただきたい」
ダレンは瞑目して力なく頷く。彼に掛けられる言葉が思いつかず、では失礼します、と言ってリチャードは席を立った。重苦しい空気に包まれた客間を出て、ダレンの妻にお茶の礼を言う。そうして玄関の扉をくぐると
「あ、リチャードさん」
すぐ隣から声を掛けられた。
「エルシーさん」
村長宅の玄関脇の壁に背を預けて、エルシーが立っていたのだ。てっきり仕事に戻ったものだと思っていたので珍しく不意を突かれた。
「仕事に行こうと思ったんだけど、やっぱり気になっちゃって」
エルシーはバツが悪そうに足で地面を弄びながら言う。
「ね、リチャードさん。少しお話できないかな?」
村長宅から少し歩いた、人気のない林道に二人はいた。
「ここでいいかな」
そう言ってエルシーは手近にあった切り株に腰を下ろす。リチャードも斜め向かいにある切り株に座った。
「あなたは私が怖くないのですか?」
エルシーに問いかける。ケネス・オルブルームによって吸血鬼に対する村人の印象はかなり悪い。リチャードがケネスと同族と知れてからは、気さくに話しかけてきた以前とはまったく違う、恐れの感情を向けられている。けれど、エルシーからはそれが感じられなかった。
「う~ん、そうだなぁ。なんでかな? 私、リチャードさんを怖いとは思わないんだぁ」
命の恩人だからかな、とエルシーは小首を傾げる。実際、リチャードが彼女の命を救ったことは確かだ。盗賊に攫われていたら、弄ばれて殺されるか、人買いに売られていただろう。ろくな目に合わないことは容易に推測される。
「昔ね、私がちっちゃいころ」
揃えた膝頭に肘をのせ、顎に手を付いてエルシーは話し始めた。
「人狼の親子がこの村に来たことがあったの」
人狼。ウェアウルフとも呼ばれる狼に変身することが可能な種族だ。昔はモアナ教と敵対していたが、数十年前に和解し討伐対象から除外されている。とはいえ、人の社会で見かけることは依然として少ない。
「最初は怖かったけど、人狼の男の子は遊んでみたら思ったよりも普通で、だからなんていうか」
言葉を探すように地面に視線を落とし、
「人間じゃないからって悪い人、人じゃないけど、とにかく悪い奴? とは限らないんじゃないかって思うの」
そのときのリチャードの心境をどう表すべきか。感動と呼ぶには小さく、静かで、しかしとても胸に迫る感情を彼は覚えた。悪意と理不尽を多く知るリチャードは、エルシーのその考え方にほんの少し癒やされている自分を感じた。
「あなたは、とても優しいですね」
穏やかなリチャードの言葉に、しかしエルシーは頭を振る。
「そんなことないよ」
思い出を懐かしむような表情が暗く沈む。自分の罪を懺悔する信徒にも似た、思いつめた顔をしていた。
「ねぇ、リチャードさん。お願いがあるの」
リチャードと目を合わせて、エルシーは言う。
「あの男を、ケネス・オルブルームを殺して」