
居場所のない君と魂の叫び
私は君と出会った日のことを、今でも鮮明に覚えている。
大阪・道頓堀のグリコの看板が、いつもより眩しく感じた夜だった。私は仕事帰りに、何となくグリ下を通りかかった。そこで君は、スマートフォンの青白い光に顔を照らされながら、一人で座っていた。
16歳。まだあどけなさの残る顔立ちだった。
私は普段、見知らぬ人に声をかけることはない。でも、君の横顔に何か引き寄せられるものがあった。疲れているような、でも何かを必死に求めているような表情。
「具合でも悪いの?」
私の声に、君はゆっくりと顔を上げた。目が合った瞬間、私は理解した。君の中にある深い孤独を。それは私自身がずっと抱えてきたものと、どこか似ていた。
「大丈夫です」
そう答える声は、か細かった。でも、その後に続いた君の言葉が、この夜の始まりだった。
「でも、少しだけ話を聞いてもらってもいいですか?」
私たちは近くの24時間営業のファミリーレストランに移動した。深夜のレストランは、私たちのような迷える魂を受け入れてくれる数少ない場所の一つだった。
君は話し始めた。家での居づらさ、学校での孤立感、SNSの中でしか見つけられない一時的な繋がり。そして、死について考えることが増えてきたという事実。
私は黙って聞いた。時々、相槌を打つだけ。君の言葉の一つ一つが、重たい意味を持っていることを感じながら。
「なんで、こんな話を知らない人にするんだろう」
君は苦笑いを浮かべながら言った。
「話せる相手がいないから」
私はそう返した。それは、かつての自分の経験から出た言葉だった。
「僕も昔、君と同じように考えていた時期があったんだ」
私の言葉に、君の目が少し広がった。
「本当ですか?でも、今はちゃんと生きてますよね」
「うん。でも、簡単じゃなかった」
私は自分の経験を話し始めた。20代前半の頃、仕事の重圧と人間関係の躓きで、何度も死を考えた日々のこと。周りの期待に応えられない自分を責め続けた日々のこと。そして、どうやってそこから抜け出してきたのか。
「完璧な解決方法なんてないんだ。でも、少しずつ前に進むことはできる」
君は黙って聞いていた。私の言葉の一つ一つを、慎重に受け止めているようだった。
その夜以来、私たちは定期的に会うようになった。君の話を聞き、時には助言を。でも、多くの場合は、ただそこにいること。それだけで、何かが変わり始めているように感じた。
ある日、君は言った。
「死にたいって思う気持ち、まだ完全になくなったわけじゃないんです。でも、以前より少し軽くなった気がします」
その言葉に、私は少し救われた気がした。完全な解決なんて、簡単には見つからない。でも、少しずつでも前に進めることが、どれだけ大切か。私たち二人とも、それを学んでいた。
時は流れ、季節が変わった。君は少しずつ変わっていった。学校に行ける日が増え、新しい友達もできた。グリ下で過ごす時間は減っていった。
それでも月に一度は、私たちは会って話をする。もう以前のような重たい話ばかりじゃない。君の将来の夢や、好きな音楽の話。そんな普通の会話が増えていった。
昨日、君から一通のメッセージが来た。
「先生が『生きていてくれてありがとう』って言ってくれました。初めて、自分が生きていることに意味があるって感じました」
その言葉を読んで、私は思わず涙が出そうになった。命の重さ。存在の意味。それは誰かに与えられるものじゃない。でも、誰かとの繋がりの中で、少しずつ見えてくるもの。
私たちは今も、答えを探している途中だ。完璧な解決策なんて、きっとない。でも、それでいい。
大切なのは、一人じゃないということ。支え合える誰かがいること。たとえその繋がりが小さなものでも、それは確かに存在している。
グリコの看板は、今も変わらず道頓堀の夜空を照らしている。でも、その光の意味は、少し変わった気がする。それは今、希望の光として輝いている。
この物語は、まだ終わっていない。私たちの物語は、これからも続いていく。
生きづらさを抱える全ての人に伝えたい。
あなたは一人じゃない。
たとえ今は見えなくても、必ずどこかに、あなたの居場所はある。
それを見つけるまでの道のりは、決して簡単ではないかもしれない。でも、諦めないで欲しい。
なぜなら、あなたの命には、かけがえのない価値があるから。
今日も、大阪の街のどこかで、誰かが誰かの話を聞いている。その小さな営みの中に、私たちの希望は続いている。
君との出会いが教えてくれたこと。
それは、人は一人では生きられないということ。
でも、だからこそ美しい。
あれから一年が経った。
君は高校を卒業し、新しい道を歩み始めていた。専門学校で、カウンセラーになるための勉強を始めたと聞いた。「自分と同じように苦しんでいる人の力になりたい」という君の決意は、強く、まっすぐだった。
私は相変わらず、同じ会社で働いている。でも、何かが変わった気がする。君との出会いが、私の中の何かを動かしたのかもしれない。
週末、私はボランティアで若者の居場所づくりの活動を始めた。小さな一室だけど、誰でも来られる場所。お茶を飲んで、話をして、時には黙っているだけでもいい。そんな空間を作ろうと思った。
「先輩、これ見てください」
ある日、君からスマートフォンの画面が送られてきた。それは、君が書いたブログの記事だった。
『私が死のうと思った日々のこと』
率直な言葉で、自身の経験が綴られていた。死を考えるほどの孤独、誰にも言えない苦しみ、そして、一人の人との出会いで少しずつ変わっていった日々。
最後はこんな言葉で締めくくられていた。
『あの日、私は知らない人に声をかけられました。今思えば、危険な選択だったかもしれない。でも、その時の私には、誰かに話を聞いてもらうことが、水や空気のように必要だったんです。人は、時として奇跡的な出会いに救われる。私はそれを信じています』
記事には、既に数百のコメントが付いていた。同じような経験を持つ若者たちからの共感の声。「自分も今、同じように苦しんでいる」という打ち明け話。そして「勇気をもらった」という言葉。
君は、自分の経験を通して、誰かの光になろうとしていた。
「すごいね」
私はそう返信した。たった二文字だけど、その言葉に込められた感情は、とても深いものだった。
その週末、久しぶりに君と会った。以前と同じファミリーレストラン。でも、今回は真夜中ではなく、明るい昼下がりだった。
「実は、相談があるんです」
君は少し照れくさそうに切り出した。
「ブログを見た人から、直接話を聞いてほしいって連絡が来るんです。でも、私一人じゃ対応できなくて...先輩の居場所づくりの活動と、何か協力できないかなって」
その言葉を聞いて、私は少し考え込んだ。確かに、個人での対応には限界がある。でも、組織的な支援の形が作れれば...
「じゃあ、一緒に考えてみようか」
私たちは、新しいプロジェクトの構想を練り始めた。オンラインと対面のハイブリッドな支援の形。専門家との連携。ピアサポートの仕組み。
「でも、本当にできるかな」
不安そうな君の表情に、私は昔の自分を重ねた。
「完璧を目指す必要はないんだ。できることから、少しずつで良い」
君はうなずいた。その瞬間、窓から差し込む陽の光が、君の横顔を優しく照らしていた。
今、私たちは新しい挑戦の入り口に立っている。この先どんな困難があるかはわからない。でも、もう後戻りはしない。
なぜなら、私たちには確かな希望がある。
人は変われる。環境は変えられる。
小さな一歩の積み重ねが、大きな変化を生む。君が教えてくれたその事実が、私たちの道標になっている。
昭和から令和へ。時代は大きく変わった。でも、人の心が求めるものは変わらない。
誰かに理解されたい。
誰かの役に立ちたい。
そして、自分らしく生きていきたい。
その願いを叶えるために、私たちは今日も歩みを進める。
グリコの看板の下で始まった物語は、今、新しい章を迎えようとしていた。
私の机の上には、一枚の新聞記事が広げられていた。
「小中高生の自殺、過去最多の527人に」
活字の一つ一つが、重たく胸に突き刺さる。統計。数値。グラフ。その冷たい数字の向こうには、527の物語がある。527の叫び声がある。527の沈黙がある。
君からのメッセージが届いたのは、その記事を読んでいた時だった。
『また、死にたくなった子が来ました。中学2年生。家には帰りたくないって』
私たちが始めた居場所づくりの活動も、既に半年が過ぎていた。最初は週末だけだった活動も、今では平日の夜も開けるようになった。君は学校の勉強の合間を縫って、できる限り顔を出している。
『すぐ行きます』
私は会社を早退した。上司に事情を説明すると、意外にも理解を示してくれた。
「自分にも中学生の娘がいるんだ。最近、様子がおかしいと感じていて...」
オフィスを出る時、同僚が小声でつぶやいた言葉が聞こえた。
「自分の居場所なんて、大人だって見つけられないのに」
その言葉が、妙に心に引っかかった。
居場所。
それは物理的な空間以上のもの。心が安らげる場所。自分をさらけ出せる場所。誰かが待っていてくれる場所。
活動拠点に着くと、その中学生は既に帰っていた。代わりに、君が疲れた表情で座っていた。
「話、聞いてもらえますか」
私たちは、いつものように近くの公園に移動した。真冬の寒空の下、君は静かに話し始めた。
「あの子、リストカットの跡があったんです。見せてくれました。『親にバレないように、細く切ってる』って」
君の声が震えた。
「でも、それより怖かったのは、『これが普通だよ』って言ったこと。クラスの女子の半分くらいは、自傷行為の経験があるって...」
調査では、46%の未成年が「自分の居場所を感じない」と答えている。その数字が、今、生々しい現実として目の前にあった。
「私たちの活動、本当に意味があるのかな」
君の弱々しい声に、私は即答できなかった。確かに、私たちにできることは限られている。527という数字を、大きく変えることはできないかもしれない。
でも。
「一人の命を救えたら、それは全てを救うことと同じじゃないかな」
古い言葉を借りながら、私はそう答えた。
「それに、君自身がその証明じゃないか。一年前の君と、今の君を見てごらんよ」
君は少し考え込んで、そして小さくうなずいた。
その夜、私は遅くまで起きていた。パソコンの画面には、全国の若者支援団体のデータベースが広がっている。もっと連携できる方法があるはずだ。もっと多くの居場所を作れるはずだ。
深夜0時を回った頃、君からメッセージが来た。
『あの中学生から連絡がありました。明日も来たいって』
その後に続いていた言葉に、私は思わず目頭が熱くなった。
『私、あの子の笑顔が見たいです。だから、明日も頑張ります』
窓の外では、小雪が舞い始めていた。
数字では測れないもの。統計では表せないもの。
それは、一人一人の中にある、かけがえのない物語。
私たちは、その物語に寄り添い続ける。
たとえそれが、小さな一歩だとしても。
その冬は、特に寒かった。
私たちの活動拠点には、毎日のように新しい顔が現れるようになっていた。SNSで口コミが広がったせいか、遠方から来る子も増えていた。
「先輩、ちょっと相談が...」
君は少し困ったような表情で私に近づいてきた。活動を始めて一年近く、君はすっかりこの場所の中心的な存在になっていた。来る子たちの多くが、同年代の君となら話せると感じているようだった。
「都内から来る子が増えてるんです。夜遅くまで帰れない子も...」
確かにそれは問題だった。終電を逃して、どこにも行き場のない子をそのまま街に放り出すわけにはいかない。かといって、未成年を泊めるのは大きなリスクを伴う。
「シェルターの話は進んでる?」
私は尋ねた。ここ数ヶ月、行政との折衝を続けていた。若者のための緊急避難場所の設置。難しい課題だったが、少しずつ前進はしていた。
「はい。でも...」
君は言葉を濁した。行政の動きの遅さ。予算の問題。そして何より、親権との兼ね合い。解決すべき課題は山積みだった。
その時、入り口のドアが開いた。
「あの、ここって...」
声の主は、中学生くらいの男の子。制服は見たことのない学校のものだった。
「東京から来ました。インスタで見て...」
私と君は顔を見合わせた。まさに今話していた課題が、目の前に現れたのだ。
「どうしたの?」
君が優しく声をかけた。
少年は少し躊躇した後、ポツリポツリと話し始めた。いじめ。不登校。家庭での居づらさ。よくある話かもしれない。でも、その一つ一つが、彼にとっては世界の全てだった。
「もう、死のうかと思って...」
その言葉に、場の空気が凍りついた。
「でも、同じような経験をした人の話が聞きたくて。だから...」
少年の目には、涙が光っていた。
その夜、私たちは深夜まで話し合った。目の前の少年をどうするか。これから増えるであろう同じようなケースにどう対応するか。
「先輩、私に考えがあります」
君は真剣な表情で切り出した。
「専門学校で学んでいるソーシャルワークの技術を使って、全国のシェルターや支援団体とのネットワークを作りたいんです。今の私たちにできることは限られている。でも、繋がることで...」
その言葉を聞きながら、私は考えていた。
確かに、私たちの力は小さい。527人の命を守るには、あまりにも無力かもしれない。
でも、目の前にいる一人を守ることはできる。
そして、その輪を少しずつ広げていくことはできる。
「やってみよう」
私の返事に、君は明るい表情を見せた。
窓の外では、まだ冷たい冬の風が吹いていた。
でも、どこか遠くで、確かに春の気配が感じられた。
この国の子どもたちの46%が居場所を感じられないという現実。
その重い数字を、私たちは決して忘れない。
でも同時に、残りの54%の中に希望を見出だそうともしている。
そして、その比率を、少しでも変えていこうと決意している。
君が言っていた。
「死にたいと思う気持ちは、きっと生きたいという願いの裏返しなんだと思います」
その言葉を、私は大切に胸に刻んでいる。
春はやがて来る。
必ず来る。
その時まで、私たちは
この場所で、光を灯し続けよう。
春が来た。
桜の花びらが舞う中、私たちの活動は新しい展開を迎えていた。
「先輩、見てください!」
君は興奮した様子でスマートフォンの画面を見せてきた。画面には、全国各地の支援団体とオンラインで繋がれるプラットフォームの試作版が表示されていた。
「専門学校の先生が手伝ってくれて...プログラミングの得意な子も協力してくれて」
昭和100年。2025年。
時代は確実に変わっていた。かつて、悩める若者たちは町にたむろするしかなかった。グリ下や歌舞伎町。そこには危険も潜んでいた。
でも今は違う。
テクノロジーは、新しい可能性を作り出していた。
「でも、Face to Faceの関係も大切にしたいんです」
君はそう付け加えた。
「オンラインは入り口。でも最後は、人と人との直接の触れ合いが必要だと思うんです」
その言葉に、私は深くうなずいた。
活動拠点には、相変わらず様々な子どもたちが訪れる。
中学生。高校生。不登校の子。非行に走りかけている子。
みんな、何かを求めている。
「死にたい」
その言葉を口にする子も、まだ多い。
でも、その言葉の裏には必ず、「生きたい」という願いが隠されている。
先日も、一人の高校生が言っていた。
「SNSでは、みんな完璧な生活を送ってるように見える。でも、ここに来たら、みんな同じように悩んでることが分かった」
その子は続けた。
「昔の人って、こういう悩みなかったんですかね?」
その問いに、私は考え込んだ。
確かに、時代は変わった。
でも、人間の心が抱える根本的な痛みは、
それほど変わっていないのかもしれない。
ただ、表現の仕方が変わった。
助けを求める方法が変わった。
そして、社会の目も少しずつ変わってきた。
「死にたい」という言葉を口にできる。
それは、ある意味で進歩なのかもしれない。
だからこそ、私たちは
その言葉をしっかりと受け止めなければならない。
「先輩」
君の声が、私の思考を中断させた。
「今度、うちの専門学校で講演会をやることになったんです。テーマは『居場所』です」
君の目が輝いていた。
「私、伝えたいんです。一人じゃないってこと。必ず誰かが話を聞いてくれるってこと」
その言葉に、私は一年前の君を思い出していた。
グリ下で、スマートフォンの青白い光に照らされていた君を。
人は変われる。
そして、人は人を変えることができる。
新しい季節の風が、桜の花びらを舞い上げていた。
私たちの物語は、まだ始まったばかり。
この国の若者たちの物語も、まだ始まったばかり。
統計は、まだ厳しい現実を示している。
でも、その数字の向こうで、確実に何かが動き始めている。
君は言った。
「この活動を続けていれば、きっといつか...」
その言葉が途切れた時、
新しい来訪者を告げるドアベルが鳴った。
私たちの、今日もまた始まる。
「先輩、こんな記事を見つけました」
君は私にスマートフォンを見せた。
『AIと話すことで心の安らぎを得る若者たち急増 ―人工知能との対話で居場所を見出す―』
私たちの活動拠点で、その日は珍しく来訪者が少なかった。
「最近、カウンセリングAIを使う子が増えているみたいです。24時間応答してくれて、否定されることもない。だから...」
君の声には、少し不安が混じっていた。
確かに、時代は急速に変化していた。2022年末から始まった生成AI革命は、私たちの生活を大きく変えていた。若者たちは、人間関係の煩わしさを避けて、AIとの対話に安らぎを求めるようになっていた。
「でも、それで本当にいいのかな」
君は続けた。
「AIは優しく話を聞いてくれる。でも、本当の意味での『共感』はできないんじゃないかって」
その時、活動拠点のドアが開いた。
入ってきたのは、いつも来ている高校生の女の子だった。彼女は、普段はスマートフォンを離さない子だった。
「あの...今日は、ちょっと話を聞いてほしくて」
彼女は、珍しくスマートフォンをカバンにしまっていた。
「AIアプリとずっと会話してたんです。でも、どうしても埋まらない何かがあって...」
彼女の告白は、私たちに新しい課題を突きつけた。
テクノロジーは確かに、孤独を紛らわせてくれる。
でも、人間の心が本当に求めているものは、
もっと別のところにあるのかもしれない。
「実は、私もAIと話すことがあります」
君が静かに語り始めた。
「でも、それは道具として使っているんです。最終的に必要なのは、人と人との繋がり。温かい手の感触や、相手の表情。たとえ言葉に詰まっても、そこにいてくれる誰かの存在」
私は、君の言葉に深くうなずいた。
統計が示す「居場所のなさ」。
それは、物理的な場所の問題だけではない。
心の居場所。魂の居場所。
AIは、その一時的な避難所になれるかもしれない。
でも、本当の意味での「居場所」は、
人と人との間にしか生まれない。
「私たちにしかできないことって、きっとあるはずです」
君の言葉には、強い確信が込められていた。
その夜、私たちは遅くまで話し合った。
AIと共存する時代に、私たちは何ができるのか。
人間にしかできない「寄り添い方」とは何か。
窓の外では、春の夜風が吹いていた。
テクノロジーは進化し続ける。
でも、人間の心が求める本質は、
それほど変わらないのかもしれない。
誰かに理解されたい。
誰かに必要とされたい。
誰かと繋がっていたい。
その願いは、
どんなに時代が変わっても、
人間の心の奥底に残り続ける。
君は言った。
「先輩、私たちの活動も、もっと進化させないといけないですね」
その言葉に、私は新しい希望を感じていた。
AIと人間が共存する時代。
その中で、私たちは新しい「居場所」の形を
模索し続けている。
「先輩、この数字、どう思いますか?」
君は、一枚の資料を私の前に置いた。
『小中高生の自殺者数527人』
『未成年の46%が居場所を感じない』
活動を始めてから一年半。
私たちは、この数字と向き合い続けてきた。
「実は...」
君は少し言葉を濁した後、続けた。
「私、あの日死のうと思ってグリ下に来てたんです」
その告白は、私の心を揺さぶった。
あの夜、もし声をかけていなかったら。
もし、すれ違っていたら。
「でも今は、その経験が私の強さになっています」
君の声には、確かな意志が込められていた。
「死にたいと思う気持ちが分かるから。その痛みが分かるから。だからこそ、同じように悩む子たちの心に、少しだけ触れることができるんです」
その時、私たちの活動拠点に新しい来訪者があった。
中学生の男の子。
制服は乱れ、目は充血していた。
「死にたい...」
その一言を吐き出すと、彼は崩れるように座り込んだ。
君は、静かに彼の隣に座った。
「私も、そう思ってた時があったよ」
その言葉に、男の子は少し顔を上げた。
「本当に?でも、今は...」
「うん。今は生きてる。そして、あなたの話を聞けることが、私の喜びになってる」
彼は、少しずつ話し始めた。
学校でのいじめ。家族との断絶。
そして、誰にも理解されない孤独。
「先生も親も、『頑張れ』としか言わない」
その言葉に、私は現代社会の抱える闇を見た。
「頑張れ」
「我慢しろ」
「強くなれ」
そんな言葉で片付けられない魂の叫びが、
今、目の前にあった。
君は、ただ黙って聞いていた。
時々、小さくうなずくだけ。
「泣いていいんだよ」
君のその一言で、彼の堰が切れた。
大粒の涙が、頬を伝う。
それは、魂の浄化のように見えた。
窓の外では、夕立が降り始めていた。
まるで、彼の涙に共鳴するかのように。
私は考えていた。
この国の子どもたちが抱える痛み。
それは、個人の問題ではない。
社会全体で受け止めるべき課題なのだ。
「ねぇ、また来てもいい?」
帰り際、彼はそう尋ねた。
「もちろん」
君の返事に、彼は小さく微笑んだ。
その夜、私は遅くまでパソコンに向かっていた。
全国の支援団体とのネットワーク作り。
行政への働きかけ。
そして、新しい取り組みの企画。
君からメッセージが届いた。
『先輩、私たち、正しい道を歩んでますよね?』
私は、迷わず返信した。
『ああ、間違いなく』
魂の叫びに耳を傾けること。
その痛みを受け止めること。
そして、共に歩むこと。
それが、私たちにできる最も大切なことなのかもしれない。
雨は、まだ降り続いていた。
でも、どこかで夜明けは必ず来る。
私たちは、その時まで
光を灯し続けよう。