【コギトの本棚・エッセイ】 「『代償』のこと2」
シナリオ執筆が開始したのは去年の十二月のことでした。
プロットの時点から、守口さん、本田さんというお二人と共同で筆を進めていくということが決まっていました。いわゆる共同脚本というやつです。
「共同脚本」と言っても、進め方は様々です。たびたび引き合いにだして恐縮ですが、現時点で気軽に共同脚本の様子が垣間見られる本は橋本忍氏の「複眼の映像」です。
(他には依田義賢氏の「溝口健二の人と芸術」という本も)
そこには、基本的にほとんど共同脚本である黒澤組のシナリオがいかにして出来上がっていくかが赤裸々に描かれているわけですが、ただ「共同脚本」をしてこの限りではありません。やり方は千差万別だと思います。
「代償」においての共同脚本、つまり僕らが採った方法がどんなものだったのかを少々紹介してみますと、
まず、我々三人で各々ハコを作ります。これに五日ないし一週間、三つできたハコを基に本打ちをして、綿密に作戦を立てます。
その後、ハコを一本化して、再び各々シナリオに着手。その一週間後、宿に集まり二泊かけて三つできたシナリオをまた一本化していく、という流れでした。
(ちなみに「ハコ」というのは、各シーンの梗概と順序を示したものです)
文章で書くとサラッとしているかもしれませんが、なかなかどうして大変な作業です。
なにせ、各話、のっけから三バージョンでき、かつ、それをまとめてシナリオにしていくわけですから。
しかし、大変だけあって、とても実りのある方法でもありました。(ちなみにこの方法は現在とても珍しいと思います)
シナリオはより多くの眼にさらすことによってより磨きがかかるもの。三人のシナリオライターと監督が一つの話を徹底的に考えぬいて作るのは、辛い作業だけれど結果的に作品にとってはとてもよい作用があることがわかりました。
多くの局面で、共同脚本である守口さん、本田さんに助けられたわけですが、一応、年齢的に僕が一番年上です。仕事をしてきた経験ももしかしたら一日の長があったかもしれません。
なぜこんなことを書くかというと、別に、「俺の方がエライんだぞ」なんて威張りたいがためではまったくありません。むしろ、共同脚本における各々の役割の中で、自分の立ち位置をちゃんとわきまえ、作品に貢献できたかを、自分で省みたいからです。
実は、僕にとって『配信連続ドラマ』を書くことは初めての体験ではありませんでした。 およそ十年前、ギャオという配信チャンネルで、オリジナル連続ドラマを書いたことがあったのです。
ネット環境、そしてドラマ視聴環境は今のそれとは全く異なるものだったと記憶しています。ですので単純に内容を比較はできないとおもいますが、ともかく、当時僕は『配信連続ドラマ』を「共同脚本」で執筆しました。
共同相手の方との年齢差は10歳ほど。奇しくも今回の「代償」をちょうど裏返すように、当時の僕は現在の守口さんや本田さんのように30代のとば口、当時の共同相手の方は今の僕のように40代のとば口だったのです。
当時の僕はまだまだ駆け出しで、今から思えば至らぬ点ばかりでした。けれど、共同執筆者の方は、どんな局面においても僕を見下したりはしませんでした。当然観ておくべき映画を観ていなかったりすると、「えー!観てないの!」と叱られたりしましたが、いつも同じ地平に立ち、シナリオに向き合ってくれました。
彼だけではありません。他にも僕はこれまで数度「共同脚本」を経験しましたが、どの先輩脚本家たちも、同じように僕に知識や知恵を授けてくれたように思います。
翻って、年月が経ち、経験だけは積み重なってきた僕が気付けばあの時の先輩脚本家のようになっている、なんてことがいつのまにか増えてきました。
この「代償」もそうです。
脚本家の良しあしは、決して経験に依りません。ほとんどが才能に依拠します。その意味で、守口さんと本田さんに疑いがないことは先に断っておくとして、僕は、十年前の「共同脚本」の経験がなければ、今回のこの「代償」のシナリオ創作を乗り切れなかったかもしれないと、今になって思ったりするのです。
「あの時の先輩脚本家のように、僕は、守口さんと本田さんと共に仕事をできただろうか」と、省みたりするのです。
それはきっと、十年後、彼らが再び、今の僕のように、後輩脚本家と「共同脚本」の仕事をする時に答えが出るのかもしれません。
ちなみに、「代償」は全六話完結となっています。つまり、六話分のシナリオがあり、それを完成させるために、僕たちは六回宿に籠ったことになります。
宿は一部屋、四六時中顔を突き合わせ、シナリオについてほとんど禅問答のような話し合いをしているか、もしくは書いているかでした。(時には、「風呂に入るとアイデアが湧く」というジンクスが巻き起こり、湯船につかりながら共に裸でシナリオを練ったことも……)
まさに同じ釜の飯を食った仲、ほんと守口さん、本田さんとは戦友になった気分がしています。
と、ここまで書きながら、これらのことはあくまでシナリオこぼれ話。
「代償」裏話として高覧いただければ幸いです。
いながききよたか【Archive】2016.11.10