【コギトの本棚・エッセイ】 「『代償』のこと」
とうとう11月に入ってしまいました。
8月の声が聞こえたら、あっという間に年末だなんて戯言を年々笑えなくなってきました。
さて、そんな11月ですが、18日からhuluにて『代償』という連続ドラマの配信が始まります。今年の前半僕はほとんどこのドラマのために時間を費やしておりました。
原作を渡されたのが確か一昨年のこと、以来およそ三年ですか、とうとう完成の運びとなり嬉しい限りです。
そう言えば、あらためて経歴を見ると僕はこれまであんまり原作のある作品をやってこなかったようにみえます。
数えてみると……、たった二作品。
原作モノがほとんどの昨今、けっこうこれは椿事かもしれません。
ただ、実は、書いてないわけじゃないんです。
想像しにくいかもしれませんが、皆様が目にする映画・ドラマ共無事生み出されるのはほんの一握り、水子となった死屍累々の上に成り立っていたりします。
正確に数えたわけじゃありませんが、実感から言えば、10パーセントくらいでしょうか。つまり目にする作品の背後には10倍の成立しなかった企画が存在するわけです。
なので僕も多分に漏れず経歴の10倍は書いておりましょう。もちろんその中には原作をとる作品もありました。
よく原作とオリジナルは、それこそ仮想敵みたいにして二項対立させられることが多いようですが、これには疑問です。もちろん、双方同じ論理でシナリオ執筆できるわけではありません。しかし、だからと言ってオリジナルの方がエラいというのは解せません。
同じように、原作モノの方が企画を通しやすくなっている現状にも一抹の疑念があるのですが……。
話が横道に逸れました、ともかく『代償』です。
原作を受け取ったのが、そう、2014年のちょうどいまごろでした。
受け取り一気読み、あまり勘が働く方ではないのですが、僕はその時「なるほど、これは面白くなる」と予感しました。
さっそくプロデューサーに連絡を入れてぜひ参加させてほしいという旨伝えたのでした。
そこから怒涛のプロット作りが始まります。
かの橋本忍さんの言葉がよみがえったものです。曰く、原作を相手にする時、それを牛に見立て、「飽きるほど眺めた後、一閃首を切り落とすやその生き血でシナリオを書くのだ」そう。
僕なんかにはとてもまねできそうもありませんから、ひとまず原作を繰り返し繰り返し読み込むことから始めます。そこからできるだけ詳細に腑分けして、登場人物一人一人の行動を追い、時系列に並べ、長い長い年表を作るのです。
そうしているうちに、段々と頭の中でキャラクター達が躍動してきます。なんというか、ドラマとして描くべき背骨のようなものがちらっちらっと見え隠れし始めるのです。
「代償」は法廷ドラマという性格がその根幹にある物語です。しかし、そのうちもしかしたらそれは建前で、本質は違うんじゃないかと僕は思うようになりました。読めば読むほど、原作者の伊岡さんが背骨にしていたものを、遅ればせながら理解できてくるような感覚です。
それは何か?
本編を見て感じてほしいなと思うわけですが、一口で言うなら、「人は誰しも不完全である」ということでしょうか。
昨今映画やドラマを見渡してみると、意外に完全無欠のヒーローが多いことに気がつきます。もちろん、ヒーローが敢然と悪に立ち向かい、苦心の末打ち倒す物語には爽快感があります。
映画やドラマが夢を見る装置であるなら、願わくばそうありたいという願望を叶えてくれる痛快な物語は圧倒的に正しいと思います。
けれど、同時に映画やドラマは時に弱々しい我々に寄り添うものであったりもします。
「代償」には一人だけ完全無欠の人物が登場するのですが、彼はヒーローではありません。ヒーローどころか、すべてをないがしろにしていく純粋悪のような存在……。
弱々しい僕らと等身大の主人公が仲間たちを奪われながらも克己して純粋悪に立ち向かう、こんなストーリーラインがおそらく「代償」の背骨だろうと僕は見定め、プロット作りを進めました。
やがてプロットをなんとか完成させ、いざシナリオ執筆に突入した時、今思えば、原作を開く回数は減っていました。原作を徹底的に頭に叩き込んだからであり、もはや「代償」は小説から映像へと転化している最中だったからとも言えます。
ハッ、奇しくも橋本さんの言ったとおりになっていたのかもしれません。なにぶん筆が鈍重なだけに、新鮮な生き血とはいきませんが、発酵に発酵を重ねたブラッドソーセージくらいにはなっていたかもしれません。
シナリオ執筆は進みます。けれどなかなか一筋縄にはいきません。
もとより、せっかくの配信ドラマです。昨今の超絶志高い海外ドラマ群に勝らずとも、なんとか近づけるような作品にできないかという野心を持って臨んだということもあり、納得がいくまでは時間が許す限り深堀りし続けたのでした……。
さて、その顛末ですが、せっかくですので、引き続き改めてこの紙面でしたためようかと思っています。
いながききよたか【Archive】2016.11.0#3