【コギトの本棚・エッセイ】 「ゆっくり食べると美味しい」


昨晩、お寿司を食べてきました。
スシロー、くら寿司以外のお寿司です。
いやぁ、美味しかったです。
なにが美味しかったかと言うと、まあ、お寿司そのものも美味しかったのですが、お腹の具合が美味しかった。
バクバク喰らうのではなく、時間をかけて話をしながらパクパクと食べるのです。するとあら不思議、食後感がすっきり。思わず食べた後、家人に「ゆっくり食べると美味しいなぁ」と言ったもんです。
そんな僕の言葉を聞いた家人は目を白黒させておりました。

僕は余人をもって代えがたいほどのせっかち者です。
セブンイレブンのアイスコーヒーを買う時はいつもレジに並ぶ前に百円玉を手にして、カップを店員さんに見せ、百円玉を置き、そのままコーヒーマシンへ向い、向いながらべりっとフィルムを剥がして、いまいちレスポンスの悪いスイッチを必ず二度押し、よどみない動きでそのままストローを取り、出し、上蓋に挿して時を待ち、ブーブーという合図が鳴るや否やコーヒーの入ったカップを取り出して歩きながら蓋をして、ドアをまたぎながらまだ冷え切る前のアイスコーヒーをすする程のせっかち者です。
いつも家人に嫌がられます。
「いつも急かされてるみたい」
いえ、決してそんなつもりはないのですが、思い当たらないフシがなくもありません。きっといついかなる時も無言・無意識の圧をかけているのでしょう、「早くしろ」と。

言い訳させてもらうと、半分は自分のせいだとして、もう半分は僕を育てた親の躾のせいだと言いたいところです。
僕の父親は僕の百倍はせっかちな人でした。自然と育て方もせっかちになります。
彼が口癖にしていた金言はこうです。
「おっそいことはネコでもできる」
けだし名言なのかもしれません。
工夫して何事も早くすることが何より人間的な営みだと、まあ、そこまで深い意図が彼にあったとは思えませんが。
食事時、話をすると、かなり圧をかけてこう言われたもんです。
「黙って食え」
そのおかげで僕は子供の頃から家での食事に10分と時間をかけた事がありません。
徹底していたなと思うのは、外食時、注文の提供が少しでも「ネコ」っぽいと僕の父は、「行くぞ」と、金を払って出て行ってしまっていたことです。他の店に入り、改めて食事にありつく時間を考えれば、元いた店で待っていた方が早いような気がしなくもないですが、そこは彼の美学に反するのでしょう。
さすがに僕はそこまでしませんが、やはりこう思います。
「遅いなぁ」

我らの業界にも似たような金言があります。
「早飯早グソは才能のうち」
確かに、世の中には早いことが美徳とされる局面が少なくありません。
シナリオだって、早書き作家はそれだけで裏ドラが一個のっているようなもの。少し才能がないくらいのことなら早書きでカバーできます。それどころか、結構食っていけたりします。

でもです。もう一度言います。
ゆっくり食べると美味しいのです。
しかし、これができない。
逆説的ですが、美味いものは早く食っちまいたくなるんです。早く食うってことは、必然的に大食につながります。大食するということは満腹を得られますが同時に苦しさも味わなければなりません。なかなかパーフェクトな食事を経験できないでいます。
たとえば一皿百円の回転ずしなどに行く時がいい例です。
好きなものを好きなだけ食べられるという前提にテンションが上がりまくってしまい、食欲という怪物を解放し一気呵成に頼みまくってスタートダッシュです。その実、食べているのだか詰め込んでいるのだか、わかりません。ものの10分くらいでだいたいお腹の方は一杯になっています。しかし、なにかもの足らない気がして、胃袋の方では「もう止めておくれ」と悲鳴を上げているにも関わらずあえてそれを無視して押し込みます。これでは食後感などよくなろうはずがありません。
これが食べ放題やらビュッフェやらとなったらもう連戦連敗です。
回転ずしとビュッフェを、先発、中継ぎ、抑えの投手リレーで綺麗に完封できるなら、もう彼は年齢がいくつであっても大人と呼んで差支えないと思います。
僕などは齢四十を目前にして、いまだに先発投手を引っ張り過ぎて、序盤で炎上です。
してみると、食事に関してはせっかちは下の下なのでしょうか。

いや、きっと食事に関してだけじゃありません。
僕はせっかちに加えて、極度に物忘れが激しいようです。
ジャムの蓋を閉め忘れたり、お風呂にお湯を張るのに栓を閉め忘れ、いつまでたってもお湯が溜らなかったり。
家人いわく、これはすべてせっかちのなせる悪癖なのだとか。
確かに。
せっかちがゆえに、目の前のタスクをいかに早く終えるかに集中し、終えたら終えたで満足してしまう、たとえば、パンにジャムを塗るというタスクが成功すればそれで満足し、ジャムの瓶の蓋が空きっぱなしだろうがおかまいなし、お風呂の自動ボタンを押すというタスクがなされさえすれば、栓がされているかどうかは厭わないという具合に。
なんだか、せっかち、あんまりいい性癖じゃないような気がしてきました。
よし、この際、せっかちを直そうと思います。
しかし、どうやって……。
……わかりました。
「ゆっくり食べると美味しい」ということをせっかち虫がうずくたびに思い出すことにしましょう。

いながききよたか【Archive】2016.10.06

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