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ふくろう探偵社の日常 vol.2

 どこかの寂れた町の夜更けだった。私立探偵敦賀ヤスハルは、ある男を尾行していた。グレーのトレンチコートを着たその男は、大股な足取りで歩いていく。
 その男は、間違いなくある女性を監禁している、とヤスハルは睨んでいた。まったく危険な仕事を引き受けてしまったものだ。彼は少々後悔しながら、男の背中を追い続ける。追いながら、一体この依頼を持ってきたのは誰だったのか、思い出そうとするがまるで思い出せない。それだけではなく、あの男を追いかけようにも、どうにも足が自由に動かないのだ。
 「まさか、さっきのバーで飲んだカクテルに、何かやばいものが混ぜられていたのではないか?」
 そんな疑惑が、ヤスハルの脳裏をかすめる。
 追っていた男が、身をひるがえすように建物の角を右へ曲がった。ヤスハルは重くて感覚の鈍くなった両足を必死に動かしながら男の曲がった角を用心深く曲がる。
 そこは、廃線になった列車の駅舎だった。古いひなびた駅の下で、煙草に火をつけるライターの小さな明かりが、ぽっとひらめいたのが見えた。トレンチコートの男だろうか?
 ヤスハルは、勘づかれないように建物の影にそっと身を滑り込ませた。しかしその時、草の中に落ちていた空き缶を誤って蹴ってしまい、それがカランと音を立てて転がっていったのだ。
 そして、次の瞬間には、ヤスハルの目の前に、鈍く黒光りする拳銃をかまえた男がニヤけた顔を見せながら姿を現したのだった。
 万事休す・・・

 そう思った時だった。
 どこからともなく、ビバルディの交響曲「春」が流れ始めた。初めは小さく、そしてその音は次第に大きくなり始めた。
 ヤスハルは、カーテンから射し込んでくる弱い光に薄目を開け、そしてビバルディを軽快に鳴らすスマートフォンを手で探った。
 朝の8時だった。
 「チャンドラーだったら、俺は拳銃かブラックジャックで殴られて気を失っているところだったな」
 ヤスハルは、さっきの夢のことを思い出しながらつぶやいた。
 この男は、先日探偵事務所をやるときめたばかりで、昨夜も寝る前に、キンドルでレイモンド・チャンドラーの小説を読んでいたところだったのだ。

 ベッドの脇には、古ぼけた木彫りのフクロウが鎮座していた。それは、父剛三がタバコ販売協会で旅行に行った時に買って帰ってきた土産物だった。先日、父の店の2階でヤスハルが見つけたのだ。
 それは、人がイメージする木彫りのふくろうのサイズーー仮にそんなサイズがあるとすればの話だがーーに比べて、思いのほか大きいサイズであった。例えて言えば、成犬になったセントバーナードが背筋を伸ばして座っているくらいのサイズだ。
 父が何を思って買ってきたのかわからないが、それは母にも家族にも不評で、置き場所もなく、仕方なく店の2階へともっていかなければならなかったのだ。正直、彼の土産物のセンスにはよくわからないところがあったが、ヤスハルがその血をしっかりと引き継いでいることは確かなことだった。
 そして、先日父の店でその木彫りの像を見つけ、がらくたに埋もれた姿がなんだかとてもかわいそうに感じて、ヤスハルは思わず持って帰ってきたのだ。
 彼が名付けた、「ふくろう探偵社」の由来である。

 彼は煙草を吸おうとしたが、すぐに煙草をやめたのを思い出した。そして、ツイッターで、軽く寝起きの気分と今朝の夢をツイートすると、出かける支度を始めた。
 快晴の秋の空、彼は愛車(自転車)トレックのクロスバイクにまたがった。このトレックが彼の持つ一番の財産であり、彼の日常の足でもあった。
 自転車でしばらく行くと、例のパン屋が見えてくる。まだ改装工事も始まっていない、古びたままの建物だ。朝日を浴びて、ヤマザキパンの看板が鈍く光っている。そこだけ時間が止まってしまっているかのようだ。
 彼は、目を細めながらその看板を見上げ、そしてまた走り出した。今日は、久しぶりに実家へ帰ることにしていたのだった。彼の決意を告げるために。

*****

 もう少し書こうと思ってましたが、予定よりもボリュームが大きくなってしまったので、今回はここまでに。
 できるだけ続きを書いていきたいと思います。

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