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伝説の靴べら

長い靴べらが欲しい。何故ならば、とても便利なモノだから。お世辞にも広いとは言えない我が家の玄関で全く屈む必要なく靴を履けるというのは想像以上の快適さだ。至福とまではいかないまでも一度味わってしまうとそれ無しの生活なんて考えられなくなるくらいの魅力は少なくともある。第一、靴を履いて表に出るという行為は言わば一日のスタートを切るという行為に等しいのだ。これをノンストレスに出来るか否かが、その日のコンディションを左右すると言っても過言ではない。

もちろん過去に何度か購入した事はある。始めて買った長い靴べらはプラスチック製。私の好きなオレンジ色の靴べら。かなり気に入って使っていたのだが、朝に急いで靴を履いたら力を入れすぎたのか「パキッ」と折れてお亡くなりになった。実に軽い音だった。享年およそ3か月。共用のモノを破壊してしまった事を家族になじられる前に私は「やっぱりプラスチックはダメね。すぐ壊れちゃって」と自分のせいではなく、あくまでも製品強度の不備が原因なのだとナチュラルに主張した。我ながら抜かりがない。
次に買った長い靴べらは過去の反省を元に丈夫そうなローズウッド製を選んだ。木製ならではの温もりを感じる高価な一品だったが、子供達が何を思ったのか刀のように振り回し呆気なく折ってしまった。享年およそ1か月。どうやら男の子というのは木製の細長いモノを見ると振り回したくなってしまう生き物らしい。いやはや、これは迂闊だった。

プラスチック製も、木製も駄目だと学んだ私が次に買った長い靴べらは金属製。鈍く光る銀色がその強靭さを物語る。さすが総アルミ。実に重厚である。「フハハハハ!これなら振り回しても折れないだろう!ていうか振り回さないでね?壊さないでよ?もし壊したら…わかってるだろうねぇ?」と予め子供達にプレッシャーをかけておく。若干テンションのおかしい親に怯える子供達。これなら想定外の使い方をして壊される心配もないだろうと思った。実際、このアルミ製の靴べらはとても丈夫だった。恐らく10年以上働いてくれたと思うのだが、別れは唐突にやってきた。「子供達も成長したし、もう靴べらを振り回す事もないだろう。このまま何十年と働き続けてくれそうだな」と思っていた矢先、玄関の床に真っ二つになって落ちているのを見つけた。原因はわからない。だが、折れるというより割れたという方がシックリくる感じに綺麗に分かれていた。さすがに「形あるモノはいずれ壊れる定めなのね…」なんて、そこまで綺麗に割り切る事は出来なかった。

プラスチック製も、木製も、アルミ製も駄目となっては、もはや伝説の素材を用いた一品を求める以外に道がない。何故ならば、私は絶対に壊れない長い靴べらが欲しいのだから。それこそミスリルでも、オリハルコンでも、アダマンタイトでも構わない。誰かそんな靴べらを作ってくれないものだろうか?悠久の時を超え、選ばれし者達だけに受け継がれる伝説の靴べら。そして、そんな靴べらが出来たなら是非とも軽トラで移動販売をして欲しい。その際には「丈夫で、折れない、長い靴べら。2本で1000円。20年前のお値段です!」とでも拡声器でアナウンスしていただきたい。そんな車が来たら私は今すぐにでも呼び止めて、喜び勇んで買わせていただく事だろう。いや、別に2本は要らないんだけれども…。

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