やり過ぎ
体から血を抜く「瀉血」という治療法があります。
病気は血が汚れているのが原因だから、その汚い血を体から出してしまえば病気は治ると、中世のヨーロッパやアメリカで盛んに行われていました。
頭が痛ければ瀉血、熱が出れば瀉血、咳が出れば瀉血、下痢でも便秘でもとにかく瀉血、とバンバン瀉血をして、出血多量(というのか?)で死んでしまった人もいるそうです。
瀉血をして、病状が悪化してしまった時点で、一旦瀉血を中止して様子を見よう、とはならなかったのでしょうか?
瀉血治療は現代でも行われていますが、出血多量で死者が出たという話は聞いたことがありません。
当時、他の方法がなかったという理由があるのかもしれませんが、疑うことをまったく知らないのは怖い。
が一方で我々は、信じることや一所懸命が大切と思っていたりもします。
五十肩の際、肩を動かさなくては治らない、と痛みに耐え、動かし過ぎて悪化する人がいます。
適度な運動は五十肩の緩和・改善に有効ですが、やり過ぎてはいけません。何でそこまでがんばってしまうのか?
読んでくれてありがとうございます。
なぜ、がんばり過ぎてしまうのかと言えば、短期間で効果を出そうとするあまりに、というケースが少なくありません。
他人のことを言えた義理ではありませんが、時間が掛かるものは時間が掛かる、ということを頭において、焦らず、怠けず、やっていけたらと思います。