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せめて一目だけでも、お顔を見てから

しばらく沈黙した後、唐突に先生は言った。

「婚活パーティーに行ってきたんですわ。」

驚いた私は「はぁ」としか言えず。

「女性の半分はマスクをしてたんですけど、お母さん、どう思います?」

「あ、それはあかんよね、やっぱり少しでもお顔を見なきゃ、決められないだろうから。」


この「先生」とは、肢体不自由の二女のリハビリの先生で、我が家に訪問に来ていただくようになって8年ほどになる。
なかなか長いお付き合いだ。

出会った当時、娘は特別支援学校を卒業したばかりで、先生は20代後半だった。

リハビリ初日、はじめましての瞬間、
「わ〜お!EXILEの中で踊っていそう!」
と、私は先生の姿を見て、そう思った。

高身長の細マッチョ。
顎ひげに爽やかスマイルを携えて、颯爽と我が家に登場した男性の先生に、私も娘もかなり緊張した。

私たち母娘、イケメンには慣れていない。

「ゆうちゃん、はじめまして。」の太い声で、娘の心拍数は急上昇。
娘は、これまで見たこともないようなニタニタ笑顔でリハビリの先生を見つめている。

おバカさんだ。

ついでに私も、娘の様子を先生に説明しながらも、半分以上が何を言ってるのかわからないくらい、うわの空。

おバカさんだ。

「息子と言ってもおかしくない年齢の先生やん!落ち着け、私。」と自分に言い聞かせ、平静を装う。

緊張感が漂う静かな部屋の中、リハビリが始まる直前に

「ちょっとすんません、僕、鼻が悪いんで。」

といって、先生がマイティッシュを出して、勢いよくお鼻を「ぶーーーーーっ」とかんだ。

「この兄ちゃん、平常心の塊だな!」と笑いが込み上げ、ゴミ箱を差し出しながら、一気に私の緊張が解けた。


しばらくの期間、毎週の若いメンズとの幸せリハビリタイムを、娘は浮かれた顔で楽しんでいた。
しかし長い付き合いともなると、先生に慣れ過ぎて全く緊張もトキメキもなくなり、最近では、リハビリ中に娘は平気で居眠りするようになった。


そのEXILE先生は、なぜか浮いた話もなく、ずっと独身のままだ。
充分にモテるタイプに思えるが、なかなか出会いの機会がなかったみたいだ、たぶんだけど。

だって、そんなプライベートな話は聞きたくても、こちらからはなかなか聞けない。

普段のリハビリ中は、勉強家でストイックな先生の話題に、ポジティブな刺激をもらいながら、私も時事ネタで会話を繋いでいる。

だから、突然の先生からの婚活話浮いた話に、おばちゃんの関心度は一気にMAXになった。

もっと詳しく聞きたい、でも、やっぱり聞けない。
「カップル成立したんですか?」とか、
「何度目ですか?」とか、
喉元まで出かかって、引っ込んでしまう。

核心に触れないように、遠回しにこの話題をさらに引っ張った。

「マスクしてると、美人さんやイケメンくんを勝手にイメージしますよね。外したら、あ、違う!みたいなこと、ありますからね。」

先生は、

「お母さん、そうなんですよ、マスク取ったら、男も女も、だいたい7割くらいは騙された感を感じますよね。だから顔を見て話したいんですわ。せっかくリアルな場に行ったんだし。」

って、ちょっと毒舌を交えて嬉しそうに答えた。

「せめてアクリル板タイムを作って、『さぁ、マスクを外してくださいね。』みたいな工夫をしたらいいのにね。」

との私のパスにも、

「そうでしょ、マスクしてるくらいならオンラインの方がいいやん!って感じですわ。2年前の時は、コロナ禍でマスクは必ず必要やったんで、その時は仕方ないって思ったんですけど。」

あら、2年前にもリアルへ行かれたのね。
その時は、カップル成立したのか、知りたいけど聞けない。

ついつい調子に乗って、私はマスク話を膨らませる。

お肉だって、端っこだけ見せて包装紙に包まれていたら、どれが霜降りかわからないですもんね!目だけを見て選ぶなんて無理ですよね!目だってメイクで盛り盛りかもしれないのに。いっそ、すっぴんでお見合いも良いですよね!」

それには、一瞬、間が空いて、先生も苦笑しながら

「あ、それっすね。肉っすね。」

で、話が終了した。
結局、カップル成立したのか、良さげなお相手がいたのか、肝心のところがわからないまま。

つい調子に乗って、話を飛躍し過ぎた。



婚活イベントは出会いを求めている場なんだから、「マスクをいったん外しましょう!」って主催者側も気を効かせればいいのにと思う。

いくら人柄やフィーリング重視だとしても、当日は多少、みんな猫をかぶるだろうし。

それに江戸時代じゃあるまいし、一生の伴侶候補は顔も見て決めたい、と誰もが思うはずだ。

でもこんな話をしてくれるなんて、8年間で、私はすっかり、先生の親戚のおばちゃんになれた気がした。
もう、私が先生の前で、すっぴんでも大丈夫なくらいに。

クリスマスも、もうすぐですよ。
EXILE先生に、幸あれ。




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