おかえりなさい、おにぎりと豚汁をどうぞ。
「長女たち、何を食べているんだろうね。」
「そりゃ、ピロシキだろ。」
と、新聞を読みながら、夫は私の問いかけに適当な返事をした。
「近いけど、北欧はロシアじゃないよ。それをいうなら、ボルシチでしょ。」
「何シキか何シチか知らんけど、間違いなく鮭やろ!」
またまた、トンチンカンな返事だ。
「鮭はとれるけど、北欧の人はあまり食べないらしいよ。たぶんパン系ばっかりだろうから、長女たちもそろそろ飽きてるよね。」
これは、先日の朝食のときの、夫と私の会話。
長女夫婦は一生懸命にお金を貯めて、新婚旅行で北欧4ヶ国を回っていた。
無事かどうかが気になるが、こちらから連絡するのも彼らの邪魔になるので、もちろん連絡はしなかった。
それに、どの国にいてどこを観光するのかは、行程表を預かっていたのでわかっている。
毎朝、その表を眺めて、スマホで街を検索しながら、彼らがどんな景色を見ているのか、私はひとりで想像を膨らませていた。
夫は、全く興味がない様子だったけど。
その日の夜、長女から「無事にノルウェーに着いて、フィヨルドがきれいだったよ」という内容のLINEが来たので、ついつい何を食べているのか、訊いてしまった。
すると、ランチの写真が送られてきた。
これは何?
カリフラワーしか、わからない。
ボルシチ?
グラタン?
スイートポテト?
でっかい餃子?
と尋ねてみた。
娘から返事が来る。
何かの白身魚とマッシュポテト。
こういうクリーム系が多い。
そろそろ、白いご飯と味噌汁が恋しい。
そんな長女とのLINEのやりとりを、帰宅した夫に話すと、
「そういえば、俺たちの新婚旅行は食事でひどい目にあったよな。」
と夫が笑った。
自分たちの遥か、遥か昔の新婚旅行を思い出して、2人で懐かしい話で盛り上がった。
*****
約30年前、まだ日本がバブリーな時代。
アメリカへの新婚旅行が、私たちの初めての海外旅行だった。
食べ物が『パンパン肉肉、パン肉、パン肉』で、2人ともだんだん日本食が恋しくなっていた。
旅行4日目の、ロサンゼルスでのフリーの夕食。
私たちはついつい好奇心で、ガイドさんから「夜は危険だから行かないように」と言われていたエリアにあるビルへ行き、そこの日本料理屋に入った。
夫はアメリカまで来て、なぜか奮発して鰻の蒲焼きを注文した。黒い皮がビヨーンと伸びて、噛みきれないゴムのようだった。
私が注文した煮魚は、白くて硬くて、グニュグニュしたホルモンのようだった。
味も醤油辛い。
半分も食べられなくて、私たちは逃げるように店を出た。
夜のロサンゼルスの裏通りがちょっと怖くて、全力で宿泊先のホテルまで走った。
誰も追いかけてこないのに。
でもこんな時、2人とも元陸上部でよかった、と思った。
ホテルで私は、お腹を壊した。
体調は最悪だった。
それからも、アメリカの食事がことごとく合わなくて、私はほとんど食べることができずに、残りの数日を過ごすことになった。
予約したはずの中華料理店が上手くreserveできていなくて、仕方なくスーパーマーケットで買ったロールパンが、唯一、私の身体に合う食事だった。
帰国して食べた白いご飯と味噌汁の、美味しかったこと、美味しかったこと!
五臓六腑に沁み渡るぜ、と思わず口から出たんじゃないかな、忘れましたが…。
でも、日本食ってやっぱり最高!って強く思った記憶がある。
*****
長女が帰国する日、土砂降りだったので夫が2人を駅まで迎えに行き、そのまま直接彼らをアパートへ送ることになった。
そうだ、2人の夕飯を作っておいてあげよう!
ごちゃごちゃ作るより、やっぱりこれがいい!
私は朝から材料を買い込み、張り切ってご飯を作った。
味噌汁の豪華版で、豚汁にしよう!
具材たっぷりの豚汁を娘たちに食べさせてあげたい。
おいなりさんもたくさん作った。
でも、やっぱり白いご飯がいいよなぁと思い、また追加でご飯を炊いて、おにぎりもたくさん作った。
タッパーにおいなりさんとおにぎりを詰め、小さな鍋に豚汁も入れた。
夕飯だけでなく、翌日の朝食にも食べられるくらいの量だ。
あとは、すぐに食べられるものや牛乳なども買ってきて、全てを大きな保冷バックに詰め込んだ。
夕方になり、夫はそれを持って、彼らを駅へ迎えに行ってくれた。
しばらくして、長女からLINEが来た。
ごはん、ありがとうございました。
2人で、沁みる〜、って言いながら、豚汁食べてます。
よかった、喜んで食べてくれて。
沁みてくれて。
2人がずっと行きたかった旅行に行けて。
無事に帰ってきてくれて。
やっぱり、どんなご馳走よりも、白いご飯と味噌汁が一番落ち着く、とつくづく思った。
この組み合わせは、長く日本で暮らす私たちの身体に沁みついているんだな、と思う。
これは、2人からのお土産です。
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