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真夏のビール売り娘と、レースクイーンのお姉さん

「いいバイトがあるんやけど、やらへん?」

大学3年生の夏だった。
同じ学科の鈴村くん(仮名)が、ゼミ室で私たちに声をかけてきた。

彼はバイトの鬼だ。

苦学生という印象は全くないが、とにかくバイトが好きで、学校をサボってせっせといろんなバイトをやっていた。

くるくるしたパーマ頭の彼は、いつもシャツのボタンを1番上まで留めて、ダボっとしたズボンを履いている。
セカンドバッグを小脇に抱えながらふらっとゼミ室にやってきては、いつ見ても、誰かと話しながらシステム手帳を開いて、スケジュールのやりくりをしていた。

予定でぎっしりにするのが趣味のような、不思議な人だった。

鈴村くんのことはさておき、


彼が持ってきたバイト話に、私たちはあまり興味がなかった。

「1日で12,000円、それを3日間、ちょうど夏休みだし、どう?よくない?」

ますます怪しい。そんなおいしい話、こんな田舎で、あるわけがない。
かなりやばい気もする。

「サーキットでバイトなんやけど、ツアー気分で、みんなで行こ!」

とか言ってくる。

サーキットは行ってみたい。
でもそのお値段は、まさか、レースクイーンみたいな格好をするのか!

私たちは、黙って首を横に振った。

「ビール売りをするだけ。それで1日12,000円。めっちゃいいやろ?」

迷った末に、それならばということで、ゼミ仲間の男子3人、女子5人で、サーキットのバイトをすることになった。
朝はかなり早いし、夜は相当遅くなるけど、そこは自由な大学生、時間なんて全く気にならない。

当日の夜明け前に、私たち8人は車2台でバイト先のサーキットへ向かった。


真夏のサーキットは灼熱地獄だ。
早朝だというのに、もうすでに暑い。

下はジーンズ、靴はスニーカーとだけ指定されていたので、私たちは似たような格好をして、遥かに離れた空き地の臨時駐車場からレース会場へ歩いて向かった。

サーキット会場の入り口の外にある長い通路には、たくさんのテントが並んでいた。
そのうちの3つのテントが、私たちの仕事場だった。だから、会場内には入れない。

テントに到着してすぐに、雇い主っぽいイベント兄さんから、みんながお揃いの服を渡された。
バドワイザーの缶ビールの絵がプリントされた白いTシャツと、赤く透明なサンバイザー。

私たち女子は、トイレで白いTシャツに着替え、サンバイザーのゴム部分が髪にフィットしやすいように、5人全員が、長い髪を左右2つの三つ編みに結って、テント下へ戻った。

大きな冷ケースが各テントに2、3台ずつ用意され、背後には山積みの缶ビールやジュースのダンボールが置かれている。

当時はおしゃれな酎ハイはなくて、アルコールはビールのみ。
ジュースは、不二家のレモンスカッシュ、三ツ矢サイダー、コカコーラ、バヤリースのオレンジ、ファンタグレープ、は記憶しているが、おそらくお茶は売っていなかった。

氷水の入った冷ケースに飲み物を補充しながら、ひたすらビールやジュースを冷やして売り続けるのが仕事だ。

「全部売り切れたら、今日の仕事は終わりです。あとは自由に場内でレースを観戦してください。スタッフのカードを首から下げていたら、会場の中へ自由に入れますから。」

イベント兄さんの言葉に、みんなが喜んだ。
お金を払わずに、むしろお金をもらってサーキットの大会を観戦できるなんて、ラッキー過ぎる。

会場からは、バイクの爆音がずっと聞こえていた。
サーキットに訪れる人の熱気や、お祭りのような賑わいで、気持ちも高揚してくる。

私たちは、午前中で売り切るのを目標に、呼び込みを始めた。

「ビール〜、ビールはいかがですかー!」

通りがかったお客さんたちは、ほとんどがツナギを着たバイク野郎っぽい人か、タンクトップの若者たちだった。

当時は飲酒運転に対して今よりもゆるゆるだったからなのか、みんなバイクや車で来ているはずなのに、朝からビールが飛ぶように売れる。

そのうち、冷ケースの中の氷が溶けてきたので、追加の氷の塊が冷ケースにぶち込まれた。
それをアイスピックで砕いて小さくするのも仕事だ。

アイスピックに慣れていない私は、冷ケースの中で氷を突いていて、缶ビールを刺して穴を開けてしまった。

慌ててイベント兄さんに謝ると、

「いいから、いいから、あんたが飲みな。」

と笑顔で言われた。

え?とか言いながら、あまり好きではなかったビールをいただく。
暑さのせいなのか、キンキンに冷えたビールが美味しく感じて、いけるやん!と思ってしまった。

当然、その様子を仲間たちは見ていた。

そのうち、兄さんはどこか別のテントへ行ってしまった。
そこにいるのは、私たち8人だけだ。

穴を開けたらビールが飲める、と知ってしまった私たちは、

「あー、やってしまったー、また穴を開けたぁ。」

と言いながら、ブスブスとアイスピックで缶に穴を開け、ビールやジュースを自由に飲み出した。(ほんとはダメですよー。今の時代、バレたら炎上ですから)

だんだん声もデカくなり、話し方も崩れてくる。

「ビール、ビールうてって〜」

「キンキンだよ〜、美味しいよ〜、お兄さん、ビール買うてってー!」

変な手拍子をしたり、暑過ぎて氷水に手を突っ込んだりしながら、楽しくビールを売っていたら、午後2時過ぎには完売してしまった。

翌日も販売するので、簡単に片付けたら本日の業務は終了。

フリータイムになり、私たち女子5人は、とりあえず会場内に入って、「ここはハワイの海岸ですか?」っていうくらいに水着のような格好の老若男女たちにびっくりしていた。

そして、黒だかりの輪の中心にいるレースクイーンに、さらに驚いて釘付けになった。

当時はハイレグが流行し、なんともセクシーなお姉さんたちが取り巻きからカメラを向けられて、笑顔を振りまいていた。

美しい。
スタイルが抜群だ。
全員がロングソバージュ。
あの水着、どうなってるんだろ、と思うくらいに、露出が多い。

それに対して、私たちの野暮ったいこと。
ジーパンにTシャツ、スニーカーに赤いサンバイザー、全員が昭和な三つ編みをしている。

私たちも彼女たちと同世代の女性なのだが、色気やらオーラやらが、大人と子どもくらいに違いすぎる。

ただ、写真をバシバシ撮られているのは、ちょっと目を逸らしたいような気持ちにもなった。


ビール飲み過ぎの私たちは、トイレも近い。
トイレでたまたま、レースクイーンの集団と出くわした。

至近距離で見ても、皆さま揃って、とってもきれいだ。
ウエストが細く、高いヒールの効果もあって、腰の位置が高い。
どこから足なのかわからないくらい、足が細くて長い。

駄菓子菓子だがしかし、鏡に映る彼女たちは、思った以上に疲れた表情をしていた。

鏡の前を陣取り、さらに厚く化粧を塗り、口紅をしっかりつけて、鏡で全身をチェックしながら笑顔の練習をしている。
仕事なんだな、と思った。
プロなんだと。

私の隣に立っていたレースクイーンの女性をチラッと見上げたら、化粧の下は、あどけない顔をしていた。
私と目が合った彼女は、ちょっと恥ずかしそうな表情をして、可愛く私に笑いかけた。

危うく、ハートを射抜かれそうになった。

レースクイーンたちがカツカツとヒールを鳴らして、トイレから真夏の太陽の下へ颯爽と出て行った。
舞台裏から舞台へ向かう役者のように。

彼女たちを、すごくかっこいい!と思った。

翌日からはビールを飲まずに、たまにジュースを拝借しながら、マジメに働いた。(大丈夫、兄さんが、ジュースは自由に飲んでいいと許可してくれましたから)

2日目以降も、ビールは早く完売したが、3日目は後片付けがあったので、結局、レースの最後は観られなかった。

当たり前、それが仕事だ。


3日で36,000円のバイトは、想像以上に、私に知らない世界を見せてくれた。
バイトの経験は、ちょっと人生を濃くしてくれる。

いつもはひょうひょうとしている鈴村くんが、バイト中は誰よりも頼りになった。
鈴村くんは、こんな経験を求めていろんなバイトをしていたのかもしれない。

そんな彼は大学卒業後、高校で数学を教えている。
いろんな世界を見てきた彼なら、きっと、生徒の生活が見える良い先生になっているんだろうな、と思う。




あの夏から30年以上も経った。

あの日のレースクイーンのお姉さんたちも、50代か60代。
いいおばちゃんになっているはず。
お腹もお尻もたるたるしているのかな。
年齢を重ねれば、私たちと一緒、仲間、仲間!と思うと、ちょっと嬉しい。


なんのはなしですか






長いお話にお付き合いいただき、ありがとうございます。
学生時代のバイトの話は、やっぱり「なんのはなしですか」に助けてもらいたくなります。



「なんのはなしです課」が、とっても熱い!
通信も14通目、しかもそのボリュームが半端ない!
丁寧に記事を回収し、まとめておられるコニシ木の子さん、やっぱりすごいです。



そして今回、「駄菓子菓子だがしかし」も、使わせていただきました(笑)

これをルビ無しでサラッと使えるコニシ木の子さんに憧れます。






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