【暇つぶし短編小説】勇者の代償

かつて、世界には勇者という存在があった。彼らは魔王を討つために選ばれ、神々から祝福された者たちだった。人々は彼らを崇め、勇者になることを光栄とし、またそれを夢見る者たちが後を絶たなかった。しかし、そんな期待とは裏腹に、真の勇者であるエルドは、その名を持つことに苦しみ続けていた。

エルドは、普通の村で育った若者だった。彼は平穏な日々を望み、仲間たちと共に笑い合い、穏やかな未来を夢見ていた。しかし、運命は彼に残酷な選択を強いた。ある日、村が魔物に襲われた際、彼は人々を守るために立ち上がった。その勇敢な行動が人々の目に留まり、彼は瞬く間に勇者としての名声を得た。

しかし、彼が実際に勇者としての役割を果たすことになるとは、夢にも思わなかった。その後、神の使いと名乗る者が現れ、「お前が選ばれた勇者である」と告げられた。村人たちは彼を讃え、期待の眼差しを向けた。しかし、エルドの心には不安が広がっていった。彼は本当に勇者としての器ではなく、ただ運命に翻弄されているだけだった。

魔王を討伐するための旅が始まった。旅の仲間には、剣士のリュウ、魔法使いのミア、そして弓使いのカナがいた。彼らはそれぞれの理由で集まり、共に旅をすることになった。最初は明るい笑い声が響き合い、互いに助け合う関係が築かれていた。だが、旅が進むにつれ、仲間たちは一人、また一人と命を落としていった。

最初の犠牲者はリュウだった。彼は魔物との戦いで致命傷を負い、エルドの目の前で息を引き取った。「俺は、勇者の力を信じていたのに…」その言葉が、エルドの心に深く刻まれた。彼は無力感に苛まれ、仲間を失った悲しみが心を蝕んでいった。

次にミアが死んだ。彼女は魔法の力を駆使し、仲間たちを守ろうとしたが、彼女もまた敵の罠にかかってしまった。「私は、エルドのために…」その言葉が彼女の最後の声であり、エルドはその場から動けなかった。

カナもまた、彼女の命を賭けてエルドを守ろうとした。彼女は矢を放とうとしたが、敵の急襲により、彼女自身が致命傷を負ってしまった。地面に倒れ込みながら、カナはエルドを見つめ、微笑んで言った。「エルド、私、あなたを尊敬している。あなたが勇者であることを誇りに思ってる。だから、私がいなくなっても、どうか一人で抱え込まないで…」彼女の声には愛と敬意、そして未来への不安が込められていた。

その言葉に、エルドは胸が締め付けられる思いだった。「カナ、俺は…」言葉が続かない。彼女の手が冷たくなっていくのを感じながら、エルドはただ見守ることしかできなかった。カナは最後の力を振り絞り、エルドに微笑みかけた。「あなたなら大丈夫、絶対に負けないで…愛してる」その瞬間、彼女の目は完全に閉じられ、静かに息を引き取った。

仲間たちの死は、エルドにとって耐え難い苦痛となった。彼は一人ぼっちになり、自らの無力さを呪った。

旅の中でエルドは、魔王が過去に何をしてきたのかを調べ始めた。彼は魔王の城に辿り着くまでの道のりを数えきれないほどの苦痛と絶望の中で歩いてきた。彼は魔王が本当に悪であるのか、それとも自らの中に潜む怒りと絶望が生み出した幻想であるのかを考え続けた。

そして、ついに魔王との対峙の日が訪れた。古びた城の中、魔王が待ち受けていた。彼は大きな影となり、エルドの心を圧迫した。

「ようこそ、勇者よ。」魔王は冷たい笑みを浮かべて言った。

エルドは剣を握りしめ、心の中の怒りを燃やした。「お前のせいで、仲間たちが…!」その言葉を投げかけると、魔王は静かに頷いた。

「私はただ、自らの国を守っただけだ。人間たちが攻め込んできたから、私は立ち上がった。それが悪であるというのか?」魔王の言葉は、エルドの心に深く突き刺さった。

エルドは、魔王の言葉が真実である可能性を感じた。魔王側は自らを守るために戦っていたのかもしれない。しかし、エルドはそれを受け入れることができなかった。仲間たちの無念を晴らすため、彼は剣を振り上げた。

「お前を討たねばならない!」エルドは叫び、魔王との戦いが始まった。剣を振り下ろし、魔王と戦う中で、彼は仲間たちの顔を思い出していた。彼らの笑顔、彼らの涙、そして最後の瞬間。全てが彼の心の中で交錯していた。

戦いは熾烈を極め、エルドは自らの力を振り絞った。そして、ついに魔王に一撃を与えた。魔王は膝をつき、エルドを見上げた。「君は、何を得るつもりだ?」その問いに、エルドは何も答えられなかった。

「俺は仲間たちを失った。お前を討つことで、彼らの無念を晴らす!」エルドは叫んだ。しかし、彼の内心には、もう何も残っていなかった。

魔王は最後の力を振り絞り、言った。「私を討つことで、君は本当に何を得るのか。君の心に残るのは、ただの絶望だけだ。」

その言葉が耳に残った。エルドは剣を振り下ろし、魔王の命を奪った。魔王の身体が崩れる瞬間、エルドは何も感じなかった。仲間たちを守れなかったという思いが、彼の心をさらに蝕んでいった。

帰還したエルドは、祝宴の場に立たされた。人々は彼を讃え、歓声が飛び交っていた。しかし、彼の心には何もない。ただ、仲間たちの面影が残るだけだった。

「お前たちは、俺を勇者に祭り上げた。だが、俺は何も得ていない。仲間たちを失っただけだ。」エルドは静かに言った。その言葉に、周囲の空気が重くなった。

彼は周囲を見渡し、最初はふざけた調子で話し始めた。「さて、俺の冒険話でもするか!魔王を討った後、思ったよりも美味い料理が食べられたんだ!」周囲は笑い声を上げたが、エルドの目は笑っていなかった。

「だが、途中で仲間がバタバタと死んでいったのは驚いたよ!リュウなんて、最初の戦いでまさかの一撃死だぜ。お前たち、何を期待してたんだよ、勇者が一撃で仲間を失うなんて!」エルドの声には皮肉が混じり、周囲は笑顔を失った。

「そして次はミアだ。彼女は魔法で戦うつもりだったのに、敵の罠にかかってしまった。『エルド、私のために…』なんて言ってたけど、結局何もできなかったな。俺のせいで、彼女は死んだ。」その言葉に、場の空気が一層重くなった。

「カナもそうだ。彼女は俺を守ろうとしたが、矢が届かなかった。最後に彼女が言った言葉、あれは忘れられない。『エルド、私、あなたを尊敬している。あなたが勇者であることを誇りに思ってる。だから、私がいなくなっても、どうか一人で抱え込まないで…』って。『愛してる』って言ってくれた。なのに結局、俺は一人だけ生き残った。仲間たちが俺のために戦ってくれたのに、俺は何もできなかった。」エルドの声は次第に感情的になり、周囲の人々は恐れを抱いた。

「お前たちが勇者に期待していたのは、ただの幻想だったんだよ。俺はただの道具、仲間を失った無惨な存在に過ぎない。笑っている場合じゃないだろう!」エルドは叫び、周囲の人々は恐れを感じて静まり返った。

「そして、俺は魔王を討った。その結果、何が残った?仲間たちの面影と、何の希望もない未来だけだ。」エルドの声は震え、彼の目には涙が浮かんでいた。

「お前たちが俺を勇者にした結果、俺は仲間を失った!お前たちの期待は、俺に何をもたらしたんだ?」エルドは怒りに満ちた表情で周囲を見渡した。

その瞬間、彼の心の中で怒りが燃え上がった。エルドは国の代表である男を指差し、心の奥底から沸き起こる感情を抑えきれずに叫んだ。「お前が俺を勇者にしたから、俺は仲間を失った!お前の期待が、俺の仲間たちの命を奪ったんだ!」

混乱した声が周囲から上がった。人々は彼の言葉に怯え、不安を抱き始めた。エルドはそのまま代表の元へ向かい、剣を抜いた。

「お前が俺を勇者にした。だが、俺はその代償を払った。お前の期待は、俺の仲間たちの命を奪った。お前は何の責任も感じていないだろうが、俺はその代わりに何を失ったのか、わかっているのか?」エルドは冷たい目で代表を見つめながら言った。

「だから、お前も代償を払え」その言葉と共に、剣を振り下ろした。

周囲の人々は悲鳴を上げ、混乱が広がった。エルドの剣が代表の身体に突き刺さり、血が飛び散った。彼はその瞬間、仲間たちが失った命の重みを感じた。

「これが俺の答えだ。お前たちが求めた勇者の姿は、もう存在しない。」エルドは冷静に言い放ち、剣を引き抜いた。

彼の心には、もはや明るい未来は存在しなかった。エルドはその場を後にし、絶望の中を歩き続けた。仲間たちの面影と共に、彼はもはや戻れない道を選んでいた。
そして最後に彼は一言だけ呟いた。


                  「俺がこの世界の最後の勇者だ」


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