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人はフライパンを捨てることはできない

フライパンを捨てることにしました。

うちの地域ではフライパンは粗大ゴミとして分別しなくてはなりません。燃えるゴミでも燃えないゴミでもありません。焼けるゴミです。
そして粗大ゴミを捨てることができる日というのは、それはもうごくごく限られた日にしか存在しません。
原田龍二さんの毎日反省日めくりカレンダーをめくりながらその好機を窺っていました。

そんな折、ついにフライパンを捨てる決行日、到来しました。
(「他人の意見に一喜一憂したくない」の日)
喜び勇んでフライパンを携え、家を出ます。
いわゆる集合住宅では1階で粗大ゴミを募っているのですが、わたくしはエレベーターで1階までフライパンを運搬しなくてはなりません。
あまり詳しく書くと素性がバレそうなのでかいつまんで説明しますが64階から1階までエレベーターで降りるというのは時間がかかるもので、やきもきしながら1階に着くのを待っていました。
この時は、あんな不幸な出来事が待ち受けているとも知らずに。

わたくしはフライパンを持ってずっとエレベーターの階数表示を見つめて「11セグメントLEDなのに7とか全部直線で表示してるな」とか物思いに耽っていると突如としてエレベーターのドアが、1階ではない途中の階で開いたのです。
ドアのそばには人が立っていたので、これは乗り込んでくるものだと思いエレベーター内の開くボタンを押し続けていましたが、その人は「お先どうぞ」という意外な言葉を投げかけてきました。
言葉通りに受け取ったわたくしは閉じるボタンを押してそのままエレベーターに乗ったのです。

ここで自分の中で一つの疑念が生まれます。
何故さっきの人は同乗を断ったのか。
自分で言うのもなんなんですが、よく人にも「優しい人ですね」「私にはもったいないよ」「私よりもいい人はいるよ」「残念ながら貴意に添えない結果となりました」と評価を受けている人間です。
わたくしは気遣いで生きてきた人間です。こういう集合住宅のエレベーターで降りてる途中で乗り込んできた人にも「何階ですか?」ってちゃんと聞いちゃう、そんな人間のできている人間なのです。人間メイク人間。ニッポニアニッポン。

そんな惨めな自分をうっすらと写す、エレベーターの窓ガラスを見て思いました。窓ガラスには「私シンを倒します。必ず倒します。」とでも言いたげな、両手でフライパンを携える自分の姿が写っています。もしかして異界送りにされると思ったのではなかろうか。わたくしの中でフライパンはバトルステーキを焼くための金策としての意識しかなかったのですが、ここへ来てスーパーマリオRPGリメイクの悪影響が及んでいます。そう考えるとステゴロでエレベーターに乗るというのは危険と察知するのも詮無きこと。悪意の持った人間が持てば、バス停も武器になる。自戒の念が強くなりました。

しかし、抜き身でフライパンを持つことが悪と断ずるのであれば、フライパンを捨てるにはどうすればいいんでしょうか?
世の中にはフライパンケースというものがあるらしいんですが、生憎そのようなものは持ち合わせておりません。どうやらフライパンを帯刀するときは常識のようですね。
こういうときは先人の知恵を借りるに限ります。
様々な文献をあたってみたところ、どうやら背中からフライパンを取り出すのがメジャーな模様です。ということでフライパンケースを持ち合わせていない場合は背中にしまい、普段は生のプライパンを持たないようにしましょう。生のフライパンってなんだ。

ですが、この文献の内容だけ鵜呑みにするのも少々考えものだなと思いました。
フライパンにもセカンドオピニオンが必要です。ということでAIに聞いてみます。AIに入力することでフライパンの権利を侵害してしまうかもしれませんが背に腹は変えられない。お腹と背中がくっつくぞ。ということでAIに「フライパンを捨てるときにエレベーターでゴミを捨てる場所に行こうとしたら、途中でエレベーターに乗り込んでくる人に恐怖を与えてしまった。こういう場合はどうしたらいいですか?」と聞いたところ笑顔で対応しろとのことなので、常に相手のことを考えて笑顔でフライパンを持った人間が降りてくるエレベーターがここに誕生しました。あなたの幸せが私の幸せ。世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり。今まさに変革の時。ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲く。いざゆかん浪漫輝く航海へ。あと転職します。

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