【ライブ】才能の悪魔に平伏す【米津玄師 『空想』ツアーファイナル 2023.7.2 at 横浜アリーナ】
あんなにも芸術的なライブはかつて見たことが無いほど、素晴らしすぎた。まるで音楽を超越した芸術だった。
一番最初に米津さんのライブに行ったのが「帰りの会・続編」の恵比寿リキッドルームなので9年近く前、そして直近で米津さんのライブに行ったのは「fogbound」の大宮以来なので5~6年ぶりとなる。
ライブハウス、夏フェス、ホールライブと段階を踏み、今回が初のアリーナの米津さんのライブである。
いくつか米津さんの記事を書いているが、こうしてしっかりライブレポート書くのは初めてである。
「Lemon」の勢いについていけずしばらくライブの申し込みすらしていなかったのだが、「KICKBACK」で火がつき「久しぶりに米津さんのライブが見たい」と思い、私の地元でもある横浜でツアーファイナルを目撃してきた。
ライブレポート
1曲目は名盤「STRAY SHEEP」から「カムパネルラ」。宮沢賢治の名作小説「銀河鉄道の夜」の通り、バックスクリーンには手書きで書かれた”銀河ステーション”が映し出される。
続けて尖ったクールな映像と共に「迷える羊」、オセロの白と黒の石を不規則に裏返すかのようなピアノの音は核心を突かれたようなずっしりとした重さがあり、流麗でダークな世界に落とされる。
ホーン隊が加わると綾野剛&星野源のW主演大ヒットドラマ「MIU404」主題歌「感電」で陽気にヒートアップ。
「MIU404」にハマりすぎて狂ってたのももう3年程前、プレゼント箱を開けたかのようなはち切れた盛り上がりは「MIU404」の根強い人気も物語っているような気がした。
「decollete」「優しい人」としっとりとした曲が続き、数々のレコードを塗り替えた歴史的ヒット曲「Lemon」を歌い始めると、神聖な静寂が張り詰める。
曲途中からセンターステージに現れたのはダンサー・菅原小春さん。
米津さんの深くストレートな生歌に没入しつつ、菅原さんの踊りの視覚的な表現で奥ゆかしく、奥深く、〝戻らない幸せ〟と共に悲壮の奥底へと沈められる。
百聞は一見にしかず、言い様がたい程に、菅原小春さんの表現力は凄まじかった。
2サビの激情的なキレのある踊りとは裏腹に、ラストのサビでは振りという振りはなく、憔悴し切ったかのような最低限の動きでゆったりと倒れ込み、米津さんの歌を引き立たせていた。
悲恋を魂から指先まで繊細かつ力強く表現するダークな雅やかさは、届かない祈りのようで、苦しくなる程美しかった。
「そういう曲があるんだよ!」と勢いで繋いだ「LOSER」の一体感は凄まじく、曲の途中からステージに階段が出現し、米津さん自身が最高階へ上り詰める。
「Nighthawks」では銀テープが煌びやかに弾け飛び、曲間でギターの中ちゃんがBUMP OF CHICKENの「天体観測」のリフを弾いたりと、エンターテイメントとリスペクトがこの1曲に詰め込まれていた。
唐突な「ゴーゴー幽霊船」でニコニコ動画時代の血が沸騰するかのように騒ぐ。
私が意識して米津さんの曲を聴いたのがこの「ゴーゴー幽霊船」なのだ。
それ以前は「『パンダヒーロー』や『マトリョシカ』のボカロP」ぐらいのやんわりとした認識だったのだが、ある日「ハチが本名名義で音楽活動を始めた」と耳にし、早速聴いたのがこの「ゴーゴー幽霊船」である。
定番といえば定番の曲だが、個人的には確信的な出会いの曲でもある。
そして待ちに待った私としてのメインディッシュ「KICK BACK」。
耳に残るベースのイントロからブチ上がり、米津さん自身が「超超超超イイ感じ!」とモー娘になるぐらいにテンションMAX。
「Lemon」の悲恋がテーマのバレエのような踊りとは打って変わり、"悪魔"が取り付いたかのような軽快なダンサーとのコラボは、まるでアニメのOPやED映像を見ているようだった。
不思議といるはずのないのに見えたのだ、マキマが、パワーが、アキが、デンジが、チェンソーマンが。
いわゆる「在宅ファン」のことを指していると思うが、ネット出身の米津さんだからこそ説得力が大きい。
先日解禁されたばかりの名作ゲームシリーズ・ファイナルファンタジー主題歌「月を見ていた」、Daokoのセルフカバー「打上花火」、菅田将暉とのコラボ曲「灰色と青」としっとり落ち着いた曲が続く。
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この辺りの曲でダンサーの効果が大きいのか、時折西洋美術を見ているような錯覚に陥った。「最後の晩餐」「モナリザ」「真珠の耳飾りの少女」など、その辺りに時代の絵画に近い感覚だ。
米津さんは自身は最先端のアーティストとして支持されているが、今回のライブでは彼の持つモダンさよりも美術の歴史やルーツを強く感じたのだ。
米津さんが紅白歌合戦で歌った会場が徳島の「大塚国際美術館」なのだが、世界中の陶板名画(レプリカ)が1000点以上展示されている。そう思う理由に思い当たる節と言えばそれぐらいしかないのだが、おそらく曲の肉感を視覚的に例えるなら西洋絵画のタッチと似ていたと思ったからかもしれない。
今回のライブで一番心を撃たれたのが「馬と鹿」だった。
深甚な没入感、静かな夜の海の壮大さ、大自然の優しさに身体ごと飲み込まれたかのようだった。
研ぎ澄まされた音が体内をすり抜け、心のもっと内側の核の部分、魂まるごとが揺さぶられた。
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アンコール早々、森のような映像と主に未発表の新曲を披露。
バンドメンバーを紹介し、ギターのなかちゃんにバトンタッチすると1人コント。
その後今回ゲスト出演したダンサーやホーン隊の紹介をし、残りをぶっ続けで演奏。
ゲストをステージに呼び出し、そのまま演奏された「POP SONG」はまるでカラフルなテーマパークのようだった。
その後は「Flamingo」「春雷」「LADY」と立て続けに演奏し、スタッフロールが流れて終了。
米津玄師という才能の悪魔に平伏す、平伏させられた。
その圧倒的な才能に何もしていないにも関わらず、頭が上がらないのだ。
銀河鉄道の夜
「カムパネルラ」とは、宮沢賢治の名作小説「銀河鉄道の夜」の登場人物で、主人公・ジョパンニの親友の名前である。
ある日、丘で佇んでいたジョパンニは突然「銀河ステーション」と耳元で囁かれると、気がつけば電車に乗っていた。その電車には既に先客がおり、よく見ると親友のカムパネルラだった。
他の乗客も乗り降りを繰り返し、そのうちにカムパネルラはいつの間にか姿を消してしまった。
気がつくとジョパンニは元にいた丘にいた。近くの橋に人だかりが出来ており向かったところ、ジョパンニはカムパネルラは川に溺れた子を助けに行ったところ、そのまま行方不明になってしまったことを知らされる。
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最後、米津さんは”銀河ステーション”に乗るようにステージを去った。
ジョパンニは孤独で空想好きな少年だと解説されており、ジョパンニが米津さん自身だとすればカムパネルラはwowakaさんではないだろうか?と思うのである。
「カムパネルラ」はツアータイトルの「空想」の幕開けにぴったりな曲でもあり、一種のレクイエムでもあるとも勝手に思っている。
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今日のツアーファイナルを持って米津さんは最高峰のサザンクロスまで到達したのか、それとも切符の行き先通りに途中下車したのか。
私は彼が紡ぎ出す〝空想〟の続きに期待したい。